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「見直し迫られる 東海地震対策」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

「大地震を予知して被害を防ぐ」という、いわば「夢の国家プロジェクト」が、大きく転換することになりそうです。
38年前に始まった東海地震対策です。「唯一、予知の可能性がある」として続けられてきましたが、地震の研究が進み、ふたつの大震災も経験したことで、「確実な予知というのは不可能」で、それを前提にした大がかりな計画には無理があるということがはっきりしてきたからです。その背景と、どういう見直しが必要になるのかを考えます。

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ポイントは3点です。
▼東海地震対策をどう見直すのか
▼予知前提の対策が大転換されることになった理由
▼見直しの課題

【東海地震対策をどう見直すのか】

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東海地震は、静岡県沿岸を震源域として起こるとされるマグニチュード8クラスの大地震です。38年前に作られた「大震法」という法律によって、「予知」を前提にした大がかりな防災計画が組まれています。

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地震発生の2~3日前に前兆をとらえて気象庁が「地震予知情報」を出し、総理大臣が「警戒宣言」を発表します。これを受けて激しい揺れや大津波が予想される「強化地域」で、事前に住民を避難させたり、交通機関を止めたりする厳しい規制をかけて被害を防ごうというものです。

この「予知」を前提にした対策を根本から見直そうと、国の中央防災会議の作業部会が、検討を始めました。

【「予知前提」見直しの理由】
これは長年続けてきた取り組みを大きく転換しようというものです。
なぜ見直すことになったのでしょうか。

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大震法が作られた当時は、専門家の間で「将来、地震予知ができるようになる」という楽観的な見方が支配的でした。

しかし研究が進むほど「予知の難しさ」がわかり、阪神・淡路大震災のあと国や多くの研究者が「今の技術で地震予知は困難」ということを認めました。
ただ、国は、東海地震だけは「唯一、予知の可能性がある」としてきました。
東海地震では「前兆的」な地殻変動が陸地の真下で起こるとされ検知できる可能性があるからです。

そこへ東日本大震災が起きました。

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同じタイプの巨大地震が、想定を大きく超える規模で起きたことで、国の調査部会は、震災で得られた研究成果も取り入れて、あらためて東海地震を含む南海トラフ沿いの大地震の発生を予測できるかどうか検討しました。
結論は「地震の規模や発生時期を高い確度で予測することは困難」というものでした。
それまでの国の説明よりかなり悲観的な見解です。
どうしてこうした結論に至ったのでしょうか。

▼まず、多くの専門家が
「東海地震は単独では起きない」と考えるようになったことです。

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日本付近ではプレートと呼ばれる海側の岩盤が年に数センチの速さで日本列島が乗るプレートの下にもぐりこんでいます。その境目が南海トラフで、トラフ沿いで100年から150年ほどの間隔で巨大地震が起きてきました。東南海地震と南海地震です。
同時に起きたこともあれば、2年、間をあけて起きたこともあります。
しかし最後の地震のとき駿河湾周辺だけ岩盤が割れ残ったことから、ここを震源とする地震=東海地震が切迫していると考えられていました。40年前に提唱された「東海地震説」です。

しかし、その後の研究で、巨大地震は少なくとも9回発生していますが、東海地震は単独では一度も起きていないと見られることがわかりました。

さらに最近の研究で南海トラフの状況が克明にわかってきました。
巨大地震を起こす震源域の広がりや、その周辺でゆっくりとしたプレートのすべりが断続的に起きていることなど、大きな発見が相次ぎました。
新たな事実が解明されればされるほど、東海地震は単独ではなく東南海地震と一緒に起こる可能性が高いと考えられるようになったのです。

▼また、前兆を捉えることができたとしても「大地震が起こる」と言い切ることは難しいと考えられるようになりました。

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東海地震は海側のプレートの動きで地下に引きずり込まれた陸側のプレートが跳ね返ることで起きると考えられています。

プレート同士が固くくっついている部分があるために引きずり込まれるのですが、限界に達して跳ね上がる直前に、その一部がはがれて、滑りはじめる「前兆すべり」が起こると考えられています。
この変化を検知し「2~3日以内に大地震が起こる」と警告しようと考えてきました。

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しかし、最近の研究で
▼ごく小さな「前兆すべり」から、警告を発する間もなく、いきなり地震が発生したり、
▼「前兆すべり」を検知しても地震が起きなかったりする可能性が十分にあることがわかってきました。
さきほどの国の調査部会は、仮に検知できたとしても、そこから言えるのは、「地震発生の可能性が相対的に高まっている」という表現にとどまるとしています。

【見直しの課題】
では、東海地震対策をどう見直していったらよいのでしょうか。

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まず「予知」の看板を下ろすのかどうか、です。
先週スタートした国の作業部会は予測可能性をあらためて検証することにしています。
そこでの結論が、前回と同様に、「前兆」を捉えられない可能性も十分にあり、捉えられたとしても、それを根拠に「大地震が起きる」とまでは言い切れない、というのであれば、「地震予知情報」と「警戒宣言」、これは大震法の骨格ですが、実力に見合った表現や位置づけにあらためる必要があります。

次に「対象範囲」と「規制」をどうするか、です。
対象範囲は広げられる見通しです。東海地震が単独ではなく東南海地震や南海地震と連動するという見方が強まっているからです。

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問題は「規制」をどうするのか、という点です。
大震法では「警戒宣言」が出ると、鉄道など交通機関を止めたり、デパートや金融機関は原則、閉店するなど厳しい規制がかけられることになっています。

しかし、異常を検知できたとしても、そこで言えるのは「地震発生の可能性が相対的に高まっている」という程度の情報であれば、厳しい規制は現実的ではなく、大幅な緩和もしくは撤廃を検討すべきでしょう。

ただ「警戒宣言」をやめて法律で規制することをやめれば、自治体や鉄道会社、企業などがどう対応するのか、自ら判断することを求められることになります。
受ける側が対応しやすい情報でなければなりません。

自治体や企業などは予知を前提にして計画を作り、訓練を重ねてきました。
長年かけて練りあげてきた対策を前提から見直すのはたいへんな作業で、大きな負担を強いることになります。見直しにあたって国は、広く意見を聞きながらていねいに進める必要があります。

【まとめ】
東海地震対策をはじめ「予知」を掲げた取り組みは、国民に「予知」への幻想を抱かせ、本来すべき地道な防災対策を遅らせた、などの批判があります。
一方で、強化地域で耐震化などの防災対策を大きく進めました。
また予知からスタートした地震研究は、地震が起こる仕組みを解き明かすという原点に立ち返って、多くの発見や前進をもたらしています。
さきほど紹介したプレート境界でのゆっくりとしたすべりの発見はそのひとつで、世界の地震研究の最先端のテーマになっています。「予知」前提の東海地震対策が見直されても、こうした地震研究の重要性が揺らぐことはありません。

今回の見直しは、地震研究の実力に見合った実効性の高い防災計画を作り直すというもので、国の政策の大きな転換でもあります。国は転換の理由と影響についてもていねいに説明する必要があると思います。

(松本 浩司 解説委員)

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