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「事前防災として進める住宅の耐震化」(時論公論)

山﨑 登  解説委員

今年の4月に熊本地震が起き、全国的に地震防災への関心が高まっています。地震の防災対策というと地震が起き後の救援や救助、それに避難所などの対策に目が向きがちですが、最近注目されているのは事前防災という考え方です。熊本地震の被害状況は、心配される首都直下地震などの事前防災として、全国で住宅の耐震化を進めておく必要があることを改めて教えています。今晩はこの問題を考えます。

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《今日のポイント》
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今日のポイントは3つです。まずは耐震化の現状と事前防災としての住宅の耐震化の重要性です。次に行政の工夫で動き始めた事例を紹介します。そして3つめは住宅の耐震化が全国的な課題であることを再確認します。

《事前防災の重要性》
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事前防災というのは耳慣れない言葉ですが、災害が起きる前に対策を取ることで被害を減らすことです。どんなに防災訓練をしたり、避難や救助の体制を整えても、地震の最初の一撃による被害を軽減することはできません。地震の前に住宅の耐震化を進めることができれば、瓦礫に閉じ込められる人や避難所に入る人を減らし、仮設住宅の建設戸数を減らすことができます。生命を守るだけでなく、経済的にも負担を減らすことができるのです。
実際に熊本県警が熊本地震の直後に亡くなった49人について、亡くなった原因を調べたところ、最も多かったのが住宅などの倒壊による圧迫死や窒息で37人、次いで土砂災害が9人でした。

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また壊れた住宅にも特徴がありました。現在の耐震基準は昭和56年に設けられたもので新耐震と呼ばれています。それ以前に建てられた住宅は旧耐震と呼ばれますが、日本建築学会が熊本地震で多くの建物が壊れた益城町で調べたところ、旧耐震で建てられた木造住宅は32.1%が倒壊していました。一方新耐震の住宅の倒壊は9.1%で、壁の配置や筋交いの接合などの工法が具体的に示された平成12年以降の住宅は2.9%でした。つまり、現在の耐震基準を満たしていれば、地震の死者やけが人を少なくできるのです。

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この被害状況は21年前の阪神・淡路大震災と同じです。阪神・淡路大震災で亡くなった人のほとんどが古い住宅などの倒壊によるものでした。そこで住宅の耐震化を進めることが、阪神・淡路大震災の最大の教訓になりました。しかし住宅の耐震化は期待されたほどに進んでいないのです。国土交通省によります、現在の耐震基準を満たしている住宅は、阪神・淡路大震災後の平成10年は68%でしたが、平成20年には79%、平成25年に82%と上がっています。しかしまだ全国の住宅の5軒に1軒は耐震性が足りない状況です。国は4年後の平成32年に全国の耐震化率を95%にする目標を掲げていますが、このままでは難しい状況です。

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《なぜ耐震化が進まないのか》
 なぜ耐震化は進まないのでしょうか。国土交通省が全国の20歳以上の男女600人余りに、耐震改修をしない理由を複数回答で聞いた調査があります。最も多かったのは「耐震性があると思っている」37%、それに「地震は起こらないと思っている」といった耐震化の必要性を感じていないという答えでした。次いで「耐震診断にお金がかかる」耐震改修にお金がかかる」といったコストに関するものでおよそ20%、続いて「誰にお願いして良いかわからない」10%、「費用、診断の適切性をチェックできない」といった業者や工事の信頼性に関わる答えでした。

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こうした状況を受けて、全国の多くの自治体が耐震診断や耐震補強に補助を出す仕組みを作ってきました。
しかし現在の制度は意識を持った住民が自ら相談に行かないといけません。耐震性がない古い住宅に暮らしている住民の多くが高齢者や高齢者の世帯で、制度を知らない人も少なくありません。そこで行政がもう一歩踏み込んだ取り組みをすることで、耐震化の動きが出てきた自治体があります。

《事前防災のための踏む込んだ取り組み》
東京の下町に位置し、木造住宅の密集地を抱えている墨田区と足立区です。
墨田区が平成23年度から進めているのは、バリアフリーと耐震補強の工事を合わせて実施してもらおうというものです。耐震補強の工事には踏み切れなくても、風呂場を改修したり、トイレや廊下に手すりをつけるなどのバリアフリー工事は、必要に迫られて実施する高齢者の世帯が多いことから、その際に一緒に壁を補強したり、筋交いを入れるなどの耐震補強をしてもらおうというのです。昭和56年以前に建てられた住宅で65歳以上の人が暮らしている場合、最大でバリアフリー工事に20万円、合わせて耐震化工事をすれば、さらに最大で100万円の補助を受けることができます。墨田区では制度を知ってもらうために定期的に説明会を開いているほか、区の職員が対象となるすべての住宅を訪ねています。こうした取り組みなどで、墨田区の耐震化率は平成18年度の73.8%から平成27年度には88.7%まで上がりました。

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一方足立区では建て替えによって耐震化が進むことも視野に入れて、平成23年度から耐震診断や改修に加え、古い住宅の取り壊しにも補助を出すことにしました。古い住宅が減れば、町の火災の延焼の危険性も減ります。住宅の公共的な一面に目を向けた取り組みです。具体的には、区の耐震診断を受けて、補強が必要だと判断された住宅を取り壊す場合、最大で50万円までを補助します。次第に利用者が増え、これまでに1600件近くの利用がありました。この数字は同じ時期に耐震補強の工事をした住宅の2倍以上です。足立区は毎年40回から50回、耐震化の住民説明会を実施していて、その取り組みによって住民の意識も変わってきていると話しています。

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このほか全国には、普段生活したり、寝たりする部屋だけの補強に補助を出している自治体もあります。

《全国で耐震化を進める》
今年の6月政府の地震調査委員会は、今後30年以内に地震で震度6弱以上の激しい揺れに襲われる全国各地の確率を推計して地図の形で発表しました。

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確率は関東や太平洋側、それに長野県から山梨県にかけての地域で高くなっていますが、全国のどこにも確率が0%の場所は存在していません。つまり住宅の耐震化は全国で取り組むべき課題で、誰にとっても他人事ではないのです。
 災害にはそれぞれ特徴がありますが、地震災害の大きな特徴は、地震はいき
なり起きるということです。したがって地震防災は事前の対策が決め手なのです。熊本地震は事前に住宅の耐震化を進めることの重要性を改めて教えたと思います。
今日は地震の防災対策について話しましたが、先週は台風10号の影響で東北と北海道に大きな被害がでました。今また台風13号が北上しています。多くの専門家が地震は活動が活発な時期に入ったと指摘しています。また台風は今年は海の温度が高いことから、日本の近くで相次いで発生して影響がでています。自治体も住民も防災意識を高めて、地震にも台風にも備えを強めて欲しいと思います。

(山﨑 登 解説委員)

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