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「視覚障害者をホーム転落事故から守るには」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

目の不自由な人を守るために、いま何が必要なのでしょうか。
2016年8月、東京の地下鉄の駅で、盲導犬をつれて歩いていた視覚障害者が、ホームから転落し、死亡しました。目が不自由な人が、常に緊張を強いられるという駅のホームで、こうした転落事故を防ぐことはできないのか考えます。

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今回の解説のポイントです。

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▽今回の事故はどのような状況で起きたのか。
▽なぜ事故を防ぐことができなかったのか。
▽再発防止に何が必要なのか、考えます。

事故は、8月15日の夕方に起きました。東京メトロ銀座線の青山一丁目駅で、目が不自由な品田直人さん(55歳)が、ホームから転落し、死亡しました。

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東京メトロによりますと、品田さんは、盲導犬を連れてホームを斜めに歩いていました。駅員が品田さんに気付き「お下がりください」とマイクで呼びかけましたが、品田さんは足を踏み外すように転落しました。
非常停止ボタンが押されましたが、電車はすぐ近くにまで来ていて、間に合わなかったということです。
品田さんは近くに勤務先があり、普段からこの駅を利用していました。

こうした転落事故はどれくらい起きているのか。

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視覚障害者の団体が5年前に行ったアンケート調査では、およそ40%の人が「転落した経験がある」と答えています。
ホームは、目の不自由な人にとっては非常に危険な場所だということが分かります。

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今回、なぜ転落を防ぐことができなかったのでしょうか。

まず、盲導犬です。
関係者によると、品田さんは盲導犬にはホームの線路に近い側を歩かせるよう指導を受けていたということです。しかし、事故の時は、逆で線路側が品田さんでした。
盲導犬にとってはホームの端まで余裕があることから、危険を察知できなかったと考えられます。
品田さんが、なぜ危険な線路側だったのか。歩いている位置や方向を勘違いしていたのかもしれませんが、その理由はわかっていません。

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目が不自由な人は、ホームに電車が入ってくるときは、立ち止まるなど、一層の注意を払うといいます。過密ダイヤの夕方、反対側を走る電車などの音で駅のアナウンスがかき消され、品田さんは電車が来ている状況を把握できなかったのかもしれません。
安全の確認が難しくなるいくつかの条件が重なったのではないかと指摘する視覚障害者もいます。

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ここからは、これまでの対策の課題を見ながら、事故の再発を防ぐためにどうしたらいいのか考えます。
視覚障害者の転落事故をめぐっては、2011年(平成23年)にJR山手線の駅で起きた事故をきっかけに、国土交通省が対策を検討した経緯があります。
このとき、
▽転落防止に大きな効果があるホームドアを整備すること、
▽ホームの端を知らせるため、点と線の突起を組み合わせた全国統一の点字ブロックの設置を急ぐことになりました。

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しかし、青山一丁目駅に、ホームドアはありませんでした。2018年度(平成30年度)までに設置する予定でした。
ホームの端を示す点字ブロックは設置されていましたが、品田さんが、これに気付かなかったのかどうかは、わかりません。

今回の事故を通して、ハードの対策の課題が見えてきます。

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ホームドア設置には、
▽費用がかかるだけでなく、
▽ホームの補強工事が必要なケースもあります。
▽車両の種類によってドアの位置が異なる路線では、設置が難しくなります。
こうしたことから、ホームドアの設置には時間がかかっています。
優先的に設置を進めることになっている1日の利用者が10万人以上の駅は、全国に251ありますが、設置されたのは、その30%にとどまっているのが現状です。
これでは、視覚障害者は安心して歩けません。

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鉄道各社は、「乗客の安全を守る」という基本に立ち返って、ホームドアを早急に設置するよう計画の見直しが求められます。

もうひとつは、点字ブロックです。
品田さんの転落との関係はわかりませんが、青山一丁目駅の点字ブロックには視覚障害者の人たちから問題点が指摘されています。

一つは、点字ブロックの一部を柱がふさいでいる点です。

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1列になっている点字ブロックは、ホームの端を示すものです。視覚障害者は、本来、この点字ブロックの上ではなく、もっとホーム内側の安全なところを歩きます。
しかし、ホームの幅が3メートルと狭いこの駅では、点字ブロックに沿って歩くことも想定され、柱で一部がふさがれているのは危険だというわけです。

そもそも、なぜ、ここに柱があるのでしょうか。

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実は、ここは、もともとはトンネルでした。3両編成だった銀座線を現在の6両編成に長くするのに伴って、昭和30年代前半にホームの拡張工事が行われました。

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このとき、柱がつくられました。
ただ、点字ブロックはまだない時代の工事だったため、のちに点字ブロックの一部をふさぐ結果になってしまいました。

もうひとつは、こちらの点字ブロックです。

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直角に右に曲がった直後に、左に曲がるようになっています。連続した折れ曲がりは、歩いていて方向が分からなくなる恐れがあり、好ましくありません。

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これについて東京メトロは、乗り降りの際、視覚障害者が車両の連結部分のすき間に転落しないよう、中央のドアに誘導するために、やむを得ず曲げたとしています。

ただ、視覚障害者のための点字ブロックが、駅の事情が先に立って、使いにくいものになっては意味がありません。

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鉄道会社は、駅に危険な場所がないか、視覚障害者の意見を参考にして検証し、改善するか、改善が難しい場合は、ホームドアを前倒しして設置するなどの対応が必要です。

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転落事故を防ぐために、ハード対策の取り組みが急がれます。
では、こうした対策が整っていない今、どのようにして安全を確保したらよいのでしょうか。

大切になるのが、駅員による目の不自由な人への「声がけ」です。

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この点は、2011年(平成23年)の検討でも指摘され、ホームドアの設置などと併せて、駅員による声がけの強化が求められました。

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東京メトロでは、目の不自由な人に必要に応じて声をかけるようにしていたとしていますが、果たして「必要に応じて」という程度で十分でしょうか。

駅員による声がけを徹底することが、いま必要だと思います。
「声がけ」といっても、単に「何か困っていることがないか尋ねる」というのではありません。

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車いすの乗客に対して行っているように、車両に乗るまで同行し、降りた駅でも別の駅員が付き添うことができるということを積極的に提示するのです。同時に鉄道会社には、これを時間かけずに対応できる態勢を整えることも必要になります。

目の不自由な人は、他の人と体が触れるなど、少しのことで方向が分からなくなることがあるといいます。常に大きなリスクを負っているということを前提に対応することが求められます。
そして、それは駅員だけでなく、私たち利用者にも言えます。

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目の不自由な人の多くは、転落を防ぐためには、ホームドアと同様に周囲から声をかけてくれることが必要だと考えています。盲導犬を連れている場合も、盲導犬は、そっとしておいてあげながら、一緒にいる視覚障害者には積極的に声をかけてほしいと話しています。

最近の駅は、エレベーターなどの設置が進み、障害者にやさしいバリアフリーが進んできているように感じます。しかし、視覚障害者が「安心して利用できる」というには程遠く、危険と隣り合わせの場所であることは変わっていません。
鉄道会社、そして私たち駅の利用者は、目の不自由な人たちがどのような気持ちでホームを歩いているのか、今回の事故をきっかけにもう一度考え、行動に移すことが求められています。

(中村 幸司 解説委員)

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