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「強権化するトルコ 強まる欧米との摩擦」(時論公論)

二村 伸  解説委員

軍の将校らによるクーデター未遂から10日余り、非常事態宣言下のトルコで、粛清の嵐が吹き荒れています。大統領に批判的な人々が次々と処分され、欧米諸国は民主主義の後退に懸念を強めています。

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なぜエルドアン政権は強権的な手法を取り続けるのか、その背景と、アメリカやヨーロッパとの緊張がもたらす地政学的なリスク、そしてトルコの行方と国際社会はどう向き合うのか、以上の3点を考えます。 

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クーデターの企てがあった今月15日からこれまでに拘束され人は、軍の兵士や警察官、裁判所の判事など1万3000人に上ります。教育省などの公務員や警察官、地方自治体の長、それに2万人をこえる私立学校教員など、6万人以上が解任や停職、資格はく奪などの処分を受けました。ただ、これらの人すべてがクーデターに関わったわけではありません。トルコ政府がクーデター計画の黒幕と見なす宗教運動の指導者ギュレン師の支持者という理由でいっせいに処分されているのです。

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ギュレン師は、かつてはエルドアン大統領と協力関係にありましたが、次第に官公庁や警察、司法、軍の内部でも影響力を強め、エルドアン氏の強権的な手法や汚職疑惑を追及するなどしたことから対立、エルドアン氏にとって政敵となりました。今回エルドアン大統領は、反乱を「神の贈り物だ」と述べました。国内外の批判的な勢力を一掃するチャンスと捉えているのです。

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20日に出された非常事態宣言では、憲法の規定により本来名誉職的な大統領の権限がより強化され、基本的な権利や自由の行使も制限できるようになりました。さらに官報で新たな法令の内容が明らかになると、市民の間で驚きの声が上がりました。14万人の子どもたちが通う1000以上の私立の学校などの教育機関と15の大学、1200余りの団体や組合、医療機関などの閉鎖が命じられたのです。著名な大学や、トルコを代表する人道支援団体なども含まれています。

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メディアに対する締め付けも強まっています。クーデター未遂後、テレビやラジオの24の放送局が放送免許停止処分を受け、28のインターネットのニュースサイトが閲覧をブロックされました。25日にはジャーナリスト42人に拘束令状が出されました。あるトルコ人ジャーナリストは、「身の危険を感じ政府批判は全くできない」として、国外への脱出を検討していると話しています。

エルドアン大統領は、首相時代、任期を重ねるにつれて独裁色を強め、自分に批判的な政治家や企業経営者らに圧力をかけ、新聞社やテレビ局を次々と閉鎖したり、政府の管理下に追いたりしてきました。そうした中で起きたのが今回の事件です。

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クーデターを起こした兵士は、「憲法や法律が無視され、基本的人権や自由が損なわれている」として、強権的で民主主義に逆行するエルドアン氏に反発して立ちあがったと主張しました。
一方のトルコ政府は、ギュレン師による国家転覆の企てだと主張していますが、アメリカで事実上の亡命生活を送っているギュレン師は関与を否定し、クーデターを直接指示したことを裏付ける明確な証拠もトルコ政府から示されていません。関係者の処分に行き過ぎはないのか、真相の究明とともに、透明な司法手続きが求められます。

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強権的な手法には欧米をはじめ各国から強い懸念が示されています。
アメリカは、オバマ大統領がエルドアン大統領に電話で自制を求めました。さらにトルコ政府が求めているギュレン師の身柄の引き渡しについては、明確な証拠がないとして慎重な姿勢を崩していません。こうしたアメリカの姿勢に、トルコ政府はいら立ちを強めています。閣僚からは、「アメリカがクーデターの背後にいるのではないか」といった発言まで飛び出し、ユルデュルム首相も「ギュレン師を支持するいかなる国とも戦う」と述べ、アメリカをけん制しています。アメリカは、トルコ南部の基地を、シリアやイラクのIS・イスラミックステートに対する空爆の拠点としており、アメリカとトルコの足並みの乱れは、対IS作戦をはじめシリア情勢にも影響を及ぼしかねません。

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EUとの間でも摩擦が生じています。トルコが非常事態宣言により、人権と自由の保護を定めたヨーロッパ人権条約を一時停止したことに、EUの外交担当のモゲリーニ上級代表は21日強い懸念を表明し、法の支配と人権、自由の尊重を求めました。さらにドイツのメルケル首相は、エルドアン大統領が死刑制度の復活を口にしたことに強く反発し、死刑制度が復活すれば「トルコのEU加盟は不可能だ」と警告しました。
EUは難民問題を解決するために、今年3月トルコとの間で、ギリシャへの不法入国者をトルコに強制送還し、その見返りに同じ数の難民をトルコから受け入れることやトルコのEU加盟交渉を加速させることなどで合意しました。しかし、エルドアン大統領は、EUの対応が不誠実だと不満を表明しており、これ以上溝が深まれば難民危機が再燃しかねません。

さらに、欧米の国々が懸念を強めているのが、トルコも加盟しているNATO・北大西洋条約機構への影響です。シリアやイラクなどと国境を接し、ロシアと対峙するトルコは、地政学的な重要性とともに、NATO第2の兵力を持ち、地域の安全保障に欠かせない国ですが、軍の幹部を含む多数の兵士が拘束されたため、指揮命令系統が乱れ、戦術核を含む兵器の保管にも不安が生じています。

欧米との溝が深まる一方で、トルコはロシアとの関係改善を急いでいます。来月にはエルドアン・プーチン両大統領の首脳会談が予定されており、今後の展開次第では地域のパワーバランスが変わる可能性もあります。

トルコはどこに向かうのでしょうか。エルドアン大統領は3か月間の非常事態宣言を延長する可能性も示唆しています。その間に国内ではギュレン運動をはじめ批判的な勢力を根こそぎ排除し、基盤をより強固なものにしようとするものと見られます。25日には、憲法改正に向けて与野党が協力することで一致しました。今後、エルドアン氏がめざしてきた、強い権限を持つ大統領制の実現に向けて動き出すことも予想されます。
しかし、独裁色を強めれば国民の不満が募るでしょうし、治安面の不安も抱えています。トルコはISに加えてクルド人武装組織PKKとも戦争状態にありますが、今回シリア・イラクとの国境地帯を管轄する陸軍の司令官らが逮捕され、その影響が懸念されます。

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トルコでは、去年の夏以降テロが相次ぎ、10月に首都アンカラの中心部で自爆テロにより103人が死亡、今年もイスタンブールでテロが頻発し、先月は国際空港で自爆テロにより45人が犠牲になりました。現地報道ではこの1年で10数件のテロが起き、死者は300人を超えました。1日も早い軍の立て直しと治安の回復を迫られています。

イスタンブールでは先週末、与野党の支持者がそろって集会に参加し、国民の結束を訴えましたが、市民の1人は今のトルコを、「何も見えない暗闇の中で、国民は1つの声だけを聞かされ行動している」と評しています。強権政治のもとでじっと息を潜めている人が少なくないのも事実です。日本をはじめ国際社会にとって重要なパートナーであるトルコが、中東の民主国家のモデルであり続けるためには、人権と自由の保護と国民の融和が不可欠です。少数派の声にも耳を傾け、公正で中立な裁判が行われるよう国際社会は強く働きかけ、トルコの安定を後押ししていくことが求められています。

(二村 伸 解説委員)

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