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「裁判員制度 重い課題」(時論公論)

清永 聡  解説委員

市民が裁判官とともに刑事裁判の審理を行う「裁判員制度」。
その裁判員に元暴力団員らが声をかけ脅したとする事件が起きました。
こうした事件で逮捕・起訴されたのは裁判員制度がスタートして初めてのことです。制度の根幹にも関わるもので、関係者に衝撃を与えました。
8年目に入った裁判員制度。事件から見えた重い課題と今後求められる取り組みを考えます。

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【解説のポイント】
解説のポイントは3つです。
1つは事件と裁判員制度への影響について。その問題点を考えます。
2つめは今、大きな課題となっている、裁判員候補者の「出席率の低下」、つまり候補者になっても出てこない人が相次いでいる問題です。
最後に裁判員の心理的な負担を取り除き、安心して参加してもらうためには何が必要かという点です。

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【“声かけ”事件とは】
事件は今年5月に北九州市で起きました。ある暴力団幹部の殺人未遂事件の裁判員裁判が福岡地方裁判所小倉支部で行われていました。
ところが裁判所の外で、元暴力団員ら2人の男が、出てきた裁判員2人に近づき「顔は覚えている。よろしくね」などと声をかけ、脅すなどしたとして逮捕され、7月、裁判員法違反の罪で起訴されました。
裁判員制度はこれまでにおよそ6万9千人が参加していますが、こうした事件で逮捕・起訴されたのは初めてです。

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事件の後、裁判員4人と補充裁判員1人が辞退し、法廷が再開されていません。万が一同じような事件が続いてしまえば、市民は怖がって、ますます裁判所に来なくなるでしょう。そうなれば、制度が立ちゆかなくなってしまいます。

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【事件の対策は】
最も大切なことは、裁判員を守り、事件を防ぐことです。
各地の裁判所を取材すると、暴力団が絡むような事件などでは、これまでも現場で工夫をしている所がありました。例えば裁判員が車で来ている場合、駐車場まで職員が付き添ったり、近くの駅までバスで送迎したりするケースです。
しかし、今回の事件が起きた裁判所は、何が不十分だったのかを反省し、今後の再発防止策についても、裁判所に呼ぶことになる地元の人たちに向けて、自ら説明すべきです。
また、最高裁は今月、裁判員の出入り口を一般の人と区別することや警察との連携を確認することなど、安全確保の徹底を呼びかける文書を送りました。
さらに、今回の事件は、裁判員裁判の対象から除外されるになりました。
今後も暴力団が絡む事件などでは、全国で再発防止に向けた取り組みを急ぐことが必要です。対象事件は裁判員で審理することは原則ですが、それでもなお、安全に不安が残るやむを得ないケースは、対象から除外することも、柔軟に検討すべきでしょう。

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【深刻な出席率の低下】
ところで、裁判員制度は、今、ある課題に直面しています。
裁判員の候補者に選ばれたのに、裁判所に出てこない人が年々増えているのです。裁判員を選ぶ手続きへの出席率は、当初の84パーセントが今年は5月までで65パーセント。現在は、3割以上が、候補者に呼び出し状を発送しても、来なくなっているのです。
また、病気や高齢などやむを得ない理由で、裁判所に来る前に辞退が認められた人も多くいます。こうした事前に許可を得て辞退した人もすべて含めると、出席率はトータルで24パーセント。つまり当初100人の候補者がいても、辞退した人、無断で来ない人などを除くと、実際に来るのは20人あまりになる計算です。

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【不安から消極的な人も】
どうして市民の多くが参加に消極的なのでしょうか。
裁判員制度は、国民的な運動というよりも、司法への国民参加という理念に基づいて導入されたため、多くの人にとっては詳しく知らないうちに決められたという印象があります。「そもそも裁判員制度は必要なのか」という声もあります。
最高裁が市民に「裁判員をやってみたいですか」と質問した調査では、「参加したくない」という答えが合わせて84パーセントに上りました。また、心配なこととして挙がったのは、「責任の重さ」や「裁判への不安」「自信がない」などでした。制度開始前に関係者がネックになると考えていたのは、「仕事」や「介護・育児」などでした。
しかし実際には心理的な負担を訴える人の方が多かったのです。

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【重大事件と守秘義務は】
そこで、3つめのポイントです。市民に安心して参加してもらうためには、何が必要で、今後どのような取り組みを考えるべきなのでしょうか。
1つは重大事件の扱いです。深刻な事件ほど、裁判員の心理的な負担は大きくなります。裁判員の法律は一部が改正され、審理が著しく長期間に及ぶ場合は対象から外されることになりました。しかし、これは時間的な負担の重さが主な理由でした。
このほかに、死刑かどうかを判断しなければいけない事件も、対象から外すべきだという意見があります。「市民に判断させるにはあまりに重いテーマだ」という声です。しかし一方で、重大な事件こそ一般の人が判断し、捜査や検察の立証をチェックすべきだとして、対象から外すことに否定的な意見もあります。

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もう一つ、課題になっているのは「守秘義務」です。
裁判員は判決を検討する話し合い、つまり「評議」で誰が何を言ったかなどを外で話してはいけないことになっています。しかし制度を広く知ってもらい、これから裁判員になる人の不安を解消するためには、経験者の言葉が説得力を持ちます。法廷での審理や参加した感想は話してもよいのですが、この守秘義務が、発言を消極的にさせている側面は否定できません。守秘義務をもっと緩やかにすべきという意見もあります。
実際に裁判員を終えた人が、記者会見でどこまで話したらいいのかわからないから、と口を閉ざす場面もありました。せっかく貴重な経験をした人が守秘義務を気にして話をできないというのは、決して望ましいことではありません。

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【今から積極的に議論を】
改正された裁判員法では「必要があれば改正から3年後にもう一度見直すかどうか検討すべき」という趣旨の付則が盛り込まれました。
裁判員の心理的な負担を減らすために「死刑が想定される事件」や「守秘義務」などの扱いをどうすべきかについて、今後に向けて今から議論を進めるべきだと思います。

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【制度の改善に力尽くすべき】
裁判員制度はもともと、市民の協力がなければ成り立ちません。
それだけに、市民がいつでも安心して参加し、自由な議論を交わせる制度を実現することが、一番大切です。
裁判所や検察庁、それに弁護士会も、参加してくれる市民の善意に頼って満足するのではなく、裁判員経験者や犯罪被害者、そして現場の声に常に耳を傾け、改善に向けた取り組みや議論を一層、積み重ねていくことが、今こそ、求められています。

(清永 聡 解説委員)

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