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「南シナ海紛争 中国の主張認めず」(時論公論)

加藤 青延  解説委員
二村 伸  解説委員

南シナ海の領有権をめぐって中国とフィリピンが対立している問題で、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は、12日、中国が南シナ海のほぼ全域の領有権を主張する根拠としているいわゆる「九段線」は法的根拠がないなどとして、南シナ海の中国の海洋権益を認めない判断を示しました。

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仲裁裁判所の裁定の意味と、敗訴したかたちの中国はどう出るのか、そして地域や国際社会への影響を考えます。

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判決の要旨です。
▼中国が南シナ海のほぼ全域の領有権を主張する根拠としているいわゆる「九段線」は、法的根拠がないこと、
▼中国が南沙諸島で埋め立てて滑走路などを建設した7つの人工の島は、もともと人の住めない「岩」や満潮時に水没する「低潮高地」であり、EEZ・排他的経済水域を設けることはできないこと、
▼中国は南沙諸島のサンゴ礁に著しい損傷を与えるなど、海洋環境保護の義務に違反していること
▼そして、中国がフィリピンの漁業などの権利を侵害したり、人工島を建設したりして対立を悪化させていることなど、15項目に上るフィリピン政府の訴えをほぼ認める判断を示しました。

(二村)
フィリピン政府は「画期的な判断だと」歓迎していますが、中国にとっては厳しい内容ですね。
(加藤)
判断が示された後、中国は即座に「判断は無効で、拘束力はない。中国は受け入れない」とする声明を発表しました。実は、中国は当初から分が悪いと見ていたようで、判断が出る前から「紙屑同然だ」などとして認めない姿勢を強調していました。

(二村)
南シナ海は世界の貿易商品の4分の1が通過する重要な海上交通路で、安全保障上も極めて重要な場所です。豊かな漁場に加えて石油や天然ガスなどの資源が発見されてから各国が領有権を主張し、たびたび衝突が起きてきました。

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南沙諸島・スプラトリー諸島をめぐっては、フィリピンとベトナム、ブルネイ、マレーシアなど東南アジアの国々と、中国、台湾が領有権を争っています。また、西沙諸島・パラセル諸島では、中国とベトナム、台湾が争っています。

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仲裁手続きは、2012年にフィリピン・ルソン島に近いスカボロー礁に中国の艦船が居座り、フィリピンの船と1か月以上も睨みあいを続けたことを受けて、フィリピン政府の申し立てによって始まりました。
中国は2国間で話し合うべきだとして仲裁手続きを認めず、裁判所には管轄権がないと主張しました。しかし、去年10月、裁判所は審理する権限があるとして中国欠席のまま審理が行われました。

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その間も中国は、南沙諸島で7つの岩礁を埋め立て、滑走路や5~6階建てのビルを建設するなど軍事拠点化を進めてきました。さらに裁定を前に機先を制するかのように南シナ海で軍事演習を行いました。なぜここまで中国は強硬な姿勢を取り続けるのでしょうか。

(加藤)
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▼現政権の正統性の問題、▼安全保障上の理由、▼経済的利益という三つの側面があると思います。まず、政権の正統性ですが、これは中国が主権を主張する9段線と呼ばれるラインが、実は、70年近く前、当時中国大陸を支配していた中華民国政府が決めたライン、11段線をベースにしたものなのです。

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今の共産党政権は、自分たちはかつて中華民国が有していた主権や権益を踏襲したと言い張ってきましたから、もし9段線を放棄すれば、中国国内では、国民から主権の一部を手放したと厳しく批判されかねないという危機感があるのです。
二つ目の安全保障の理由。つまりその9段線を守るために軍事的な裏付けが必要というものです。当初中国は南シナ海の島取り競争には出遅れましたが、近年、軍事力の増強を背景に岩礁を埋め立て、人工島にして軍事基地をつくるという荒業に出てきたのです。

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実は、かなり前から占領している西沙諸島の拠点と、今回滑走路を完成させた南沙の人工島、さらに近く埋め立てると香港メディアが予想するスカボロー礁の3か所に高性能レーダーを置くと、南シナ海のほぼ全域の空や海を監視できるようになり、防空識別圏を設定する可能性も現実味を増すことになります。

(二村)
中国は仲裁裁判所の裁定に拘束力がないと主張していますが、国際法の専門家は、不服申し立てはできず拘束力はあると話しています。判決を無視しても罰則がなく、強制的に従わせることができませんが、中国も国際海洋法条約の締約国であり、判決に従う義務はあります。国際社会の批判や圧力にさらさせても中国は裁定を無視するのでしょうか。
(加藤)
無視し続けるでしょう。実は、中国政府は今回の裁定に合わせるかのように同じ日に南沙諸島に建設した飛行場で民間機のテスト飛行を行ったことを明らかにしました。これからも自分たちの計画を着々と進めるぞという強い意思表示だとも受け止められます。
(二村)
アメリカは軍事拠点化を「万里の長城を作って孤立するようなもの」と批判しています。
中国は国際社会での孤立も恐れないのでしょうか。
(加藤)
実は、中国は、孤立することに強い危機感を持っていると思います。
そこで、ここ一年ほど、中国はアジアやアフリカなど第三世界を中心に、中国の立場を支持してくれる「お友達の国の輪」を作ろうと懸命に外交攻勢をかけてきました。

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中国は「お友達の国」が60国カ国近くにも上っていると宣伝していますが、その中には仲裁裁定無視という中国の立場をどこまで積極的に支持しているのかはっきりしていない国も少なくありません。

(二村)
フィリピンが仲裁裁判所に申し立てたことを中国は「話し合いによる解決という合意に反する」と批判しましたが、南シナ海問題の解決に向けたASEANとの協議を避けてきたのは中国であり、まったく筋違いの主張です。

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国際社会への影響についてですが、まず、フィリピンは、日本やアメリカの後押しを受け中国に強硬な姿勢だったアキノ氏に代わって先月末ドゥテルテ氏が大統領に就任しました。ドゥテルテ大統領は中国との関係改善を模索しており、天然ガスの共同開発の可能性を示唆するなど柔軟な姿勢を示しています。今回の裁定を受けて中国との対話を有利に進めようとするものと見られます。また、同じように南シナ海で中国と衝突や小競り合いを続けてきたベトナムは、今回の裁定を受けて今後の対応を慎重に検討することにしています。中国は南シナ海の実効支配をさらに強化し新しい秩序を作ろうとしているように見えますが、そうなると緊張がさらに高まりかねませんね。
(加藤)
その通りだと思います。中国は力で現状を変えようとする姿勢がはっきりしてきました。アメリカ国防総省によりますと、中国は埋め立てた人工島に船や飛行機を攻撃するミサイルを配備したということです。また、現在、アメリカ本土をミサイル攻撃できる原子力潜水艦や空母の建造を急ピッチで進め、南シナ海に展開させることをもくろんでいます。このままではやがて南シナ海が中国の内海のようになる恐れも十分あるでしょう。
(二村)
中国が仲裁裁判所の判断を無視して居座り続けるようなことがあれば、悪しき前例となり、法の支配の原則は形骸化しかねません。中国には大国としての責任ある行動を強く求めると同時に、国際法に従わない身勝手な行動は断固見過ごすことができないという強い姿勢を示すことが必要です。一方で地域の緊張を高めないよう慎重な対応も求められます。それには東南アジアの国々と日米豪の結束を図るとともに、ヨーロッパの国々も巻き込み国際社会が一体となって粘り強く圧力をかけ続けることが重要だと思います。

(二村 伸 解説委員 / 加藤 青延 解説委員)

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