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「どうなる トランプ対クリントン」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ大統領選挙の候補者選びは、民主党のヒラリー・クリントン氏が、大統領候補として指名を獲得することが確実になりました。すでに共和党では、不動産王のドナルド・トランプ氏が指名獲得を確実にしています。
この2人が対決する11月の本選挙は、どのような戦いになるのか、その行方を考えます。

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ポイントは3つあります。

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(1)   民主・共和両党は、指名争いで党内に生じた亀裂を修復し、それぞれ結束を固めることが出来るでしょうか?
(2)    これまで、ほぼ一貫して優位とみられてきたクリントン氏を相手に、トランプ氏が勝てる可能性は、どれぐらいあるのでしょうか?
(3)   日本との関係には、どのような影響が予想されるのでしょうか?

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共和党の全国党大会を来月に控えて、トランプ氏はいま、政権奪還に向けた挙党体制を築こうと懸命です。党内随一の有力者、ライアン下院議長からも先週ようやく支持を取り付けて、結束を呼びかけています。
しかし、一時は鳴りをひそめていたかに見えた人種差別とも受け取れる発言がふたたび物議を醸し、党の主流派の中には「トランプ候補は支持できない」との理由で、党大会を欠席すると表明している人も大勢いるのです。

一方の民主党でも、クリントン氏は指名獲得を確実にしましたが、まだサンダース氏は敗北を認めず、来月の党大会まで戦いを続行する構えを崩していません。
そうした党内のこれまでのライバルを、今度は11月の本選挙に向けて味方に引きつけることが出来るのか、トランプ氏もクリントン氏も、党内の支持固めに依然として不安材料を抱えているのです。

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こちらは、民主・共和両党の歴代の大統領候補たちが、どれだけ有権者に嫌われていたかを比較したものです。ヒラリー・クリントン氏は、青色で示した民主党の歴代の候補の中では、とりわけ好感度が低いのが特徴です。
しかし、トランプ氏は、赤色の歴代の共和党候補だけではなく、クリントン氏にも増して、突出して嫌われていることがわかります。ことしの大統領選挙は、いわば史上まれに見る“嫌われ者どうしの対決”になりそうです。

「どちらの候補も支持できない」そうした声を背景に、リバタリアン党という小さな政党は、元共和党員でニューメキシコ州の知事を務めたゲーリー・ジョンソン氏を“第3の候補”として擁立しました。共和党は、このリバタリアン党と支持層の一部が重なります。実際にジョンソン氏が当選する可能性は限りなくゼロに近いのが現状です。しかし、この“第3の候補”は、クリントン氏よりもトランプ氏の票を奪う可能性が高いのです。

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アメリカでは、大統領選挙と同時に議会の上下両院も改選されます。有権者に人気の高い大統領候補が、その人気を利用するかたちで議員を当選させることを、大統領が着るコートの尻尾に乗るという意味で、“コートテール効果”と言います。
近年では、共和党のロナルド・レーガン、民主党のオバマ大統領が、初当選の際に多くの議席を増やしたことから、“コートテールの長い候補”と言われました。
しかし、トランプ氏の場合は、そもそもコートの尻尾があるのかどうかもわかりません。既存の政治をことごとく強く批判してきたからです。
いまトランプ氏が党の主流派から支持を固めきれない理由のひとつには、現在、共和党が上下両院で多数を握っている議会での優勢が揺らぎかねないという懸念もあるのです。

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では、そんなトランプ氏が相手なら、クリントン氏は楽に勝利できるのでしょうか?
今度は、ふたりの直接対決となった場合の支持率を比べてみましょう。
ほぼ一貫してクリントン氏が優位に立ってきたとみることは出来ます。しかし、最近は、ふたりの差は縮まる傾向にあり、“大接戦”を予感させる結果も散見されるようになりました。その上、クリントン氏は、国務長官在任中、私的なメールアドレスを公務に使っていた問題も抱えています。情勢にひとつ異変が起きれば、逆転の可能性はまだ十分に残されていると言えるでしょう。

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これまでに両党の指名争いに共通して浮かび上がってきたのは、アメリカ国内で拡がる一方の経済格差をいかに是正できるのかという課題です。いまアメリカ国民の過半数は、「アメリカは間違った方向に向かっている」と考えているのです。
その点で、クリントン氏は、これまでファーストレディー、上院議員、国務長官と、この四半世紀にわたり常に政治の中枢にいた“インサイダー”であり、いわば“既得権益”の象徴的な存在です。これに対して、行政経験のまったくないトランプ氏は、自他共に認める“アウトサイダー”です。クリントン氏が、格差是正を訴える“アウトサイダー”のサンダース氏に、予想外の苦戦を強いられたことから見ても、現状に変化を求める期待の声は、トランプ氏に集まる可能性が排除できません。

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では、トランプ氏とクリントン氏は、日本が深く関係する問題について、それぞれどのような政策を訴えているのでしょうか?
TPP=環太平洋パートナーシップ協定は、いずれも雇用への悪影響を理由に反対。
為替政策については、クリントン氏もトランプ氏も、円安には批判的。
貿易政策でも、クリントン氏が「不正な行為には報復関税で対抗する」としているのに対し、トランプ氏は自由貿易そのものに反対する保護主義を主張しています。

経済の分野では、少なくとも表面上、双方の政策にあまり大きな違いはみられません。
しかし、安全保障の分野は、対照的です。

クリントン氏が日米同盟を基盤とするアジア重視の姿勢を打ち出しているのに対し、トランプ氏が掲げているのは「アメリカファースト(第一)」。日米安全保障条約はアメリカばかりに負担が重く不公平だとして、日本が駐留アメリカ軍の経費を全額負担するよう要求し、応じないなら撤退も辞さないとする強硬な発言をくり返しています。

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無論こうした主張は、あくまでも選挙戦の中で語られていますから、実際に政権に就けば、より柔軟に、より現実的な政策に変わっていく可能性は高いでしょう。
しかし、トランプ氏を支持している少なからぬ有権者の中に、“アメリカはアメリカの利益だけを考えていればいい”そうした排外的で内向きな、孤立主義の傾向が目立つことは、特に警戒が必要です。

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これからトランプ氏とクリントン氏は、全米の州ごとに人口に応じて割り振られた選挙人の数を争います。
いまの時点で、各種の世論調査から、トランプ氏が勝利する可能性が高いとみられている州を赤で、クリントン氏が勝利する可能性が高いとみられている州を青で色分けすると、クリントン氏は人口の多い両岸の州を中心に194人、トランプ氏は保守的な南部を中心に164人を獲得できそうだとみられています。
残りの選挙人180人の行方は、どちらに転ぶかわからない“接戦州”、黄色い線で囲った14の州の攻防にかかってきます。
いま両陣営は、その中でも、大統領選挙のたびに大接戦となる南部フロリダのほか、選挙人の多い中西部オハイオ、ミシガンそれに東部ペンシルベニアを、選挙戦の最重要州と位置付けています。
この地域は、かつて戦後アメリカの繁栄を支えた重工業や製造業が衰退してきたことからラストベルト=錆ついた工業地帯と呼ばれ、経済では保護主義的な機運がくすぶっています。今後こうしたラストベルトで双方の攻防が激しくなればなるほど、それぞれの経済政策は、保護主義的な傾向をますます強めていくかも知れません。

変幻自在の言動で、従来の選挙戦の常識を覆し、誰もが予想もしなかった大統領候補の座をつかんだトランプ氏。当初から本命候補と目されながら思わぬ苦戦を強いられ、今ようやく直接対決のスタートラインに立とうとしているクリントン氏。異例ずくめの指名争いを勝ち抜いた両氏の戦いは、かつてない波乱含みの展開になりそうです。

(髙橋祐介 解説委員)

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