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「英国の選択 EU離脱か残留か」(時論公論)

百瀬 好道  解説委員
二村 伸  解説委員

EUから離脱か、それとも残留か。戦後70年のヨーロッパの歴史において極めて重要な意味を持つイギリスの国民投票が3週間後に迫りました。先のG7・伊勢志摩サミットでも、イギリスのEU離脱は世界経済への深刻なリスクだと懸念が示されましたが、離脱派と残留派は拮抗し予断を許さない情勢です。なぜEUから離脱なのか、離脱派と残留派が拮抗しているその背景と、EU離脱の場合、どのような影響が出るのかについて考えます。

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(二村)各種の世論調査結果を見ますと、残留支持と離脱支持は大接戦、最新の調査では、離脱派がややリードという結果も出ています。「Brexit」、イギリスと出口をかけあわせた、EU離脱を意味する言葉が現実味を帯びてきたと話す人もいます。

(百瀬)国民はハムレットの心境だと思います。EUの経済的、政治的後ろ盾は魅力だが、EUに何もかも決められるのは、かつての大英帝国のプライドもあって許せないといった葛藤の現れだと思います。それにイギリスの世論調査は、選挙結果や投票結果とくい違う事も多いので、現時点で結果を予測するのは難しいと思います。

(二村)キャメロン首相自身はEUにとどまるべきとの立場ですが、なぜ危険をおかしてまで国民投票に踏み切ったのか、それはEUに懐疑的な声が高まり、政府や与党・保守党内でも離脱支持が根強いことから、そうした声を抑えこむために決着をつけようというものです。

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国民投票に先立ってキャメロン首相は、今年2月、EUに改革を求めました。移民に対する社会保障費の給付制限など、EUから譲歩を引き出したことで、首相は離脱の必要はないと訴えています。しかし、目論見通りには行かず、離脱派の勢いは衰えていません。

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(百瀬)イギリスにとってEUは経済的な発展や繁栄の手段で、政治的な主権は守るというのが基本的立場です。市場統合は認めるが、政治統合は問題外なわけです。ところがユーロ危機以降、EUの経済的メリットの低下が著しい。ただでさえイギリスは巨額の分担金を納めているのに、経済危機が起これば、支援のための財政負担を強制されるかもしれない。EU加盟の意味に疑問符が付き始めた事が、離脱派の勢いづく要因だと思います。

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(二村)もう1つ離脱派が支持を集める要因に、大量の移民流入に対する反発があります。去年の移民の数は33万人で過去最高を記録しました。EUの大原則である移動の自由によって、2000年代になって新たに加盟したポーランドやルーマニアなどの旧東欧諸国から多数の労働者が流入しているのです。これによってイギリス人の雇用が脅かされ、社会保障費を圧迫しているといった不満が強まっています。日本を含め各国は残留を求めていますが、それでも離脱はありうるのか、百瀬さんはどう見ていますか?

(百瀬)離脱派への支持が一挙に高まる可能性は捨てきれないと思います。G7の残留支持表明、最大の同盟国アメリカも度々離脱の危険性を警告しています。こうした国際的な圧力にも関わらず、離脱派は一貫して4割近くを維持している事実は見過ごせません。この先、パナマ文書のような政権に関わる政治スキャンダルやテロ事件が起これば、離脱に触れる可能性は高いと思います。

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(二村)イギリスがEUから離脱した場合、どのような影響が出るのでしょうか。OECDは、2020年までにGDPが3%落ち込むと分析しています。最悪のシナリオでは2030年までに7.5%以上落ち込み、国民は長年にわたって多額の税負担を強いられることになるとも指摘しています。悲観的過ぎるという声もありますが、イギリスにとっても世界経済にとっても離脱はデメリットの方が多いように思います。

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(百瀬)それが一般的な見方ですが、残留派と離脱派の主張は正反対で、どちらが真実なのか国民は判断しかねているのが実情です。残留派は、離脱すればEUとの貿易で高い関税がかかる。基幹産業の金融業も各国で自由に営業できなくなり、大量の失業者が出ると危機を煽っています。離脱派は、企業はEUのルールに縛られず活動できるので成長力は高まる。大所帯のEUより、イギリスだけのほうが、高成長の中国やインドと自由貿易協定を結びやすくなると反論しているのです。

(二村)国際社会にとっては世界経済への影響が最大の懸念材料ですね。

(百瀬)アメリカ経済が安定し、原油価格も上昇し、世界経済はやや落ち着きを取り戻しています。そこで離脱となれば、投資家の心理は急激に冷え込むでしょう。英やEUの通貨が売られドル高や円高が進む。世界同時株安のように市場の混乱が続くと、実体経済にも影響が広がります。
もう一つはアメリカの金融政策への影響です。金融政策を決める会合が、今月半ばと来月末に予定されていて、金利引き上げの時期を探っているアメリカの金融当局は、国民投票の動きに神経を尖らせています。仮に離脱となれば、利上げを前提としたアメリカのシナリオは変更を迫れる可能性が高いと思います。

(二村)イギリスには多数の日本企業が進出していますから、日本への影響も少なくないですね。

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(百瀬)ビジネス戦略の根本的な見直しは避けられないでしょう。進出企業は自動車や金融を中心に1089社で、どこも欧州市場の統括拠点として位置付けていて、EU残留を強く望んでいる。英がEUのメンバー資格を失えば、ビジネスルールや規制が大きく変わります。いままで大陸に自由に営業所や工場が作れたのに、今後は許可が必要になる。関税や面倒な輸出入の手続きも復活するでしょう。コストが一挙に増える心配があり、別のEU加盟国に移転を検討する企業が増えるのは確実だと思います。

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(二村)外交・安全保障面では、イギリス1国では国際社会での発言力が限られ、孤立を深める可能性があります。一方、EUにとっては、大陸の国々と一線を画してきた異質のイギリスが抜けても直ちに機能しなくなったり崩壊したりすることはないでしょうが、EU第2の経済規模と政治的・軍事的な影響力を持つ国だけに英独仏3か国の微妙なバランスが崩れ、弱体化は避けられないでしょう。

(百瀬)EU域内の格差の解消や移民の社会同化といった課題を考えると、今こそ結束が必要なのに、イギリスの離脱は問題解決の糸口を失うことになりかねないのではないでしょうか。

(二村)EUの結束が揺らげば対ロシア政策や、テロ対策、難民対策にも影響します。さらに、イギリスの離脱は各国のEU懐疑派を勢いづけることになり、後を追う国が出る可能性も否定できず求心力は大きく損なわれます。
2度と戦争の惨禍を繰り返さないために統合の道を歩んできたヨーロッパですが、イギリスが孤立の道を選ぶことになれば、統合は大きく後退を余儀なくされます。イギリスの選択は日本を含む世界にとっても極めて重要な意味を持つだけに、投票の行方を慎重に見守っていく必要があります。

(二村 伸 解説委員 / 百瀬 好道  解説委員)

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