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「生かされなかった教訓~警察のストーカー対応」(時論公論)

寒川 由美子  解説委員

教訓はいつになったら生かされるのでしょう。
芸能活動をしていた女子大学生が刃物で刺された事件は、警察が被害者から事前に相談を受けながら、防ぐことが出来ませんでした。
過去のストーカー事件を教訓に導入された未然防止のためのシステムは、今回、思い込みやミスから機能せず、警察の危機意識の欠如が浮き彫りになっています。
一方で、今回のストーカー的行為はツイッターというSNSへの書き込みで、過去の事件とは異なる面もあり、対策を改めて考えなければならない現実も突きつけられています。
そこで▼事件を防げなかった警察の対応の問題点、▼SNSによるストーカー行為の危険性、そして▼新たなストーカー対策として何が必要か、考えます。

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<警察の対応の問題点>
東京・小金井市で芸能活動をしていた冨田真由さん(20)が刃物で刺され、意識不明の重体になっている事件では、警察の対応の問題点が次々に明らかになっています。

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▽まず今月9日、岩崎友宏容疑者(27)からの、ツイッターへの執拗な書き込みについて相談を受けた警察署は、「ただちに危害のおそれはない」と判断し、ストーカー捜査を指導する警視庁の専門部署に報告しませんでした。
警察の通達では、ストーカーの相談は「重大事件に発展するおそれが大きい」として、必ず専門部署に報告することになっています。
しかし今回、警察は、「アイドルとファンの関係ではよくあること」ととらえていたフシがあり、ストーカーの相談とは受け止めませんでした。
この判断の甘さが、後の対応のまずさにつながっていきます。

▽その後、警察は、冨田さんから事件当日の21日にライブを行うことを聞き、110番通報に素早く駆けつけるための専用システムに、自宅住所のほか、「男がライブ会場に押しかけトラブルになる可能性がある」という情報を登録しました。しかし肝心のライブの日時や会場の場所は登録せず、周辺の警戒も行いませんでした。

▽そして会場近くで危険を感じた冨田さんがすぐに110番すると、誤って自宅に警察官を向かわせました。
携帯電話の位置情報の確認を怠ったうえ、システムに自宅だけが登録されていたことで、かえって現場に駆けつけるのが遅れた形です。

▽さらに、岩崎容疑者は3年前、別の女性のブログに脅すような書き込みをしていましたが、女性から相談を受けた都内の警察署は、情報を共有するための相談情報ファイルというシステムに、岩崎容疑者の名前の入力を忘れました。
このことで、今回、相談を受けた警察署が名前を検索してもヒットせず、情報を生かすことは出来ませんでした。

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<生かされない教訓>
ストーカー捜査の専門部署や、110番の際の専用システム、相談情報ファイルは、いずれも過去のストーカー事件などで、被害者からの相談を重視しなかったり、情報共有ができなかったりしたことを教訓に導入されたものです。
さらに3年前、東京・三鷹市で女子高校生が殺害されたストーカー事件でも相談を受けながら防ぐことができなかった反省にたって、警察は、システムの活用や教育の徹底を指示する通達を全国の警察に出しました。
この中では、ストーカー相談については最悪の事態を想定して「危険性を積極的に判断する」ことや、「被害者の真意をくみ取って」重く受け止めることが指示されています。

ところが今回は、そもそもストーカー相談と受け止めなかったため、こうしたシステムは生かされませんでした。
いくら制度やシステムを整えても、それが機能しなければ意味がありません。
通達やシステムは事件を防ぐためにある、という意図が全く理解されていなかったのではないか。
警察は、今回のひとつひとつの問題点はもとより、どんな指導や教育を行っていたのかを徹底的に検証し、2度と同じ過ちを繰り返さないよう危機意識を徹底させなければなりません。

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<SNSとストーカー>
さて、今回の事件ではツイッターというSNSがストーカー的行為に使われましたが、このことも、警察が危険性の判断を誤った一因になった可能性があります。
確かに、いまのストーカー規制法は、▽つきまとう▽見張っていると告げる▽拒否しているのに交際をしつこく迫る▽メールを執拗に送信する行為などが対象で、ツイッターなどSNSは対象と書かれていません。

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しかし、SNSを通じて女性や子どもが巻き込まれる事件は相次いでいます。
さらに専門家は、SNSによるストーカー的行為は、短期間のうちにエスカレートしやすいと指摘します。

1対1でやりとりするメールと違って、ツイッターは1対不特定多数でやりとりするにもかかわらず、メッセージが自分に向けられたものと錯覚する。
自分の考えを一方的に書き込むことで、妄想を膨らませる。
そして、相手が自分の思い通りにならなかったり、書き込みをブロックされたりすることで、怒りや恨みの感情が一気に爆発し、過激な行動に走る危険性があると言うのです。

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今回の事件でも、プレゼントを拒否された容疑者の男は急に攻撃的な書き込みに転じ、書き込みをブロックされると、周囲にまで女性への非難を書き込んで、犯行に及んでいます。

いまや、日本人の少なくとも2人に1人がSNSを利用する時代。
不特定多数にプライバシーをさらしている反面、書き込みをしてくる相手が分からないことも多く、事件の解決には警察の捜査が欠かせません。
警察は、SNSから発せられるメッセージからどのように危険性をくみ取り、犯罪防止につなげていくべきか、分析や対策を急がなければなりません。

<法改正>
とはいえ、SNSや情報ツールが日々進化する中では、警察の危機意識を高めるだけでは不十分で、新たなストーカー対策として早急な法改正も必要です。
実はすでにおととし、有識者による検討会が、法改正でSNSも明示するよう警察庁に提言していますが、いまだメドさえたっていません。
ストーカー事件で娘を亡くした遺族は、「何人犠牲になれば、事態が動くのか」と憤りをあらわにしています。
SNSはもちろん、今後の情報ツールの進化も見据えながら、待ったなしの課題として取り組む必要があります。

<究極は加害者対策>
一方、どんなに制度を整え、取り締まりを強化したとしても、ストーカー行為をやめない加害者がいるのも事実で、こうした加害者への対策がなされない限り、事件を食い止めることはできません。
そこで、いま、加害者の意識を変えるためのカウンセリングや治療が注目され、すでに多くの国で取り入れられています。
精神科医や心理療法士が加害者からじっくり話を聞いたうえで、▽本人に問題行動だと理解させる、▽訓練によって行動を制御出来るようにする、といったことで、一定の効果をあげているといいます。

これに対して日本では、警察庁が試験的に、加害者に専門家のカウンセリングを受けてもらう取り組みを始めたばかりです。
ストーカー事件の被害者は「加害者の意識を変えることが究極の被害者支援だ」と話していました。
警察と医療機関などが連携し、こうした取り組みを着実に進めること求められます。

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変化のスピードが速く、社会の仕組みが複雑になる世の中では、人間関係の築き方やとらえ方は、難しくなってきているのかもしれません。
今よりもっとゆがんだ形のストーカーが現れ、身近にひそむ危険への対応が一層困難になる可能性もあります。
万全の対策というものがない以上、一つ一つの事件から得た教訓を地道に積み重ね、次に生かす取り組みを続けていくしかありません。
それが、事件を防ぎ、被害にあった人たちの願いに応えることにもつながるのだと思います。

(寒川 由美子 解説委員)

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