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「子どもを虐待から守るために」(時論公論)

村田 英明  解説委員

5月5日の「こどもの日」は、こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかる日だとされています。ところがどうでしょう。児童虐待が増え、安心して暮らせるはずの家庭で幼い子どもの命が奪われる痛ましい事件が後を絶ちません。
政府は新たな対策をまとめ、今の国会に児童虐待防止法などの改正案を提出しましたが、その中身を見ると踏み込みが足らないといった印象を受けます。
子どもを虐待から守るためには何が必要か、2つの点に絞って話をします。

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1つは、虐待死を防ぐため、児童相談所が警察との連携を強めて事態が深刻化する前に子どもを保護することが求められているということ。もう1つは、育児を放棄したり、虐待を繰り返したりする親に代わって愛情を持って育ててくれる里親を増やす必要があるということです。
 
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まず、児童虐待の現状ですが、全国の児童相談所が対応した虐待の件数は、年々増えていて平成26年度は8万件を超えました。
 
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これを詳しく見ると、4つに分類される虐待はいずれも増えていて、このうち「殴る」「蹴る」などの「身体的虐待」と「食事を与えない」「重い病気になっても病院に連れて行かない」などの「ネグレクト」という子どもの死に直結する2つの虐待が全体の半数以上を占めています。
また、最近は家庭内での暴力を目撃したきょうだいについても「心理的虐待」を受けたとして通告するケースが急増しているほか、発覚しにくいため件数は少ないものの「性的虐待」も深刻化しています。
 
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そして、「虐待死」ですが、無理心中を除いて年間におよそ40人から50人の子どもの命が奪われています。ただ、これは児童相談所が把握した分だけです。
日本小児科学会が医療機関を通じて行った子どもの死亡事例の調査では年間におよそ350人の子どもが虐待を受けて死亡している可能性があると推計されていて「多くの虐待死が埋もれているおそれがある」と指摘しています。
児童虐待は家庭という密室で起きるため気づかれない場合が多く、虐待がエスカレートする前に子どもを保護できるかどうかが課題となっているのです。

そこで、政府は新たな対策の中で児童虐待防止法を改正し、児童相談所が虐待が疑われる家庭に強制的に立ち入って調査を行う「臨検・捜索」を強化するとしています。
 
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いまの手順では、まず、児童相談所が保護者に子どもを連れて出頭するように求めます。応じない場合は家庭への立ち入り調査を行いますが、拒否されれば、ふたたび出頭を求め、それも拒否された場合、裁判所に許可状を請求して、ようやく「臨検・捜索」ができるようになっています。
 
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鍵を壊して家の中に入り子どもを保護することができますが、手続きが複雑で時間がかかることもあって平成20年度の制度導入から26年度までに全国で8件しか行われていません。中には最初の出頭要求から70日かかったケースもあり、これでは差し迫った状況に対応できないので、今回の改正案では2度目の出頭要求を省略することにしました。立ち入り調査を拒否されたら、すぐに裁判所に許可状を請求できるようにして安全確認を急ごうというわけです。

しかし、手続きを短縮しても、子どもが命の危険にさらされ一刻を争う場合は遅れを取ってしまいます。児童相談所だけで対応するには限界があり、機動力のある警察との連携の強化が虐待死を減らすためには必要なのです。
 
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先月、警察庁は、通報を受けた警察が「虐待はない」と判断した場合でも、児童相談所に問い合わせて過去に虐待として対応していないか確認するように全国の警察に指示しました。警察が把握した虐待はすべて児童相談所に通告されますが、児童相談所からは虐待が深刻だと判断した場合など一部しか伝えていないため、現場に駆けつけた警察官が虐待を見逃すことがあるのです。
警察への情報提供が進まない背景には、虐待対策が児童福祉の一環で行われ、刑罰を念頭に置いた警察の介入に厚生労働省が慎重なことがあります。

そうした縦割りの弊害をなくして対策を進めようと独自の取り組みを始めたのが高知県です。
 
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平成20年に南国市で小学5年生の男の子が同居していた男から暴行を受けて死亡した事件で、児童相談所が虐待の通告を受けながら男の子を保護できなかったことから、事件の後、高知県は、警察との連携を強化することにしました。具体的には児童相談所が把握した虐待の情報をすべて文書にして、毎月会議を開いて警察に提供するようにしたのです。

情報共有の効果について県の担当者は、児童相談所が立ち入り調査を行う際に警察官に同行してもらうようにしたところ保護者の態度が変わり調査をしやすくなったと言います。一方、警察も虐待が起きていることを事前に知らされていれば通報を受けた際に子どもを保護しやすいといいます。

厚生労働省は、児童相談所が把握した虐待の情報を警察と共有し、協力して子どもの保護にあたるように法律や制度を見直してほしいと思います。
 
そして、もう1つ、子どもを虐待から守るために必要なのが里親の普及です。
欧米では家庭的な環境で育てることが子どもの発育や人権の面からも重要だと考えて、保護された子どもの半数以上が里親の手で育てられています。
これに対し、日本では乳児院や児童養護施設などの施設で暮らす子どもが大半を占め、里親に育てられる子どもは1割ほどしかいません。

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こうした状況を改善しようと、政府は児童福祉法を改正し、里親を増やすことを児童相談所の業務とすることにしました。しかし、どうやって増やすのか、具体的な方法を考えなければ普及は進みません。

そこで、実績のある福岡市の取り組みを紹介したいと思います。
虐待などで保護された子どものうち、里親に育てられている子どもの割合は、福岡市は平成26年度末で32.4%。10年前より5倍近く増えて全国の都道府県と政令市のトップです。
 
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里親が増えた理由の1つは職員の意識改革にあります。子どもを保護したら、まず里親への委託を検討して、それが出来ない場合に施設への入所を決めるようにしたのです。また、子育ての悩みを聴いてアドバイスなどを行う専従のスタッフを6人確保して、子どもを託したあとの支援に力を入れています。

そして、今後、里親をさらに増やしていくためには、「特別養子縁組」を広げられるかどうかがカギを握るといいます。
 
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特別養子縁組ができるのは、原則として6歳未満までで、普通の里親とは違い戸籍上の親子になれるため、子どもに恵まれない夫婦の希望者が増えています。また、虐待死のおよそ4割はゼロ歳の乳児なので、子どもの命を守ることにもつながると期待されています。

ただ、実の親の同意を得るのが難しく普及していません。子どもが虐待の被害を受けていれば裁判所の審判で養子縁組が認められることがありますが、そうした事情がなければ、親に育てる気がなくても、同意を得ない限り、養子縁組はできないのです。

生みの親に親子の縁を切るという難しい判断を迫るだけに同意を得るには丁寧な説明が必要です。時間や手間がかかるため、児童相談所の職員を増やすなど体制を整えなければなりません。
また、欧米には親が子どもを育てない状態が一定期間続けば、裁判所が実の親の親権を喪失させて養子縁組を認める制度があります。日本でもそうした制度を導入するかどうか検討が必要です。

児童虐待をなくす対策は待ったなしの課題です。警察との連携や里親の普及が進むように、子どもの利益を最優先に考えて、政府はさらに踏み込んだ対策を講じるべきだと思います。
 
(村田 英明 解説委員)


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