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「鉄道のベビーカー事故を防ぐには」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

鉄道のベビーカー事故やトラブルをなくすには、どうしたらいいのでしょうか。
2016年4月4日、東京メトロの半蔵門線で、ドアにベビーカーを挟んだまま電車が出発しました。けがをした人はいませんでした。
このトラブルについては、車掌の対応が問題視されていますが、車掌の教育や訓練を強化することで、こうした事故やトラブルは防げるでしょうか。

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▽ミスが重なった車掌の対応、
▽過去に起きたベビーカーの事故の教訓は生かされているのか、
▽安全性向上に何が必要か、
といった点について考えます。

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今回のトラブルについて、東京メトロは、車掌の確認が不十分だったことが原因としています。では、どのようなミスが重なったのでしょうか。

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九段下駅で10両編成の前から6両目で、親子4人が乗ろうとしていました。最後に父親が乗ろうとしたとき、持っていたベビーカーが挟まれました。車掌はこれに気付かず、運転士に出発の合図を送り、電車は走り始めました。挟まれていることに気づかなかったことが最初のミスです。

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最後尾がホーム中ほどに差し掛かったころ、車内の乗客が「非常通報ブザー」を押し、車掌はこれに気付きました。

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さらに、ホームで危険を感じた時などに使う「非常停止ボタン」が押されました。ホームの警告音や赤いライトも点灯し、車掌は気付きました。
いずれの場合も車掌は緊急停止させなければならないのに、電車を止めませんでした。
車掌は1人で乗務するようになって19日目で、「気が動転していた」とか「躊躇してしまった」などと話しているということです。

ベビーカーには、誰も乗っていなかったため、けがをした人はありませんでしたが、東京メトロは、一歩間違えれば大惨事になったとして、
▽乗務員の教育の徹底、
▽非常時の緊急停止の操作については、これまでのシミュレーターだけでなく、実際の車両を使った訓練行う、
などの再発防止策をとることにしています。
車掌は、非常停止ボタンが押された理由、つまりベビーカーをドアに挟んだまま走行していたことに気付かなかったということです。
なぜ止めなかったのかという疑問ともに、どのような安全確認をしていたのか、詳しく調べる必要があります。

では、もう一方の乗務員である運転士はどうしていたのでしょうか。
東京メトロでは「緊急停止の判断は、車掌の役割にしている」ということで、運転士にミスはなかったとしています。

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ただ、ここで指摘したいのは、ホームの非常停止ボタンについてです。
車掌は警告音や赤いライトで気付きますが、トンネルに入ると非常停止ボタンが押されたことを運転士は認識できない仕組みになっています。
非常停止ボタンが押されたのであれば、危険な事態が起こっているかもしれません。
このため、例えば、トラブルのあった駅で隣のホームを走る都営地下鉄、新宿線でみてみますと、非常停止ボタンが押されると、運転士に知らせ、さらには自動でブレーキがかかるようになっています。
非常停止ボタンの緊急性を考えると、東京メトロでも、このボタンが押されたことを、運転士に知らせるシステムの導入が必要だと思います。

過去に起きたベビーカー事故の教訓は生かされなかったのでしょうか。

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事故は、平成14年にJR東日本の京葉線の東京駅と山手線の秋葉原駅で、平成19年に神田駅と大阪、南海電鉄の萩原天神駅で起きました。子どもや助けようとした母親がけがをしています。
こうした事故のあと、鉄道各社は対策を進めました。
一つは、ドアにものが挟まっていることを検知する感度を上げることです。

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現在では、1.5センチないし、2センチのすき間を検知するようになっていて、今回の東京メトロの車両は、ドアに1センチ以上のすき間があると運転席で発車操作ができない設定になっていました。
そして、ドアのゴムは手などがはさまった時に抜けやすいよう「柔らかいゴム」が使われていますが、ベビーカーが挟まりやすい、下30センチは、挟まっていることを検知しやすいように「固いゴム」が使われるようになりました。

一方、鉄道会社とメーカーが協力して、ベビーカー側の対策も進められました。

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製品の安全基準などを作っている製品安全協会では、はさまれたときにドアが感知できるようベビーカーの前輪のパイプの部分を太さ3.5センチ以上に相当する形状にするよう、平成21年に基準を見直しました。この基準を満たしたベビーカーは「SGマーク」をつけることができます。

そうした対策がとられたのに、今回、ベビーカーを検知できませんでした。なぜなのでしょうか。

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一つは、今回のベビーカーはパイプの部分が1.5センチと細かったのです。SGマークのないベビーカーだったとみられています。
1センチ以上あるので、検知される可能性はありますが、挟まれた場所は下から60センチ「柔らかいゴム」の部分でした。
このため、ゴムがへこんで、ドアのすき間が1センチを下回り、検知できなかったとみられています。

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SGマークの基準を満たすことは義務ではありません。国内で販売されているベビーカーの7割ほどにSGマークがついていますが、日本独自の基準なので、海外ブランドなどの製品は、挟まれやすい部分を太くしていないものがあります。
さらに今回、ベビーカーが挟まれた人は外国人旅行者だったということです。日本のSGマークがついていないベビーカーを使っていることは、当然あり得ます。
4年後の東京オリンピック・パラリンピックをひかえて、外国人観光客が増加する中、ベビーカーの対策に頼るのではなく、鉄道の側が対策を強化することが求められているのです。

そうなると、さらに安全性向上を図るには、何が必要でしょうか。

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平成14年と19年の事故、そして今回のトラブルに共通している問題は、いずれも車掌がベビーカーが挟まっていることに気付かなかった点にあります。車掌が見落とさないようにすることが極めて重要です。

ここに、一つの参考になる事例があります。
東京の新宿と神奈川県内を結ぶ小田急線です。平成19年に、ホームの客がドアに指を挟まれていることに車掌が気付かず、発車させました。客は電車とホームの間に転落して、大けがをしました。

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この事故以降、小田急線では、ホームの黄色い点字ブロックと車両の間に、乗客が一人でもいたら、電車を出発させないことにしました。

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車掌からは手前にいる客の陰に隠れて、状況が見づらい場合がありますが、こうすると見やすくなります。
客が電車から離れて歩いてくれないと、いつまでも発車できず、運行に遅れが出るということが起きてしまいます。ただ、この取り組みは、ベビーカーに限らず、目の不自由な人など多くの利用者の安全確保につながります。
首都圏では、他にも東急電鉄の各線でも、同じようにしていますが、まだ一部の鉄道会社にとどまっています。
鉄道各社には、車掌が、安全確認がさらに確実にできる方法がないか検証し、ホームでの事故防止につなげることが求められています。

そして、もうひとつ、鉄道の利用者が、ベビーカーを使っている人を思いやることも大切です。ベビーカーを乗せようとしている人がまわりの迷惑になるからと、あとから乗ろうとすると、それだけドアに挟まれるリスクも高くなってしまいます。
ほか乗客がベビーカーを置くスペースを作ってあげるなどの協力をする。
その一方でベビーカーを使う側の人も、時間に余裕を持って周囲に配慮した行動を心がける。
お互いが利用しやすいようにすることが、事故を防ぐことにつながると思います。

大惨事になりかねなかった今回のトラブルをとらえて、乗務員の教育・訓練だけでなく、乗客の協力や鉄道各社が持つ安全に関するノウハウを集めることで、一層安全性の高い鉄道にしていく必要があります。

(中村 幸司 解説委員)

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