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時論公論 「震災5年~記憶を記録にデジタルアーカイブ確立を」

西川 龍一  解説委員

東日本大震災で、個人が体験した被災状況などの写真や動画といった貴重な記録は膨大な量にのぼります。ところが、こうした多くの記録が数十年後には継承できなくなっているのではないかという懸念が専門家の間から起きています。今回の震災の記憶を記録としてどう継承するのか、課題と対処方法を考えます。

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東日本大震災は、デジタルカメラやスマホなどでデジタル記録がいつでもどこでもできるようになってから最初の未曾有の災害です。多くの方が地震や大津波、その後の被災状況を画像や動画として自分で撮影しました。今を記録することになるこれらの膨大なデータは、震災の記憶を伝えるだけでなく、防災上の研究資料としても貴重なものです。
震災の直後から、こうした記録を集める動きが始まりました。まずは、民間の団体やインターネット検索会社が震災に関する写真や映像などの投稿を募り、ネット上で公開しました。さらに東北大学が中心となったアーカイブプロジェクトが発足。東北地方の自治体や図書館なども個別に同様の記録の収集を始めたのです。

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こうした震災の記録収集ですが、▽当初は乱立気味で、活用や残すことは前提とされなかったため▽著作権の扱いや公開の仕方がまちまちであること、▽どこにどの写真や動画があるのかわからないといった問題が指摘されました。

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そこで始まったのが、国立国会図書館の取り組みです。これまでばらばらに行われてきた全国のデジタルデータアーカイブの組織をネットワーク化するとともに、一部の内容を保存収集することを目的に、震災から2年後の2013年3月、「ひなぎく」と名付けた震災アーカイブを公開しました。現在45のデータベースと連携しています。写真や動画だけでなく、インターネットのウェブサイトやデジタル化された報告書なども対象で、一般のデータベースと同じようにキーワードや日付などを入力することで、一括して連携しているデータベースから検索できるようになっています。

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「ひなぎく」の公開で、デジタルアーカイブの器はできた形です。しかし、「ひなぎく」は、ポータルサイト、つまりデータベースにつながる入り口に過ぎず、積極的にデータの収集を行う体制ではありません。記憶を記録に残すには大きく3つの問題があります。1つは、扱うデータが研究者や行政に偏ったものになり、震災の直後に被災者が個人で撮影した生の貴重な記録の収集が後手に回っていること。2つ目は、せっかく個人から提供されても、その記録が価値あるデータとして残されるための条件を満たせない可能性があること。3つ目は、デジタルデータの脆弱性があまり知られていないことです。

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まず、データの偏りです。たとえば、「ひなぎく」と連携しているデータベースの一つ、東北のある県のものを例に見てみると、40万件の資料のうち、35万件が公務員などが撮影したものです。民間から寄せられた資料は5万件。被災者の数だけ、被災状況は異なるはずです。震災の記憶を記録として残すということから考えると、被災者自身の記録が全体の8分の1でいいのかという問題があります。

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次は、記録が価値あるデータの条件を満たせない可能性。こちらの2枚の写真、向かって左は2010年5月、陸前高田在住の男性が地元の風景を撮影したものです。右の2011年4月の写真は、同じ場所から同じ町並みを撮影しているため、震災前後の比較ができます。被災前の写真がどの位置からどの場所をどの方向に撮影したのかがわかっていたため、右の写真が撮れ、津波がどのように押し寄せて、建物を押し流したのかといったことがあとから検証できる資料となりました。

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「いつ、どこで、誰が、どんな状況で」撮影したものなのか、そうした「記録の情報」があれば、後々の分析資料としても記憶としても価値が認められる可能性があります。逆にないものは、大量の記録の中で埋もれてしまいます。震災からすでに5年、正確な記憶は薄れかけていますから、価値あるデータとするための時間は限られて来つつあります。

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そして、3つ目のデジタルデータの脆弱性があまり知られていないという問題は、今後国が関与しなければ歴史の空白を生むかもしれない大問題とも言われます。
デジタルデータを記録する光ディスクなどの寿命は意外と短く、速いものでは5年から10年で劣化が進むと言われています。加えてデジタルデータは、ディスクが壊れると一気にすべての記録が読み出せなくなったり消えてしまったりするというリスクもあります。記録媒体は長期間の保存には弱いということをまず知る必要があります。

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フィルム写真は、プリントしてアルバムに貼って残すことが一般的でした。デジタル写真は、撮影したスマホやパソコンで見ることが一般的で、撮影枚数も膨大になります。写真のデータを大量にため込んで整理できないまま、何の写真だったかわからなくなってしまったという経験がある方も多いと思います。デジタルになって写真などを将来に残すという発想自体が失われつつあると指摘する専門家もいます。
こうした問題をクリアして、貴重な震災の記録を継承するにはどうすればいいのでしょうか。ハード面とソフト面から2点指摘したいと思います。
まず、ハード面です。デジタルデータを長期間保存するには、データの複製を繰り返す必要があります。コピーが簡単にできるのは、デジタルの利点です。定期的なバックアップです。震災から5年が経ちましたから、すでに劣化が始まっている可能性が十分あります。さらに長期的に見ると、データの形式の問題があります。例えば今、多くのデジタル写真が使っているJPEG形式のデータが30年後に使われているとは限らないからです。保存するだけでなく、後々の閲覧や活用を考えれば、そうしたデータの移行も定期的に行う必要があります。

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デジタルアーカイブの先進国であるアメリカでは、多くの専門機関が定期的なデータ移行計画を作っています。国内では、総務省が、東日本大震災を受けて策定したデジタルアーカイブのガイドラインの中で、定期的なデータの移行の必要性を指摘していますが、計画の策定例はほとんどありません。
一方、ソフト面です。価値あるデータとして整理・収集するには、辞書の編纂に専門の編集委員があたるように、デジタルの専門家が必要です。文化的な資料をデジタル化して保存や活用にあたるデジタルアーキビストという資格があります。デジタルデータの場合は、例えば写真であれば持っている人が著作権者とは限らないことや、肖像権の問題など、活用するためにクリアすべき法律的な問題があります。こうした問題に対処するのも、デジタルアーキビストの仕事の1つです。国内では、3000人が認定を受けていますが、そもそも存在自体がほとんど知られていないというのが実情でしょう。こうした人たちが個人の持つ写真や動画に記録の情報を付与するような体制が取れれば、より多くの個人の記録をくみ上げることにつながります。

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日本では資料を正確に残すアーカイブという概念自体が十分理解されていないという指摘もあり、日本には正確な歴史がないと言われる一因とも考えられています。デジタル時代は私たち1人1人が歴史家の役割も果たせるようになってきたという認識をしっかりともち、東日本大震災の記憶を記録として引き継ぐため、国が主体的にデジタルアーカイブの確立を進めて欲しいと思います。

(西川 龍一 解説委員)

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