NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

時論公論 「"トランプ旋風"はなぜ止まらないのか」

髙橋 祐介  解説委員

“トランプ旋風”が止まりません。アメリカ大統領選挙の候補者選びで、政治経験がまったくない“不動産王”ドナルド・トランプ氏が独走態勢に入りました。
与党・民主党で“本命候補”と目されてきたヒラリー・クリントン氏が、指名獲得に一歩近づいているのに対し、政権奪還をめざす野党・共和党は異例の展開となりました。
「いつかはきっと止まるはず」そう多くの人が考えてきた“トランプ旋風”は、なぜ一向に衰えないどころか勢いを増しているのでしょうか? 
今夜の時論公論は、この疑問を考えます。

j160304_00mado.jpg

まず候補者選びのヤマ場となった“スーパーチューズデー”の結果をあらためて見てみましょう。

j160304_01.jpg

共和党の予備選挙や党員集会が行われた11の州のうち、トランプ氏は7つの州で勝利しました。保守強硬派のテッド・クルーズ氏は3勝を挙げてくい下がりました。共和党主流派が“打倒トランプ”の期待をかけるマルコ・ルビオ氏は1勝にとどまりました。

トランプ氏は、保守的な南部でもリベラルな北東部でも、党内の幅広い支持層に浸透し、普段は共和党の投票には行かない無党派層も取り込みました。一部になお懐疑的な見方もあった全米規模でのトランプ氏の強さは、やはり本物だったことが証明されました。
そうした“トランプ旋風”への反発も含めて、多くの州で投票率も記録的な高さとなりました。

なぜ、こうした“トランプ旋風”の勢いに多くの人が驚きを禁じ得ないのでしょうか。
「いささか品格に欠ける粗暴な言動をくり返してきたこの人物に、はたして超大国の指導者になる資質などあるのだろうか?」そんな素朴な疑問もあるでしょう。「いずれアメリカの有権者は理性的な判断に落ち着くはず」そういう希望的な観測は、今もまだあるかも知れません。
わたくし自身、トランプ氏が、これほどの勢いで選挙戦の流れを引き寄せるとは思ってもいませんでした。しかし、みずからの反省も込めて今にしてふりかえると、選挙戦を勝ち抜くための“常識”とされてきたものに対し、一種の思い込みがあったと思うのです。

j160304_02_1.jpg

たとえば「失言や暴言は選挙戦の命とり」と言われます。
昨今のアメリカ大統領選挙でも、人種差別と受け取られかねないような過激な発言をして無傷で済んだ候補はいませんでした。去年トランプ氏がメキシコ系の移民を“犯罪者”扱いし、「国境に万里の長城を築き」、「その費用はメキシコに払わせ」「不法移民は強制送還する」そう言い放った時には、“致命的な暴言”との見方を多くのメディアが伝えました。

j160304_03.jpg

ところが、トランプ氏の過激な発言に喝采を送る人たちがいたのもまた確かです。いまのアメリカで不法移民対策は雇用にも直結する重大な問題だからです。「安い賃金で働く不法移民たちに、みずからの職が奪われてしまう」そうした危機感を募らせている人も多いのです。とりわけ共和党の支持層は、不法移民には厳しい傾向にあることが、この調査からもわかります。トランプ氏は、そうした民意を鋭く嗅ぎ取って、移民排斥を敢えて強く訴え、支持を広げてきたことがうかがえます。不法移民対策は、いまやトランプ陣営の“看板政策”となりました。

「イスラム教徒のアメリカ入国を一時的に禁止する」相次ぐテロ事件を受けて、そう突如として言い出したこともありました。普段のスピーチでは原稿など読まないこの人が、わざわざ手もとの紙に目を落とし、敢えてみずからの声明を読み上げて見せました。
あの発言は思わず出てしまった“失言”ではありません。テロに不安を募らせる世論への影響を最大限に狙ったパフォーマンスでした。過激な発言で注目を浴びるため、周到な計算があったのは明らかです。

j160304_02_2.jpg

トランプ氏によって覆された2つ目の“常識”は、「選挙は資金と組織力がものを言う」。
アメリカでは前回の大統領選挙から政治資金団体への献金を事実上、無制限に集められる「スーパーPAC」と呼ばれる制度が導入されました。当初“本命候補”と目されたジェブ・ブッシュ氏は、共和党ではもっとも多い日本円で180億円近くもの献金を集め、その多くを選挙広告に注ぎ込みましたが、ひとつの州でも勝てず、早々と撤退に追い込まれてしまいました。

これに対して、トランプ氏が遊説に飛びまわる自家用ジェットは、大統領専用機になぞらえて通称“トランプ・フォースワン”。「そもそも全米有数の大金持ちである自分には、巨額の政治献金を集める必要などない」とトランプ氏は言います。
「いわゆる“紐つきのカネ”を受け取って大企業や圧力団体から指図を受けることはない」そう敢えてアピールすることで、自分だけが“本音”を語り、“民衆のために戦う候補”であると、多くの支持者に信じさせることに成功しました。
しかも派手な言動をするたびに、メディアはこぞってトランプ氏の一挙手一投足を追いかけます。
いわば“トランプ報道”が“無料のテレビ広告”。資金や組織の力に縛られない選挙戦が可能になっているのです。

j160304_02_3.jpg

3つ目の“常識”は、「大統領候補に選ばれるためには、党内の有力者から出来るだけ多くの支持を取り付けることが有利に働く」というものでした。

j160304_04.jpg

いま共和党選出の連邦議員や州知事などから最も多くの支持を集めているのは、ルビオ氏です。「トランプ氏を担いで本選挙は戦えない」そう考える党内主流派が、反主流派のクルーズ氏よりもルビオ氏に期待を託しているからです。

これに対してトランプ氏は、みずから進んで支持は求めません。逆にトランプ氏の勢いを見て「向こうからすり寄ってくるはずだ」というのです。
実際つい最近まで既存の政治家が誰もいなかったトランプ陣営には今、すでに指名争いから撤退したニュージャージー州のクリスティー知事ら、党内主流派の一部が参加し始めています。いわゆる“勝ち馬に乗る”現象です。

では、こうしたまさに“常識外”の巧みな選挙戦で支持を伸ばすトランプ氏に、誰かが逆転勝利する可能性はあるのでしょうか?

j160304_05.jpg

指名争いは、州ごとに割り振られた代議員の獲得数を競う仕組みです。トランプ氏は、指名獲得に必要な過半数の1237人にはまだ届きませんが、2位以下を大きく引き離しつつあります。
j160304_06.jpg

次のヤマ場は意外に早くやってきます。3月15日のいわゆる「ミニ・スーパーチューズデー」。この日を境に、票の積み増しは一気に加速してゆく見込みです。これまで得票率に応じて配分されてきた代議員を1位の候補がすべて獲得できる、いわゆる“勝者総取り”という方式が導入されるからです。

現在2位のクルーズ氏は、これから支持基盤があまり強くない、いわば“アウェーでの戦い”を余儀なくされます。3位のルビオ氏が、この「ミニ・スーパーチューズデー」で“大票田”の地元フロリダで仮に敗北を喫した場合、トランプ氏の指名獲得は、ほぼ決定的となりそうです。

j160304_07_1.jpg

このため、共和党は今、トランプ氏に対抗する候補を一本化できるのか、それともトランプ氏のもとに結集して、本選挙で民主党のクリントン氏の打倒をめざすのか、選択を迫られています。その選択の行方次第では、トランプ氏を正式な大統領候補とは認めない人たちが党を割って出る可能性も取りざたされています。共和党は分裂の危機に直面し、大統領選挙だけではなく、同時に行われる議会選挙などにも影響が出てくるかも知れません。

“トランプ旋風”に翻弄されている共和党。しかし、その共和党もまた長年、党内抗争に明け暮れ、オバマ民主党政権との対決からワシントンの“決められない政治”という閉塞感を生み、従来の支持層にも無党派層にも愛想をつかされ、既存の政治を批判するトランプ氏の躍進という現象をみずから招いたのではないでしょうか。
その意味で、とどまるところを知らない“トランプ旋風”は、政治はいったい誰のために行うものなのか、そうした問いをアメリカに突き付けているようにも思えます。

(髙橋祐介 解説委員)

キーワード

関連記事