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時論公論 「"同一労働 同一賃金" 法改正を検討」

竹田 忠  解説委員

安倍総理大臣が、一憶総活躍国民会議の場で、
“同一労働 同一賃金”の実現に向けて、法改正の準備を進めると、明言しました。
この同一労働 同一賃金といいますのは、正規・非正規を問わず、
仕事が同じなら、賃金も同じ、という大変わかりやすい考えで、
最近、非正規労働者の待遇改善策として注目が集まっています。
ただ、この考え、欧米では一般的ですが、
日本では雇用のありかたが違っているために、
これまで実現は難しいと言われていたものです。

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そこで、ここでは、3つの論点を取り上げます。
(1) まず、なぜ、今、安倍政権は、
   その難しいとされる同一賃金を前面に打ち出すのか?
   その背景は何か?
(2) 具体的にどう進めようというのか?
(3) そして、実現に向けた課題は何なのか?
この三つです。

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▼“同一賃金”の背景

まず、なぜ、今、同一労働 同一賃金なのか?
この考え、実は、突然、出てきたわけではありません。
前哨戦があります。
というのも、いわゆる“同一労働 同一賃金推進法”と言われる法律が
去年、すでに成立しています。

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この推進法、もともとは、民主党など野党3党が、議員立法で提出したものです。
当初、この法律案には、同一賃金の実現に向けて、別途、“法制上の措置”を取る、
つまり、今後一定期間のうちに労働法の改正などを行います、
ということを意味する規定がありました。
ところが、最終的に自民党などによって修正が行われ、
“法制上の措置を含む必要な措置”という表現に変わり、
実際にどれだけ効力があるのか、不透明な法律となりました

これに対し、民主党の岡田代表は
「本来の意味が失われた」と厳しく批判しました。
安倍総理大臣は、この時、国会答弁の中で、
同一労働・同一賃金は重要な考え方だが、
「ただちに理解を得るのは難しい」と述べて、
同一賃金に慎重な考えを示していました。

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それが、今回、一転して、
同一賃金実現に向け、強い意欲を示すことになったわけです。
一体なぜなんでしょうか?

この背景には、やはり、アベノミクスが
大きな岐路にたっていることがあると思います。
今まで、アベノミクスは、
まず、企業が稼げるようにする → 企業の業績が良くなり、賃上げができる→
個人消費が増える→企業の業績がさらに上がる、という
経済の好循環が起きることを期待していました。

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しかし、大手企業の決算は、総じて好調を維持しているにもかかわらず、
賃金はおもったほどにはあがっていません。
それどころか、物価の伸びを差し引いた実質賃金は4年連続でマイナスです。
個人消費も低迷したままです。
経済の成長の果実が、個人や家計に行き渡っていないわけです。

そこで、安倍政権としては、これまで、企業に賃上げを要請してきたことに加えて、
さらに、最低賃金を1000円に引き上げることを目標にしたり、
今回のように同一労働 同一賃金による格差の是正、ということを前面に打ち出して
生活水準の底上げを図ることに重点を置き始めた、
そういうふうに読むことができます。
当然、夏の参議院選挙対策という見方も出ています。

しかし、いずれにしても、正規と非正規の待遇格差の改善は重要な課題です。
非正規の人は、年々増えて、今や働く人の4割に及んでいます。
一方、賃金はというと、非正規の人の賃金は、
正社員の6割程度に過ぎないという国の調査もあります。
格差是正は、まさに待ったなしの課題です。

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▼同一賃金 どうやって進める

では、その同一賃金を、具体的に、どうやって進めようとしているのか?
2番目の論点です。

政府は、これから、二つの準備を進めるとしています。
一つは法律の改正です。

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具体的には、パートタイム、契約社員、派遣労働者に対する
不合理な賃金格差の是正を目指します。
そのために、それぞれに関係する、パートタイム労働法、労働契約法、
労働者派遣法などの法改正を軸に、関連法案の準備を進めます。
来年の通常国会への提出を目指す考えです。

もう一つは、この法改正に先だって、ガイドラインを策定します。
ガイドラインでは、正規と非正規という、雇用形態の違いだけで、
待遇に差をつけることを原則禁止します。

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この待遇には、賃金だけでなく、
交通費や、食堂の利用、必要な手当てなどが含まれます。
さらに、格差があっても許される場合の「合理的な理由」を
具体的に明示して、企業に格差是正を迫る考えです。

▼実現の課題は?

では、こうした対応をとることによって
同一賃金は実現できるんでしょうか?
それが、最後の論点、「実現への課題」です。

そもそも同一労働 同一賃金は、
日本では難しいとされてきた、そう、冒頭で説明しました。
それはどういうことでしょうか?

まず、日本では、何をもって、「同一労働」というのか?
そこが、そもそも難しい、ということがあります。
というのも、欧米では、
そもそも社員一人一人の仕事は明確に決まっています。
たとえば、アメリカの大手の企業などでは
職務記述書=ジョブ・デイスクリプションといって
それぞれのポストごとにやるべき仕事が詳細に書かれた文書が用意されます。
誰がそのポストについても、仕事の内容は決まっているわけです。

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しかし、日本の職場では、
仕事のおおまかな事は決まっていても、
誰が何をする、ということは
現場で臨機応変に決めるのが普通です。
その人の仕事がどこまでなのか、簡単には線引きできません。
つまり、同じ仕事、という前提が成立しにくいわけです。

また、「同一賃金」についても、日本では、なかなか難しい事情があります。
というのも、日本では、多くの企業が勤続年数に応じて賃金が上がる、
いわゆる年功賃金を柱にした賃金体系をもっています。
同じような仕事をしていても
正社員は、定期昇給、いわゆる定昇があるために
毎年、少しずつ賃金が上がりますが
非正規の人は、なかなか上がりません。
年齢が上がるほど、賃金格差は開いていきます。

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今回、同一賃金の議論を開始した一憶総活躍国民会議でも、
経営側からは、
「企業の実態を踏まえた検討をしてほしい」という注文がつきました。
このため、今後の議論では、
勤続年数に応じた賃金の違いを基本的に認める方向とみられます。

さらに、人件費の問題も避けては通れません。
たとえば、正社員の賃金を今のまま維持して、
非正社員の賃金を上げるなら、
人件費の総額は増えることになります。
経営環境が不透明さを増す中で、人件費をどこまで増やせるか、
経営側の対応が課題になります。

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一方、人件費の総額は増やさずに、
非正社員の賃金を上げれば、正社員の賃金は、下がることになります。
これには組合が反発することになりそうです。

このように、同一賃金を導入しようとすると、日本では大きな壁があります。
単純な「同一」賃金の導入は、難しいと言わざるを得ません。
しかし、だからといって、正規と非正規の待遇格差を
このまま放置していいというわけにはいきません。

まず、当面の焦点は、
これから議論が始まるガイドラインの検討作業です。
ここで、労使が徹底的に話し合って、
どういう違いなら許されて
どういう格差は不合理だと批判されることになるのか、
具体的に議論を詰めるべきです。

そうすることによって
より透明で公正な賃金体系が姿を見せるはずです。
どこまで、「同一」に近づけることができるのか、
政労使、それぞれの覚悟が問われことになります。

(竹田 忠 解説委員)

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