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時論公論 「ゲノム編集 どこまで認められるか」

中村 幸司  解説委員

われわれ人間は、ゲノムつまり遺伝情報をどこまで操作して良いのでしょうか。
動物や植物の設計図であるゲノムをあたかもワープロで文章を編集するように書き換える「ゲノム編集」という技術が注目されています。
この技術によって、病気の原因究明や治療の研究が急速に進むと期待されている一方で、受精卵の遺伝情報を編集して良いのかなど、難しい倫理的な課題を抱えています。
国の生命倫理専門調査会は、2016年2月22日に会合を開いて、4月をめどに見解をまとめるという方針を示しました。海外でもこうした課題についての検討が進められています。
ゲノム編集はどこまで認められるのかを考えます。

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まず、ゲノム編集とはどういったものなのか見てみます。

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細胞には、遺伝情報、つまりゲノムがおさめられています。実際には二重らせんの形をしていますが、ここでは1本のヒモで表現します。このヒモの一部には、「遺伝子」という部分があって、体に必要な「タンパク質」を作ります。

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ゲノム編集は、酵素の働きでゲノムを切断します。この時、ランダムに切るのではなく、狙った場所を切るようにできるのが大きな特徴です。

この技術で、どういったことができるようになるのでしょうか。

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ひとつは、ワープロでいう「削除」の機能です。
異常のある遺伝子をハサミで切断すれば、遺伝子は破壊、つまり削除されて、タンパク質を作れなくなり、機能を止めることができます。
そして「置き換え」です。
切断するとき、正常な遺伝子を入れておくと、異常のある遺伝子が取り除かれ、正常なものと置き換えることができます。機能が修復されるわけです。

こうしたゲノム編集による遺伝子の治療は、これまでの遺伝子治療とどう違うのでしょうか。

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従来の遺伝子治療では、ランダムに遺伝子を挿入していました。遺伝子が働かなくなってしまった病気に対して、正常な遺伝子を挿入し、代わりに働くようにして治療しようというものです。
これに対してゲノム編集は、遺伝子の機能を止める「削除」や遺伝子の「置き換え」ができるようになり、病気の治療や研究への応用の幅が広がりました。

ゲノム編集で、どういった病気が治せるのでしょうか。
ヒトへの応用が始まっているのが、エイズです。患者の特定の細胞にゲノム編集を行い、病気を治そうというものです。

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エイズウイルスは、免疫の細胞の中に入って、ウイルスを増やします。このとき、細胞表面の窓のような部分から入り込みます。

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この窓は遺伝子から作られます。そこで、この遺伝子を切断すれば、窓は作られないので、エイズウイルスは細胞に入れず、増殖しないと考えられます。
患者の体内に、この窓のない免疫の細胞を送り込めば、治療できると考えられています。この研究は、アメリカで安全性などを調べる臨床試験に入っています。

日本でも、ゲノム編集を使った研究がおこなわれています。たとえば、マウスの実験でゲノム編集を行い、特定の遺伝子を働かないようにすることで、効率的に病気を再現することができ、病気の原因や治療方法の解明につなげようとしています。

ゲノム編集には、課題も少なくありません。
技術的な課題の中で、大きいと考えられているのが、狙った場所以外のゲノムを切断してしまうことです。

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切断しようとした場所と遺伝情報が似ていると、誤って切断してしまうことがあります。仮にこの場所に重要な遺伝子があると、がんなどの病気を発症してしまう恐れがあります。ゲノム編集の安全性をより向上させることが求められています。

そして、倫理的な課題です。
日本では、遺伝子治療に関する国の指針で、受精卵の臨床応用は禁止されていますが、将来も見据えると、受精卵にゲノム編集をどこまで使って良いのかということが問題になります。

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受精卵の遺伝子に異常があった場合、ゲノム編集を行えば遺伝情報が書き換えられ、先天的な病気を治すことも可能になると考えられます。
そうであるのなら、受精卵にゲノム編集を臨床で利用してよいということになるでしょうか。先程の技術的課題を考えると、少なくとも十分な安全性が確認されるまで、現状では指針にあるように禁止すべきだと思います。

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では今後、そうした技術的課題が解決されたら、どうでしょうか。
特定の臓器の細胞にゲノム編集するときと違って、受精卵、あるいは精子や卵子といった生殖細胞の場合、編集された遺伝情報は、次の世代に伝わることになります。
そのことが、どれだけの影響を及ぼすのかは未知数で、何世代も後になってから想定していない影響があらわれてくるかもしれません。世代を越えて伝わった遺伝情報は、元に戻すことはできません。それだけに、受精卵の臨床応用には慎重な判断が必要になります。

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さらに、懸念されているのが、ゲノム編集が病気の治療や研究という目的を越えて使われることです。
たとえば、親が子どもの身長や髪の毛の色などを遺伝情報を変えてデザインする、いわゆる「デザイナー・ベビー」につながる危険があるとも指摘されています。こうしたことができない厳格なルールが必要です。

そして、ゲノム編集で受精卵の先天的な病気を治すということが、多様な個性を受け入れる社会を否定したり、障害がある人への差別につながったりすることがないようにしなければなりません。

また、そもそも受精卵にヒトの手が入ることが許されるのか。

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ゲノム編集については、国の専門調査会で専門家が2015年から議論を進め、4月をめどにとりまとめることにしている他、科学者でつくる日本学術会議も、近く検討を始めることにしています。
大きな可能性とリスクをあわせもつ技術だけに、専門家だけでなく、広く国民の意見を聞くことが求められます。

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海外では、2015年12月、アメリカとイギリス、中国の研究者が中心になって、国際会議が開かれました。安全性の検討や社会の理解が不十分だなどとして、受精卵の臨床応用について「現時点で行うのは無責任だ」とする声明が発表されましたが、あわせて将来の応用については可能性を残しています。
人類共有の財産であるヒトの遺伝情報を一つの国で守るのは不可能で、この議論は国際的に取り組む必要があると考えます。

ゲノム編集が応用できるのはヒトの細胞だけではありません。植物や動物、酵母など多くの生物で使うことができます。これまでなかった特徴を持つ生物が研究されています。

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熱帯地域の感染症対策として、マラリアの感染を媒介しないように蚊のゲノム編集をする研究。また、筋肉の量が多い牛やブタや、除草剤に強いナタネの開発・研究も進められています。
こうした生物が、果たして、環境や生態系に影響しないのか。ヒトの受精卵とは違った側面の検討も必要になります。

ゲノム編集は、1996年に開発されたものですが、2013年、より簡単にできる技術が発表されたことで、急速に使われるようになりました。

遺伝情報を書き換えるゲノム編集。
自然界でも、突然変異などの形で遺伝情報の書き換えが起きています。ただ、それは長い年月をかけ、少しずつ進めてきたもので、その結果、生物を進化させ、多様な生命を地球上に作り上げてきました。私たち人類は、ゲノム編集の使い方を自然界にように十分に知っているとはいえないでしょう。
そうした謙虚な姿勢にたって、将来、取り返しのつかないことにならいようにゲノム編集を扱う必要があります。

(中村 幸司 解説委員)

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