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時論公論 「原発事故とがん ~福島 県民健康調査~」

土屋 敏之  解説委員

東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年。福島では、県民の健康調査が続けられています。

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2月15日、有識者の検討委員会がこれまでの調査について「中間とりまとめ」の議論を行い、がんの発生に原発事故の放射線による影響は考えにくい、とする見解を示しました。
一方、同じ調査のデータを使って「甲状腺がんが多発している」と主張する研究者もいます。
原発事故とがんの問題は、どこまでわかっているのでしょうか?難しいテーマですが、出来るだけかみ砕いてお伝えしたいと思います。

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福島県が行っている「県民健康調査」。原発事故による放射性物質の拡散や避難の影響を踏まえて、県民の健康状態を把握し、病気に早期に対応することなどを目的としています。
内容は、避難区域などの住民を対象に、一般の健康診断に加えて白血球も調べる「健康診査」や、心の健康状態、妊産婦の人たちの状態を調査票で調べるなど、多岐に渡ります。

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避難で生活が大きく変化したこともあり、糖尿病の人が増え続け、高血圧・脂質異常も依然多いことが報告されました。
心の健康問題も深刻です。おとなの2割近くで今もトラウマ反応が続いている可能性があり、心のケアや支援が、引き続き求められています。

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そして、調査の柱の1つが、被災時におおむね18歳以下だった全ての県民を対象にした「甲状腺検査」です。1986年のチェルノブイリ原発の事故後、汚染されたミルクなどを通じて体内に入った放射性ヨウ素の影響で、特に、子どもの甲状腺がんが多発しました。これを踏まえ、福島では20歳を超えるまでは2年ごと、その後は5年ごとにいわゆるエコー、超音波検査を実施します。検査を受けるかは任意ですが、38万人を見守り続ける大規模な調査です。

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一般にがんは、5年、10年といった長い時間をかけて現れます。
そのため、まず事故から3年以内に対象者全てのベースとなる状態を把握しようと、1巡目のエコー検査が行われました。
ところがこの1巡目の段階で、受診した約30万人の中の116人に、甲状腺がんの悪性又は悪性疑い、という判定が出ました。

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検討委員会では、これらのがんは「放射線の影響とは考えにくい」としています。福島の被ばく量がチェルノブイリに比べ少ないことや、被ばくからがん発見まで4年以内と短いことなどが理由です。

一方で、去年10月、岡山大学などの研究グループが、同じ調査のデータを使って、県外と比べ最も多い地域では50倍も甲状腺がんが発生しているとする論文を、専門誌に発表し、メディアにも取り上げられてきました。
これに対し、今月、国内や欧米の研究者による複数の反論と、さらにそれに対する岡山大グループの再反論も、発表されました。

同じデータから、一方は「放射線の影響は考えにくい」、一方は「何十倍もがんが多発している」。この違いはどういうことでしょう?

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「多発」とする岡山大などのグループは、全国で登録された甲状腺がんの数を使って比較しています。全国のがん登録を元に計算すると、18歳以下の甲状腺がんは10万人に1人ぐらいしか見つからないはずでした。
ところが、県民健康調査では10万人あたり30人を越えるがんが見つかっています。
地域によっては10万人に5~60人となり、確かに桁違いに多い数字です。
ただ、これには多くの専門家が異議を唱えています。内容は多岐にわたりますが、ひとつだけ簡単に言えば、「数十倍」とされる甲状腺がんの数は、実は異なる方法で数えたものだということです。

全国の「がん登録数」とは主に「何か症状がある人が、医療機関にかかって診断されたがんの数」です。つまり、自覚症状がなく、医療機関にかからなければ、実はがんがあったとしても、数字には反映されません。そして、甲状腺がんは多くの場合、自覚症状が無いことが知られています。要するに、全国の患者数や有病率は氷山の一角しか捉えていない数字なのです。

一方、福島の調査は、18歳以下の全員にエコーによる集団検診を行って甲状腺がんを探そうとするものです。がんが見つかった人も自覚症状はなく、調査が無ければわからなかったと考えられる人たちです。

つまり、意味が異なる数字を比べて「こちらはがんが多い」とは言えないという指摘です。

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例えば韓国では、’90年代末から一般の健診で甲状腺エコーを受けられるようにしたところ、甲状腺がんが次々見つかり、見かけ上、十数倍に急増しています。
こうして見ると、県民健康調査の現在のデータから「放射線によってがんが増加した」とは言えないと思います。

では逆に「放射線の影響は無い」「がんは増えていない」と言っていいのでしょうか?
実はそういうわけではありません。

全国のがん登録数と福島の発見数は単純比較できる数字ではないので、現時点では「増えていない」とも言えません。検討委員会も「放射線の影響を現時点では完全に否定することはできない」としています。

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もう一つ指摘されている問題があります。それは、見つかったがん患者のうち既に101人もの方が手術を受けた、という事実です。全国的に見ても、やはりとても多い数です。

本来は見つからなかったはずのがんを見つけただけなら手術は不要ではないか?本当に手術すべきがんが多いなら、やはり多発しているのだろうか?甲状腺の専門医も頭を悩ませていますが、一つの仮説が浮上しています。

それは、福島に限らず、現在、手術するのが一般的な甲状腺がんの多くが、実は命に関わらないものではないか?という説です。
背景にあるのは甲状腺がんの生存率の高さです。

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先月、国立がん研究センターが、がん患者の10年後の生存率を初めて発表しました。
これは治療も含めての数字ですが、甲状腺がんは最も生存率が高かったのです。
実際に手術を見送って調べたケースもあります。神戸市の医師たちが、一定の条件を満たす甲状腺がんの患者さん千人以上の希望を聞き、手術せず経過観察にしたら10年後、1人も亡くならなかったと報告しています。
つまり、福島で手術数が多いのは、やはり、エコー検査で従来は見つからなかったがんも見つかったからで、必ずしも命に関わるものではない可能性も考えられているのです。
但し、これはまだはっきりわかっていません。

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だからこそ、同じエコー検査で、2巡目・3巡目と定期的に調べて、がんが増加していくのか?その状態はどうか?など、予断を持たずに分析していくことが重要です。

がんのリスクが、今後いくらかでも存在すること自体は、否定はできません。経験の無い原発事故によるリスクを住民の方たちが不安に感じるのは当然のことだと思います。

だからこそ行政には、何よりも丁寧な説明が求められます。「放射線の影響とは考えにくい」とするだけで、十分な説明をしなければ、多様な情報があふれる今日では、かえって行政への不信や不安を生みかねません。
リスクはどの程度なのか?いま何がわかっていて、何はわかっていないのか?率直な説明を続ける姿勢こそが、結局は多くの人の「納得」と「安心」につながるのではないかと思います。

(土屋 敏之  解説委員)

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