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時論公論 「覚醒剤 狙われる中高年」

寒川 由美子  解説委員

元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が覚醒剤を所持していたとして先週、逮捕されました。以前から常習的に使用していた疑いも出ています。
いま、清原容疑者と同じ40代、あるいはそれ以上の中高年層に覚醒剤が広がり、密売側のターゲットになっている実態があります。
さらに、世界の密売組織からは日本そのものが狙われていると言われています。
今回の時論公論は、なぜ中高年に覚醒剤が広がっているのか、それを食い止めるにはどうすればいいか、考えます。

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▼中高年に広がる実態
球界の元スター選手の逮捕は各界に衝撃を与えました。
しかしタレントなど著名人が覚醒剤で逮捕される事件は過去にもたびたび起きています。
おととし逮捕された人気グループ「CHAGEandASKA」のASKA元被告は当時56歳。今回の清原容疑者は48歳。
実はいま、覚醒剤事件で検挙される40代以上の中高年が増えているのです。

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検挙者を年代別に見ると、かつては20代が多かったのが、平成20年には
40代が逆転。
さらに一昨年には30代も抜いて、40代が最も多くなり、50代以上もあわせた中高年が6割近くを占めています。

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なぜ、中高年に覚醒剤が広がっているのか。
専門家は、覚醒剤を密売する側と、使用する中高年側、双方の事情がかみ合ってしまっていると指摘します。

▼中高年がターゲットに
まず、金の問題です。
警察庁によりますと、覚醒剤の末端価格は1グラム7万円。危険ドラッグや大麻などと比べて高値になっています。
密売側にしてみれば、若者よりお金を持っている中高年を狙うというわけです。
そして秘密を守れるという面からも、社会的地位や家庭があって口が堅い中高年は格好のターゲットです。
実際、去年逮捕された中には40代の市議会議員や新聞社幹部、50代の消防士などがいました。
また、少子化で若者が減り、危険ドラッグも下火になって薬物に手を出す若者自体が少なくなっているという事情もあります。
一方で、覚醒剤事件を多く手がける弁護士によりますと、中高年が手を出すきっかけは仕事や人間関係の悩みが多いといいます。
実際に扱った中には「上司と折り合いが悪くストレスがたまっていた」とか「リストラでローン負担が重くなった」という40代の会社員、「受注が減って資金繰りに苦しんだ」という50代の自営業者などがいたということです。
清原容疑者自身も最近のブログで離婚後の寂しさなどを綴っています。
何がきっかけであれ覚醒剤使用は許されませんが、ストレスやプレッシャーを多く抱える中高年が現実逃避を求めて手を出し、それを待ち受ける密売側が、がっちりと絡めとる構図になってしまっているのです。

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▼入手が容易に
さらに見逃せないのが、ネット社会で覚醒剤の売買が容易になっているという点です。
ネットの掲示板やSNSには、覚醒剤を「アイス」などと隠語で記した売買の書き込みがあふれています。
覚醒剤は実際には暴力団の資金源となっていますが、特に暴力団との接点がなくても、職業や地域に関係なく入手できてしまうのです。

▼日本がターゲット
ではそもそも、なぜ容易に手に入るほど流通しているのか。
背景にあるのが大量の密輸です。

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密輸された覚醒剤の押収量は増加傾向にあり、数十キロ単位で密輸しようとするケースも後を絶ちません。
密輸の手口は、テキーラに溶かす、鉄鉱石をくりぬいて隠す、コーヒーに見せかけるなど、巧妙化、大量化しています。

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そうまでして日本に密輸しようとするのは、国内生産がない分、供給側の売り手市場で、各国に比べて価格が高いからです。
また密輸元は、中国や東南アジアのほか、メキシコ、アフリカなど多様化しています。

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国連の薬物犯罪事務所によりますと、いま、世界では覚醒剤の生産が拡大し、特に中国やフィリピンなどに大規模な生産拠点が作られているといいます。
そうした中で日本は犯罪組織の主要な密輸先になっていると指摘されています。
危険ドラッグの取り締まりが強化された日本で、同じ危険を冒すなら価格が高い覚醒剤、ということで、暴力団だけでなく海外の犯罪組織も日本をダーゲットにしているのです。

▼まずは摘発、水際対策
では、この状況を変えるためには、どうすればいいのか。
まずは密輸を防ぐため、いわゆる水際対策を徹底するのは当然です。
危険ドラッグ対策で情報を共有して効果的な摘発につなげたように、警察や税関、海上保安庁、麻薬取締部の連携を一層進める必要があります。

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一方、警察には暴力団対策が求められます。
覚醒剤密売の検挙者に占める暴力団員の割合は7割を超えています。
密売の摘発で資金源を断って暴力団の壊滅につなげ、そのことで、密輸や密売自体もなくすという循環に持って行かなければなりません。

▼再犯防止を
<依存性が問題>
そして供給を断ちきる以上に大切なのが、覚醒剤を使用する中高年側の依存症の対策です。
覚醒剤は使用すると脳がダメージを受け、使わないではいられなくなる依存症に陥ります。
根本的な治療は不可能で、かつて覚醒剤を使用していた男性は、「依存を治すことはできない、毎日やめ続けるしかない」と話していました。

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この依存こそが再犯の繰り返しを招きます。
覚醒剤で検挙されたうちの6割以上は再犯者で、他の犯罪に比べて再犯率が突出して高くなっています。
中でも中高年では再犯の割合が高く、40代で7割、50代以上では8割にのぼり、つかまってもやめられないことを示しています。
再犯の繰り返しを断ち切らなければ需要はなくならず、需要がある限り、供給もなくせません。

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<再犯防止の課題>
では、再犯を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。
日本では今年から、薬物事件などを対象に、「刑の一部執行猶予」という制度が始まります。
これは、例えば懲役2年の判決の場合、実刑の期間を1年6ヶ月とし、残り6ヶ月については、代わりに2年間の保護観察付き執行猶予にするといった制度です。
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この期間に専門家の指導を受けてもらい、再犯防止につなげます。
服役の後、ただ出所させるだけでは、結局、再犯を繰り返すことになってしまうからです。
これについては立ち直りにつながると評価する声がある一方で、年間2000人以上とみられる出所する人の、受け皿が足りないと指摘する声もあります。
実際、薬物依存を専門に扱える医療機関は全国で20カ所に満たないのが現状です。
また薬物依存の人たちが回復を目指して自ら運営する民間施設なども、資金面から厳しい状況が続いています。

これに対して国は、今年度から、全国5つの拠点病院を指定し、他の病院に治療方法を指導したり、民間施設や自治体に地域としての支援を助言したりする取り組みを始めました。
社会の中で薬物依存からの回復をどう支えていくのか、一刻も早い体制作りが求められます。

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覚醒剤など薬物犯罪は社会情勢を映す鏡といわれています。
いまの日本での覚醒剤の広がりが、少子化、ネットの普及、経済のグローバル
化などを反映していることを考えると、中高年が覚醒剤に手を出す事情もまた、
現代社会を映し出しているといえるかもしれません。
今回の事件を著名人の逮捕という一過性の騒ぎに終わらせることなく、覚醒剤の撲滅や立ち直りの支援につなげることができるのか、改めて問われているように思います。

(寒川 由美子 解説委員)

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