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時論公論 「"夫婦同姓は合憲" 最高裁判決」

橋本 淳  解説委員

夫婦の名字をめぐる裁判で、最高裁判所は、夫婦同姓は憲法上問題ないと判断しました。別姓の議論を国会に委ねるなど司法の消極的な姿勢が目立った印象です。今や日本だけが守り続けるルールを最高裁はどう捉えたのか、判決のポイントとその意味を考えます。

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裁判の焦点になったのは民法750条です。「夫婦は、夫または妻の氏を称する」。結婚したら、夫か妻どちらかの名字を名乗ること、つまり夫婦は同姓であることを義務付けています。この規定は男女対等に見えますが、実際は96%の夫婦が夫の名字を選んでいます。女性が夫の名字に変えるのは当たり前という意識が、明治以降、社会に深く根付いてきたということです。こうした意識は、家制度が廃止された戦後になっても、格別、問題視されることはありませんでした。

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「夫は仕事で家計を支え、妻は家庭を守るもの」という伝統的な夫婦像が社会に浸透していたからです。ところが1990年代以降、「なぜ女性ばかりが名字を変えなければならないのか」という疑問の声が高まってきました。その背景には、個人の価値観が多様化し伝統的な夫婦像にとらわれなくなったこと、そして結婚後も仕事を続ける女性が増え、途中で名前が変わると、様々な支障やわずらわしさを感じるようになったことがあります。もちろん、夫の名字を名乗ることを喜びとする女性も多いわけですが、一方で不利益と思う人がいる以上、見過ごせないということで、96年に国の法制審議会が民法の改正案を答申し、希望すれば別姓を認める「選択的夫婦別姓」の導入を提言しました。しかし、一部の保守系議員を中心に「家族の絆や一体感が弱まる」といった反対論が強く出され、政府の改正案は答申から20年近くの間、一度も国会に提出されていません。

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夫婦別姓が実現しないことに、しびれを切らした人たちが起こしたのが今回の裁判です。夫婦同姓の規定は女性差別をもたらすもので憲法違反だと訴えました。

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最高裁の大法廷は、「女性が不利益を受ける場合が多いものの、家族の呼称として社会に定着してきた夫婦同姓には合理性がある」と述べて合憲としました。しかし15人の裁判官のうち、女性の裁判官全員を含む5人が憲法違反の意見を示し、悩ましい判断だったことがわかります。私が注目していたポイントは2つ。まず、個人の名前を人権上どう位置付けるのか、そして夫婦のあり方や国民の意識の変化をどう捉えるかです。

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1点目のポイント、個人の名前について判決はこう述べています。「氏名は人格の象徴であって人格権の一部を構成する」。人格権というのは、憲法13条の「生命、自由、幸福追求の国民の権利は、公共の福祉に反しない限り最大の尊重を必要とする」という規定から導かれます。最高裁判決は、氏名は人格権の一部としたものの、憲法は名字の変更を強制されない自由まで保障していないと判断しました。同じ名字を名乗ることで家族の一員であることを実感するという考え方に理解を示したわけです。個人の尊重よりも家族の絆を重視したともいえます。

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2つ目のポインは夫婦のあり方や国民の意識の変化です。最高裁は、「結婚や家族に関する事柄は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況を踏まえ、総合的に判断して定められるべきだ」としています。このうち、まず夫婦のあり方がどのように変わってきたのかをデータで見てみます。

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このグラフは、青色が夫婦共働きの世帯数、赤色は妻が専業主婦の世帯数です。共働き世帯が年々増え、97年以降、専業主婦の世帯を上回りました。その差は拡大し続けています。さらに、女性の勤続年数も長くなっていて、80年の6.1年から去年は9.3年に延びました。また、結婚する年齢も上昇し、女性の初婚年齢は25.2歳から29.4歳へと晩婚化が進んでいます。こうしたデータは、独身時代に仕事のキャリアを積む期間が長くなった上、結婚後も仕事を続ける女性が増えたことを示していて、その分、結婚前の名字の職業上の価値が高まっているように思います。

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そして、もうひとつの国民の意識。NHKが先月行った世論調査では、「夫婦は同じ名字を名乗るべきだ」という回答が50%、「同じ名字か別の名字か選べるようにするべきだ」が46%で賛否が大きく分かれています。これを年代別にみると、20代から50代にかけては別姓に賛成の人がいずれも60%台なのに対して、70歳以上は逆に反対の意見が70%近くを占めました。つまり、このテーマは、比較的若い世代の意識にどう応えるのかが問われているともいえそうです。

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しかし最高裁の判決は、夫婦の変化や国民の意識について具体的な見解を示していません。「選択的夫婦別姓に合理性がないとまで断ずるものではないが、社会の受け止め方によるので制度のあり方は国会で議論されるべきだ」と述べるにとどまりました。最高裁長官である寺田裁判長も「司法の場での審査の限界を超えている」という補足意見を出し、解決を国会に委ねるのがふさわしいという考えを示しました。違憲と考える3人の女性裁判官が「夫婦同姓は、結婚の自由を制約する」と明快に指摘したのとは対照的に、判決は消極的な姿勢が目立っています。国会の議論が立ちゆかないから司法判断を求められたのに、これでは踏み込んだ判断を避けたと批判されてもしかたのないところです。また、判決は合憲の理由として「結婚前の旧姓使用が広まることで不利益が緩和される」とも述べています。確かに、職場での旧姓使用を認める企業が増えてはいます。しかし、戸籍名と旧姓の使い分けは不便で相変わらず不利益を強いるものという異論も強く、運用面では限界があるように思います。

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夫婦同姓を法律で義務付けている国は、世界で今や日本だけといわれています。かつて、日本のように夫婦同姓しか採用していなかった国々の多くは、90年代までに別姓も選べるようにしました。このため、海外から日本への風当たりが強まっていて、政府は国連の女性差別撤廃委員会から度々、是正を勧告されています。

法制審議会の答申からまもなく20年。夫婦別姓の議論は、家族をめぐる価値観の対立が前面に出るあまり、個人の尊厳や人権に関わる視点が陰に隠れてしまった感があります。国会も徹底的に討論したと胸を張れる状況にはなく、最高裁の合憲判決にあぐらをかいていていは立法府のふがいなさが指摘されかねません。この問題をシンプルに考えれば、夫婦のあり方やライフスタイルが多様化しているのだから家族を支える法制度も選択肢を増やしていく、そのような寛容さが示せるのかが問われているように思います。それが、女性が活躍しやすい社会の実現にもつながるのではないでしょうか。

(橋本淳 解説委員)

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