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時論公論 「拡大できるか 日本産食品の輸出」

合瀬 宏毅  解説委員

寿司やラーメンなど日本食が海外で大ブーム。こう聞いて誇らしい気持ちになる日本人は多いのでは無いでしょうか。
実際、海外での日本食ブームを追い風に、日本からの輸出は伸びていて、安倍政権は食品の輸出拡大を成長戦略の一つに位置づけ、これを強く後押ししています。
しかし食品には国によって様々な規制があり、課題も多いのが現実です。そのことを強く印象つけたのが、現在イタリア・ミラノで行われている万博でした。今夜は、万博を通して見えてきた日本産食品輸出の課題について考えます。

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 ミラノ万博は世界148カ国が参加し、食と農業の未来をテーマにした初めての万博です。 各国のパビリオンでは、食料生産の現状など様々な展示が行われ、EUを中心に2ヶ月間で  600万人が訪れています。

 中でも人気なのが日本館です。食文化の多様性や農業の持続性をテーマにした展示には大勢の客が押しかけ、入場が1時間待ちになることも珍しくありません。和食がユネスコの文化遺産に登録されたこともあり、会場には、そばや和牛など、日本食を楽しめる施設も設けられました。
 日本食のおいしさを世界にアピールし、輸出に結びつけようという狙いです。

 ところがこうした取り組み、すんなりといった訳ではありません。
 開催国イタリアをはじめ、EUでは海外からの食品に厳しい規制を掛けているからです。
 例えば日本からの豚や鶏の肉、それに乳製品については、輸入は一切禁止、牛肉や水産物も日本国内の一部の施設で処理されたもの以外、認めていません。

 中でも困ったのはかつお節です。日本のかつお節はカツオを長い時間燻すことで、独特の風味を作り上げていきます。ところが作る課程で発がん性物資のベンゾピレンが付着するとして、EUは輸入を認めていません。

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 ベンゾピレンは水に溶けにくく、出汁にはほとんど含まれないため、これまで日本では、 規制されることはありませんでした。
 かつお節と言えば日本料理の決め手となる食材で、これが無くては本来の味を出すことはできません。

 慌てた日本政府はイタリア政府と協議し、規制を緩和してはもらいました。しかしあくまでも特例で、持ち込めるのは万博の期間中だけ、場所も会場に限るというものです。
 日本の食材の素晴らしさをアピールするつもりが、逆に安全性に懸念をもたれる結果となりました。

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 なぜこうした事態になったのか。背景には我が国の国際認証への取り組みの遅れがあります。
 食材が国を超えて広く流通する欧米では、安全性を確保するために、様々な国際認証が生まれてきました。
 一般の人にはあまりなじみがありませんが、アメリカのNASAが開発したHACCP(ハサップ)や、ヨーロッパ各国が始めたISO22000、さらには農場での農薬使用などの生産管理を規定するGAPなど様々です。
 こうした国際認証が、海外では輸入や取引の条件となっているのです。

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 というのも、国際認証が高い精度で食の安全を確保できるとされているからです。
 例えばハサップは、原材料の調達から出荷に至る全ての段階で、病原菌などが発生する恐れのある箇所を特定。点検と改善を繰り返し、食中毒などの危険を抑える取り組みです。
 工場には認証機関が査察に入り、適切に取り組んでいると、認められた工場だけが認証をもらえます。
 しかしその取得には準備も含めて、2年近い期間と、少なくとも五千万円以上の費用がかかります。中小企業が9割を占める日本では、取り組みは遅れているのが実態です。

例えばEU向けのハサップをとっている水産加工施設は、中国が680、ベトナムで460。韓国でも84に上っています。ところが日本では40に過ぎません。

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このため私が訪れたイタリアでは、出回っていたのは、中国産のかつお節や韓国産ののり。 日本食で使われるエビやカニなども東南アジアからの輸入ものでした。世界の日本食ブームで恩恵を受けているのは、こうした他の国の食材なのです。

 確かに、ここ数年、日本産の食品は輸出を大きく伸ばしていることは事実です。
 これは日本産食品の輸出実績ですが、年々輸出額が伸び今年は史上最高の6117億円に達しました。
 政府としても、これを2020年までに1兆円にすることを目標としています。

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 しかし今回の万博でも分かったように、世界では様々な認証があり、それにどう取り組んでいくかが大きな課題となっています。いくら自らが安全だと主張しても、それを証明する手段がなくては、取引に応じてくれません。
 輸出を伸ばしていくのなら、企業が積極的に国際認証の取得に取り組み、政府はそれを支援することが必要では無いでしょうか?

 ここで国際認証を巡って、もう一つ、気になる動きを紹介したいと思います。2020年の東京オリンピック、パラリンピックでの食材調達に関わる課題です。

 IOC国際オリンピック委員会では2012年のロンドン開催以降、持続可能性を重視した、大会運営を開催国に強く求めてきています。それはオリンピックを通して、「スポーツ」や 「文化」とともに、「環境」をよりよくしていこうという考え方からです。
 このため、準備段階から、大会の実施、そして大会の後に残る全ての段階において、環境や持続可能性を強く意識した運営を求められ、それは会場での食材調達においても同じです。

 日本政府としては、オリンピックで集まる各国の関係者に日本の伝統的な食を提供し、日本食の素晴らしさを世界に訴えていく考えです。
 しかし、そこでは農薬の使い方や、水産物の管理、魚の捕り方に至るまで、安全性や持続可能性が厳しく問われてきます。
 問題はそれをどう証明するかで、オリンピックではその説明責任が問われます。

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 ところが例えば、農産物生産の安全性や持続性を保証する国際認証を取得している農家は200件程度にすぎません。
 また、環境や生態系に配慮した漁業の国際認証を取得しているのは、日本国内では京都のアカガレイと北海道のホタテ貝の二つだけ。
 この状況では、国産の農水産物でもてなすのは難しいのではないかと心配する専門家もいます。

 来年開催されるリオデジャネイロオリンピックでは、会場で使用する水産物は、国際認証などを取得したものに限ることを、去年発表しました。
 日本のオリンピック準備委員会では、持続可能性を前提とした大会運営はどうあるべきか、議論を始めてはいますが、基準はこれからです。

 しかし国際認証を取得するには、準備を含めて長い期間が必要です。東京オリンピック、パラリンピックで日本産食品を世界にアピールするのなら、基準を早く公表し、全力を挙げて準備を始めることが必要でしょう。

 日本の農業や漁業は、国内の巨大な購買力に支えられ、国内市場しか見てきませんでした。その間、世界では食材を巡る状況は大きく変わり、国を超えた流通や国際的なイベントでは国際認証が当たり前になっています。
 美味しさとともに日本産食品の安全性や持続可能性をどう証明していくのか。日本の農業や漁業を元気にし、輸出を伸ばすカギは、その取り組みにかかっていると思います。

(合瀬宏毅)

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