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時論公論 「新国立競技場 "白紙撤回"で今後は?」

中村 幸司  解説委員

計画をどのように見直すのでしょうか。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムになる新国立競技場について、安倍総理大臣は建設計画を白紙に戻すことを決めました。
建設費はどれくらいに抑えることができるのか、オリンピックに間に合うのか。
計画の見直しを決めても、なお課題は少なくありません。
白紙撤回となった新国立競技場の計画で、今後、同じようなことを繰り返さないために、何が必要なのか考えます。
 
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安倍総理大臣が「計画を白紙に戻す」と、ゼロベースで見直すことを決めたのは、当初の計画より大きく膨らんだ建設費が理由です。
デザインを決めた当時、前提としていた総工費は、1300億円。その後、建物の規模を縮小しても、1625億円かかるとされ、有識者会議で承認された際は、2520億円でした。
 
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安倍総理大臣は「国民やアスリートから大きな批判があった」と述べました。
NHKが2015年7月に行った世論調査で、2520億円の建設計画について、「納得できる」が、13%なのに対して、「納得できない」が、81%でした。この問題に批判が高まっていたことがわかります。
 
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安保法案や原発の運転再開に対して否定的な意見や反対が多く、政権運営は楽ではありません。安倍総理大臣としては、ここで、新国立競技場の対応を誤れば、批判がさらに強まりかねないとして、支持率回復への期待、そこまで行かなくても支持率の下落幅を抑えたいといった判断が働いたものとみられます。

それにしても、なぜ、過去のオリンピックのスタジアムのおよそ5倍から8倍といわれる額にまで建設費が膨れ上がったのでしょうか。
 
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その原因、ひとつは、様々な機能や要求を詰め込んだこと、そして建設会社間の価格競争が働きにくかったことがあげられます。
 
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1点目について、ポイントとなるのが、コンサートなど多目的に使えるようにするための「開閉式の屋根」です。
実は、この重さを支えるのは難しく、関係者によりますと、デザインコンクールで一次審査を通った中で開閉式屋根を安定して支えられると判断されたものは、数えるほどしかなかったといいます。印象的な2本のアーチは、開閉式屋根を支える役目をしますが、結局は、そのアーチが建設費を押し上げる要因の一つになりました。
 
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もうひとつの建設会社間の価格競争。
競技場を施工する建設会社は、設計段階で、すでに決まっていました。これには、工事が難しいだけに施工業者の意見を設計に生かすことができるというメリットがあります。しかし、複数の見積もりの中から、低い額の業者を選ぶ入札のような競争はありません。
そして、アーチの建設には、特殊な技術が求められました。これを施工できる業者は極めて限られ、価格を下げる競争が働きにくかったと指摘されています。
 
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さらに、工期が短いことや最近、建設資材や人件費が上昇していることなども重なって、費用を下げることが難しかったということです。

建設費を抑えるために、どういった機能までであれば盛り込むことができるのか、建設会社側が示した額に、さらに費用を削る工夫はできないかといった点について、専門家などに判断や検証をしてもらいながら計画を進めることが重要になってきます。

見直しで、どのような競技場が建設されることになるでしょうか。
 
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まず、規模はどうするのか。サッカー女子のワールドカップ誘致を検討している関係者などは、8万人の常設の観客席を求めています。一方で、維持費を下げるためにも一部の観客席を仮設にするなどして規模の縮小を図るべきだという意見もあります。
機能について、建築の専門家の中からは、多目的なスタジアムではなく、シンプルな競技施設にすることが建設費の低減につながるという声が聞かれます。
開閉式屋根は設置せず、観客席を雨から守る程度の屋根であれば、構造を比較的簡単にできます。さらに、多目的に使うことを前提に、ボックスシートのような特別席や博物館などスポーツ振興施設も併設する計画でしたが、こうした施設を縮小すれば、建設費を抑えることも可能になると考えられます。

ただ、開閉式屋根をなくすと、コンサートなどのイベントには使いにくくなり、稼働率が下がってしまうことが懸念されます。
建設費を抑えることと同時に、稼働率や収益を上げるために、他のスタジアムにはない魅力ある施設にする工夫を考えていかなければなりません。

再び同じようなことを繰り返さないために、何が求められているのでしょうか。
 
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新国立競技場の問題では、「責任の所在を明確にすべきだ」と指摘されています。
オリンピック・パラリンピックの開催都市は、東京都ですが、競技場は国立で、国の施設。工事の発注など、競技場の管理運営を担当しているのは、日本スポーツ振興センターです。
特に、計画の抜本的見直しといった問題が生じたときに、主体となって検討するのは、国なのか、スポーツ振興センターなのか、不明確だったと感じます。
関係者が複雑に絡むことから、全体を束ねる役割が重要になります。今後は、これまで以上に事態に素早く対処することが求められ、今回のことを教訓にした態勢づくりが急務になります。

そして、決定過程の再検討も必要です。
 
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いつまでに何を決定するかを明確にすることが重要です。その上で、節目には決定の内容と根拠を国民に説明することが求められます。
こうした取り組みが十分行われていれば、ここまで国民の理解が得られないということには、ならなかったでしょうし、見直すにしても、もっと早く判断することができたのではないでしょうか。
これまで新国立競技場の構想については、有識者会議で協議・了承されてきました。メンバーは、オリンピックやパラリンピックの関係団体、それにスタジアムを使う競技の代表者などです。2015年7月7日には、2520億円で建設することを全会一致で承認しましたが、その10日後に、この白紙撤回となりました。
有識者会議は、「国民やアスリートからの批判」を十分受け止めていなかったのではないでしょうか。
今後、どのような手順で計画の見直しを進めるにしても、競技場を使う関係者の意見を聞くことは大切ですが、費用を負担する国民の声をもっと反映させていくことが求められます。
政府は、新しい整備計画を2015年の秋口までに決める予定にしていますが、より高い透明性を持たせて、計画を策定することが必要です。

さて、5年後の7月24日は、東京オリンピックの開会式です。
日程を考えると、「ゼロベースの見直し」は、大きなリスクを負っています。
 
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政府は、今後、業者選定を半年、設計と工事を50か月強で行う計画で、2020年春の完成を目指すとしています。
完成後も開会式までの間には、サッカーと陸上競技のテスト大会を開いて、設備や運営などに問題がないか確認することになっています。開会式のリハーサルなども考えると、まさにギリギリの日程です。

あの流線形のデザインを決めた時は、まだオリンピック・パラリンピックが東京で行われることは決まっていませんでした。
アスリートたちが全力で競技に取り組み、世界中の人たちが、「4年に一度のスポーツの祭典を心に刻むことができた」と感じるスタジアムにするには、何が必要なのか。
計画を白紙に戻したこの機会に、もう一度、原点にもどって考えること。それが今、一番大切なことなのではないでしょうか。
 
(中村幸司 解説委員)

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