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時論公論 「医療事故死を減らせるか?」

土屋 敏之  解説委員

 ある日突然、自分や家族の命が失われることもある、医療事故。
 群馬大学病院では腹腔鏡手術を受けた8人の患者が亡くなり、東京女子医大病院では2歳の子供が、原則禁じられている薬剤の大量使用後に亡くなりました。
 こうした中、医療事故の再発を防止し医療の安全を確保するための「医療事故調査制度」が整備され、この秋スタートします。
 医療事故死は減らせるのか?課題を考えます。
 
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 医療事故を減らすために重要なのが、起きた事故の原因を調べ再発防止に結びつける事故調査です。
 今回できたのは、どんな制度なのでしょう?

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 まず、患者が亡くなる事故が起きた場合、病院など医療機関は、新たに設けられる第三者機関「医療事故調査・支援センター」に報告することが義務づけられます。
 続いて、医療機関は自ら事故の原因などを調査。この院内調査には医師会などの支援団体が必要な支援を行います。
 調査結果は遺族に説明し、第三者機関に報告します。
 遺族は、医療機関の院内調査に納得がいかない場合など、第三者機関による調査を求めることができます。
 第三者機関は、再発防止のための普及啓発なども行います。
 こうした制度が、10月1日以降に起きる死亡事故に適用されます。
 
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 そもそもなぜ、こうした制度が生まれたのでしょう?
 きっかけとされるのは1999年、横浜市立大学病院で、2人の患者を取り違えて逆の手術を行うという事故が発生。都立広尾病院では手術後の患者の血管に誤って消毒液を注入し患者が亡くなるという、信じられない事故が相次ぎました。
 これらは刑事事件にもなり、医師や看護師が有罪判決を受けました。
 医療行為に対して警察の捜査や刑罰を受けることに、医療現場からは強い危惧が生じ、19の学会が、医療事故死の届け出を行うのに、警察ではなく『中立的な専門機関』が必要だとの共同声明を発表しました。
 2005年からは、厚労省が医療事故調査制度の検討を始めると共に、実際に医療事故死に対して、第三者調査を行うモデル事業も始まりました。
 それから10年、紆余曲折を経てようやく法令による制度ができあがったのです。
 しかし、この制度は医療事故にあった患者や遺族の側の、「真相を明らかにする仕組みを作ってほしい」という声が直接、形になったわけでは必ずしもありません。医療者側の刑事責任を追及されない制度を求める声も大きな影響力を持ってきました。
 法令を作るために厚労省が法律家や医療関係者らを集めた会議でも、「医療の安全」という目的は一致していても、原因究明や再発防止を重視する意見や、医療者を守ることが医療の安全につながるのだと主張する意見が激しくぶつかり、全ての関係者が満足できる制度とはなりませんでした。
 そして、10月にスタートする制度を早くも来年の六月までには見直すという、異例の内容が法律に盛り込まれたのです。
 
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 では、論点にもなった、いくつかの課題を見ていきましょう。
 まず何を「医療事故」とするか?調査・報告するものを決めるのは、当事者である医療機関です。医療事故死の定義は「予期しなかった死亡・死産」とされ、あらかじめ具体的に死亡の可能性があることを患者に伝えていた場合は、「予期しない死ではないので医療事故ではない」とされます。
 これだと例えば「腹腔鏡であなたのような状態のがんの手術を行う場合、成功率はこれぐらいで、まれですが死亡するケースもあります・・・」などといった説明をしていれば、実際には手術ミスで死亡し遺族側が事故を疑っても、病院が「医療事故」として扱わず、報告も調査もしないことも考えられます。

 次に、事故調査をまず行うのは元々考えられていた中立的な第三者機関ではありません。医療機関の院内調査です。厚労省は調査に外部の専門家も加えるよう求めていますが、法律で義務づけまではされなかったため、一部の医療団体などから外部メンバーを入れる必要は無いとの声が上がっています。
 これでは中立性や透明性が確保されず、 身内で医療ミスを隠すなどの恐れもぬぐえません。
 
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 さらに理解に苦しむ点もあります。院内で行った事故調査の報告書を、肝心の遺族には渡さなくてよいことになっているのです。院内調査の報告書は第三者機関には提出するものの、遺族には「説明」となっています。医療機関の判断で、口頭説明だけで済ませることも可能です。
 医療事故で家族を亡くした遺族は、「難しい医療の専門用語を理解するためにも 書面の提供は欠かせない」と主張していましたが、医療者側から反対が相次ぎ、義務づけられませんでした。
 
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 一体どういうことなのでしょう?
 実はこうした点は、年表に挙げた事故調査の「モデル事業」でも浮かび上がってきました。モデル事業では、院内調査では無く第三者機関が調査を行ったり、第三者機関と医療機関の協働で行いました。そして結果は匿名化した上で開示、つまり遺族が報告書を入手できるのは勿論、他の医療機関も参考にして同じような事故の防止に役立てることができました。
 こうした調査と報告などによって、モデル事業では死亡事故の遺族の9割以上が「調査報告を理解できた」と肯定的な評価をしています。一方で、2百件あまりの事例の中で、訴訟になったケースが6件ありました。

 医療者の中からは、書面になった調査報告は、こうした訴訟で証拠として使われ、責任を追及される可能性があるので遺族に渡すべきでは無いと強い主張が出てきたのです。つまり、医療者の責任がわからないよう調査は院内で行い、報告も遺族には渡さないことで、調査が進みやすくなり、結局は医療の安全につながる、という主張です。また、報告書に再発防止策を書くと、それをしなかった医師の過失が問われかねないという意見もあり、再発防止策も必須とされませんでした。
 これでは一体何のための調査なのか、よくわかりません。本当に、医療事故死を減らすことができるのでしょうか?

 医療者側が極めて強硬にも見える主張を重ねてきた背景には、現在の医師法があります。
医師法21条では、「異状がある死は警察に届けなくてはならない」としていますが、どんな場合は届けなくてはならないか明確でなく、行政側の解釈も揺れ動いてきました。
 医療の現場では、最善を尽くしても患者が亡くなるケースは残念ながら少なくありません。「患者をなんとか救いたい」と模索した結果の死であっても、警察の捜査を受け不当に扱われてしまう恐れを、多くの医師が抱いているのです。
 こうした点をどうするかも、来年6月までに行われる制度の見直しの中で、議論すべき課題です。

 ただ、その上でやはり、医療事故の調査と結果は、遺族や社会に対して開かれた、透明性や中立性を持ったものでなくてはならないと思います。それが再発を防ぐだけでなく、遺族と医療側の信頼関係を保ち、訴訟にまで至る事態をむしろ減らすのでは無いでしょうか。

 事故調査制度を定めた今回の法令は確かに、調査に外部の専門家を入れたり、報告書を遺族に渡すことを義務づけてはいませんが、そうするなと書かれているわけでも決してありません。
 医療機関には、事故に直面したなら、教訓を広く生かし、その後の医療事故死を減らすため、ぜひ積極的に取り組んでほしいと思います。
 
(土屋 敏之 解説委員)
 

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