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時論公論 「国立大学をどうするのか」

西川 龍一  解説委員

文部科学省が国立大学に対して求めた組織の見直しによって、地方の教育学部や人文社会学部などがなくなるのではないか。国立大学法人となって12年目を迎え、自立した運営が求められてきた国立大学が岐路に立っています。今夜は、先日閣議決定されたいわゆる「骨太の方針」にも盛り込まれた国立大学の改革について考えます。

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全国86の国立大学に文部科学省が求めた組織の見直しはどのようなものだったのか。
先月、国立大学に出した通知の中で、文部科学省は、教員養成系や人文社会科学系学部は、組織の廃止や社会的要請が高い分野に転換することを求めました。文部科学省が通知で大学の特定の分野の廃止や転換を求めたのは、初めてのことです。

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さらに、文部科学省の有識者会議が、改革や機能強化に積極的に取り組む大学に国の運営費交付金を重点的に配分する方針をまとめました。国立大学を▽人材育成や研究を通して地域に貢献する大学、▽特定の分野ですぐれた教育や研究の拠点となる大学、▽世界トップ水準の教育や研究を目指す大学の3つの枠組みに分類します。大学はいずれか1つを選んで取り組み、実績などを評価して翌年度の配分に反映させるというものです。この方針は、先月30日閣議決定されたいわゆる「骨太の方針」にも盛り込まれました。
文部科学省は、単に文学や社会学、経済などを学ぶ人文社会科学系の学部をやめて理系に転換することを促すものではないと説明しています。しかし、大学関係者からすると、国の財政状況が厳しい中、国立大学を類型化し、国立大学にかける税金を効果が見えやすい分野に集中的に投機しようというのではないかと心配するのはもっともです。

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国立大学は、平成16年度に今の国立大学法人となりました。ただ、収入は、3割から4割程度が国の運営費交付金で賄われています。運営費交付金は、国立大学が6年ごとに見直して文部科学省に提出する「中期目標」をもとに、大学の規模や教育内容などに応じて配分されてきました。今年度の運営費交付金の総額は、1兆945億円。国の財政状況の悪化に伴って、毎年1%程度減り続けていて、この10年間で1300億円減らされました。一方、支出にあたる経常経費は、人件費が法人化の年には40%以上を占めていましたが、業務の効率化などで一昨年度は33%まで下がりました。経営努力で交付金の減額をしのいできましたが、限界だという声が聞かれます。「中期目標」の見直しは、今まさに行われていて、各大学は、先月末までに素案を文部科学省に提出しました。今年度中に素案を訂正した原案の認可を受け、来年4月から実施します。国立大学にしてみれば、食費を切り詰めるだけ切り詰めた状態で、方針に従わなければ今度は運営費交付金という、いわば主食を減らされることを突きつけられ、従わざるを得ないという声もあります。

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では、なぜ今回こうした方針が示されたのでしょうか。大学が社会のニーズに十分対応していないという強い意見があります。背景にあるのは、経済界からの要望と、大学改革を成長戦略の1つとして位置づけようという政府の思惑です。
政府の産業競争力会議の中でも大学改革が議論され、「世界一技術革新に適した国を目指す」という方向性が示されました。議論の中では、運営費交付金の配分が一律であることが競争原理に基づいた改革が国立大学で進まない原因だといった意見や、今の大学の教育方法ではグローバル化に向けて突出した人材を育てるという視点が不十分であるといったことが指摘されてきました。経済界側からしてみれば、大学は企業に有能な人材を輩出できていない、経済成長のためには、企業側と大学側のミスマッチは、当然見直してもらわなければならないというわけです。
大学には企業とともにイノベーションの原動力になって欲しいとの考えは理解できます。しかし、バーターとして、ほかの分野に比べて専門性や将来の進路との結びつきが見えにくい人文社会科学系の学部に地域や産業界のニーズにあわせた人材の育成を目指すよう再編を求めることに問題はないのでしょうか。

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大学側は、どう受け止めているのでしょうか。
先月開かれた国立大学協会の総会では、懸念の声が相次ぎました。国立大学協会会長で、東北大学の里見進学長は、「社会の役に立つ人材育成のスパンが、今は近視眼的で短期の成果をあげることに世の中が性急になりすぎていると危惧する。今すぐには役に立たなくても将来的に大きく展開できる人材育成も必要だ」と話しました。

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文系学部の教員の1人は、大学では「難しい理論より企業現場の生きた知識を学ばせるべきだ」という意見には賛同する部分もある一方で、こうした「現場の知識」は、賞味期限の短い「事実」や「現状」を知ることにとどまり、将来長期間にわたって活用できる「学び」につながらないことも多いと指摘します。いくら即効性があっても応用の利かない講義ばかりでは長期的には意味がないということです。
声高に言われるグローバル人材の育成に際しても、文部科学省の示した考えはマイナス面が大きいという指摘もあります。異なる宗教観や倫理観を持つ諸外国の人たちと相互理解を深めるためには、英語が話せればいいというものではありません。異文化理解の欠如が企業に大きな損失をもたらすこともあります。そうした理解を進めるために不可欠なのが人文科学系の学問です。

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そもそも一部の国立大学では、社会や地域のニーズにあわせた組織の再編はすでに行われています。昨年度から来年度までの3年間に地域の課題解決や国際的に活躍する人材を育成する12の学部が新設されます。このうち高知大学は、今年4月、地域の行政や産業と連携して地域で仕事を作り出せる人材を育てることを目的に「地域協同学部」を新設しました。せっかく地元の大学を出ても仕事がないことを理由に県外に流出する若者を食い止めるのが狙いです。長崎大学が去年開設した多文化社会学部は、オランダとの関わりが深い長崎県の特性を生かしたオランダ特別コースの設置や海外体験の必須化で注目を集めています。
地方の社会科学系の学部の中には、地元の企業に多くの学生が就職しているところもあります。地元の経済界が必要とする人材を輩出しているにもかかわらず、一律廃止と受け止められるような文部科学省の通知に、実態を知らない乱暴な意見だと反発する関係者もいます。

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国立大学は税金を使う以上、野放図な経営が許されませんが、大学は職業向けの技能を学ぶ専門学校ではなく、学問の自由という観点から見れば、国は「金は出すが学問の中身までは口は出さない」というのが本来の姿です。逆に文部科学省は、金も出さずに「入試も変えろ」「学部も変えろ」と言うだけ。文部科学省の言うとおり、国立大学法人になったのに自立した大学運営は一向に進まず、運営費交付金を巡ってますます縛りが厳しくなるのではないかとの心配ももっともなことです。現場の不安をあおり、混乱を生じさせるようでは前向きな改革は進まないと思います。

(西川 龍一 解説委員)

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