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時論公論

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時論公論 「簡易宿泊所の火災からみえてきたこと」

山﨑 登  解説委員

《前説》
 社会的に弱い立場にいる人が犠牲になる火災がまた起きました。川崎市にある簡易宿泊所2棟が全焼し、一昨日から昨日にかけて、焼け跡からさらに4人がみつかり、死者は9人になりました。火災があった簡易宿泊所には、生活保護を受けていた高齢者が数多く、しかも長期間にわたって暮らしていました。この火災は、普段、私たちが見過ごしてきた社会のひずみをあぶり出し、防火対策だけではおさまりきらない課題を突きつけています。そこで、今晩は、これまでにわかってきたことを整理し、同じような悲劇が起きないようにするためにはどうしたらいいかを考えます。

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《火の周りが早かった火災》
 火災が起きたのは17日の午前2時過ぎのことでした。川崎市川崎区にある簡易宿泊所「吉田屋」から火が出て、隣にある別の簡易宿泊所にも燃え広がり、いずれも木造の建物2棟が全焼しました。ニュースで伝えられた映像からは壁や天井から勢いよく炎が上がり、短時間の間に火災が成長し、建物が骨組みだけになったことがわかります。これまでに宿泊客とみられる9人が死亡し、19人が重軽傷を負いました。
 簡易宿泊所は1泊2000円から3000円程度と通常のホテルや旅館よりも安い料金で泊まることができる施設で、「吉田屋」の1階には管理人のスペースの他に、広さが4畳ほどの個室が10部屋ほどが並び、2階と3階にもそれぞれ30部屋ほどがありました。2階と3階は一部が吹き抜けになっていました。
 これまでの調べでは、1階の玄関付近の焼け方が激しいことがわかっていますが、玄関付近にはふだん火の気がなく、夜間に鍵がかけられていなかったということで、火災原因の調査が進められています。

《消防の課題① 建築部局との連携》
 まずは防火対策の課題から考えます。最初に指摘したいのは消防と建築部局との連携の問題です。消防は消防法に基づいて消防設備や避難訓練などが行われていたかなどをチェックしますが、建物の構造に関わる問題は建築部局の担当です。火災対策にとって2つの問題は密接に関わっていますが、消防と建築部局の情報共有には問題がありました。
 川崎市に残っている記録では、「吉田屋」は昭和36年に木造2階建ての建物として使用が始まり、その後改築されたとみられます。建築基準法では、3階建て以上の宿泊施設は鉄筋コンクリート造りにするなど耐火構造にする必要がありますが、「吉田屋」ではこうした対策がとられておらず、法律に違反していた可能性があります。

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 消防はこの簡易宿泊所に去年の8月に立ち入り検査を行い、消火器や自動火災報知器などの設置や避難訓練の実施状況を確認したとしています。その時に、建物が消防に届けられている2階建てではなく、実質3階建ての構造になっていたことも把握していたとみられます。しかし消防から建築部局に連絡はなく、川崎市内部での情報共有ができていなかった疑いがあります。

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 消防と建築部局の情報共有の必要性は、過去の雑居ビル火災の時などにも指摘されましたが、また同じ問題が浮かび上がりました。火災安全に関わる消防と建築部局の情報共有を、改めて全国の自治体で再確認することを求めたいと思います。

《消防の課題② スプリンクラーの設置を進める》
 もう一つ、防火対策の課題として指摘したいのは、万一火災が起きたときに、自動的に火災を感知し、水を撒いて、早期に火を消し、煙をおさえるスプリンクラーの設置を進めることです。
 現在、ホテルや宿泊所は6000㎡以上の広さでスプリンクラーの設置が義務づけられていますが、火元となった「吉田屋」は延べ面積が545㎡でスプリンクラーを設置しなくていい小規模な施設でした。
 スプリンクラーというと、ホテルや病院などに設置されている大がかりな設備を思いがちですが、最近は簡易型のスプリンクラーが開発され、小規模な高齢者施設などで利用されています。大型のスプリンクラーは水を貯めるタンクや水をくみ上げるポンプ、それに非常用電源などを設置することから、規模によっては数千万円の工事費がかかります。しかし簡易型は水道の配管を天井に回してスプリンクラーにつなげるものもので、工事費は1㎡あたり1万から2万円です。

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 最近、簡易宿泊所ではたびたび火災が起きていて、一昨年の8月には横浜市で男性1人が亡くなりました。利用実態に合わせて、工事費に補助金を出すなどして簡易型のスプリンクラーの設置を進めるべきだと思います。

《簡易宿泊所の利用実態からみえたこと》
 ここまで防火対策の課題をみてきましたが、今回の火災が社会に問いかけている一番大きな問題は簡易宿泊所の利用実態からみえてきた住宅政策のあり方です。
 今回の現場付近には30を超える簡易宿泊所があります。川崎市によると、昭和28年頃から建ち始め、高度経済成長の時代に、時代の要請に合わせるように建設が相次ぎ、工場や近くの港で働く労働者などが利用しました。
 しかし、最近では、生活保護を受給する一人暮らしの高齢者が多くを占めていました。全焼した2棟の簡易宿泊所の宿泊名簿には、合わせて74人の名前が記載されていましたが、川崎市によりますと、このうち70人が生活保護を受給していたということです。

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 もともと簡易宿泊所を利用していた日雇いの労働者が高齢化してそのまま生活保護を受けて暮らしているケースや、民間のアパートに入居する際に求められる敷金などの一時金や保証人が用意できない人たちが利用しているということです。高齢で働く場がなかったり、身より頼りがない人たちの生活の受け皿になっていたのです。つまりは高度成長期を支えた労働者が多く暮らしている全国の都市部に共通の現象です。この問題をどう考えたらいいのでしょう。
 火災が社会のひずみをあぶり出したことは過去にもありました。(ニュース映像)平成21年に群馬県の高齢者施設の火災では10人が亡くなりました。この施設は無届けだった上に、亡くなった人の多くが東京都墨田区の生活保護受給者で都内の施設に受け入れ先がなかったことから入っていました。高齢者福祉のあり方が問われた火災でした。
 そして今回は生活に欠かせない住宅に関するセーフティネットが弱い社会であることを明らかにしました。

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 政府も最近になって取り組みをはじめ、平成19年に「住宅セーフティネット法」ができました。国土交通省と厚生労働省は、自治体の住宅や福祉部局とNPOなどの支援団体、それに不動産関係団体が集まった「居住支援協議会」を作り、低所得者や高齢者などが賃貸住宅に円滑に入居できるようにしようとしています。この協議会が機能するためには、市区町村レベルでの設置が不可欠ですが、現在協議会ができているのは都道府県で37、市と区は11しかありません。今回火災があった川崎市にもなく、全国的にみてもほとんど機能していない状況です。

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 ヨーロッパの社会保障の先進国では「福祉は住宅にはじまり、住宅に終わる」といわれます。日本の低所得者向けの住宅政策は公営住宅と生活保護の2つの柱で進められていますが、急速な高齢化が進む中、一人暮らしの高齢者でも入居しやすい公的な住宅を増やし、家賃の補助制度を拡充させる必要があります。
 最近は高齢者施設の火災など高齢者が犠牲になる火災が目立ちます。消防と建築部局は連携を強め、高齢化社会にふさわしい建物と防火対策を考えていく必要があります。と同時に、今回の火災は国土交通省と厚生労働省に低所得の高齢者が安心して暮らせる住まいをどう提供していくかという重い課題を突きつけていると思います。

山﨑 登 解説委員
 

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