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時論公論 「相次ぐミス 根幹ゆらぐ臓器移植」

中村 幸司  解説委員

日本の臓器移植が、いま根幹から揺らぐ事態になっています。
脳死と判定された人から、2015年3月、臓器が提供された際、日本臓器移植ネットワークが移植手術を受ける患者を間違って選ぶというミスをしました。
こうしたミスは、今回が3回目です。
相次ぐミスに厚生労働大臣は、再発防止に向けた改革などを行うよう「指示」しました。臓器移植法に基づく大臣の指示は初めてです。
なぜ、このような重大なミスが相次いだのか。臓器移植の信頼を取り戻すために、何が必要なのか考えます。

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日本臓器移植ネットワークは、脳死と判定された人など、亡くなった人から臓器が提供される際、提供者本人の生前の意思や家族の意思を確認します。心臓や肝臓、腎臓などの移植手術を必要とする登録患者の中から移植を受ける患者を選び、手術が行われます。
国の許可を受けて、心臓などの臓器の提供者と患者を結び付ける業務をする、ただ一つの機関です。2014年は、脳死段階と心臓が止まってからの提供が合わせて77件がありました。

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この中で、どのようなミスがあったのでしょうか。
脳死と判定された50代の女性から、3月2日、肝臓と腎臓などが3人の患者に提供されました。このうち、腎臓移植を受ける患者を選ぶ際にミスが起きました。

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移植を受ける患者をどのように選ぶかは、選定基準で定められています。
腎臓移植の場合、提供者と血液型や白血球の型が合うかどうかや、ネットワークに登録してからの期間の長さなどで患者に優先順位をつけたリストを作成して選ぶことになっています。

しかし、ここに思わぬシステムの落とし穴がありました。
入力の担当者が血液型の入力をし、白血球の型の情報を待っている時点で患者選定の担当者がコンピューター・ソフトを立ち上げ作業を始めていたのです。

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こうすると、あとから入力した白血球の型のデータは、ソフトを立ち上げ直さない限り、反映されない仕組みになっていたのです。
しかし、担当者はそれに気づかず、白血球の型が入力されていない誤った優先順位を示したリストが作成され、腎臓移植を受ける患者が選ばれたのです。

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手術を受けた患者の状態は、問題ないということですが、一方で本来、優先順位1位の人が移植手術を受けられませんでした。

この患者選定のミス、一言でいうと臓器移植の大前提が崩れたということになります。
臓器移植が成り立つために必要なのは、
▽脳死判定など死亡の診断が厳格に行われること、
▽臓器提供をしたい、したくないという提供者本人の生前の意思や家族の意思が尊重されること、
▽それらと並んで、提供を受ける患者が公平・公正に選ばれることが重要です。

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日本の臓器移植の歴史を振り返ってみても、その重要性は明らかです。
昭和43年の国内初の心臓移植、いわゆる「和田心臓移植」では、提供した人が本当に脳死だったのかといった根本的な疑問が持ち上がり、国民に臓器移植に対する不審が広がることになりました。
こうした中、平成9年に成立した臓器移植法の審議では、賛成・反対に意見が大きく分かれる中、「法律やガイドラインなどで厳格なルールを定めることで、より多くの人の理解が得られるようにし、臓器移植を進められる環境を作ろう」という議論がありました。
そして、脳死判定や提供者などの意思の確認方法が細かく定められました。
同時に患者選定については、のちに発足することになる臓器移植ネットワークが基準にそって確実に行えるということが繰り返し確認され、法律は成立しました。
さらに、患者を選ぶときの「選定基準」は、より緊急性の高い患者の中から、血液型などを見ることで拒絶反応などのリスクが低い、医学的条件が最も適した人を選ぶというものです。これを守ることが「患者の命を救いたい」という提供者や家族の意思を生かすという意味で非常に重要です。

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こうしたことから、今回のミスは単にコンピューター操作に関するものにとどまらない重大なミスなのです。

さらに問題なのは、ミスは今回が初めてではないことです。

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3年前(2012年)と去年(2014年)11月にも腎臓移植の際にミスがありました。原因は今回とは違い、臓器移植ネットワークの担当者の不十分な確認や選定基準を熟知していなかったことなどでした。
厚生労働省は、その都度、注意を行いましたが、相次ぐミスに、臓器移植法に基づいて、初めて大臣の指示を出したのです。

注意まで受けていながら、なぜミスを防げなかったのか。その理由を見てみると、そこには根深い問題があると感じます。
そもそも、確認作業で気付くことはできなかったのでしょうか。

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患者選定を統括する責任者は、入力したデータが正しいかどうかはチェックしたということです。しかし、入力データが正しければコンピューターの結果に間違いはないと考え、優先順位のリストまで確認せず、他の臓器の選定作業に回ったということです。


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さらに、リストにある提供者の白血球の型の欄は、入力がなかったため、空欄でした。また、提供者と患者の白血球の型の適合の度合いを示す数字は、データがないため、全員「0」となっているなど、リストには不自然な箇所がいくつもありました。
しかし、選定の担当者は、移植を受ける患者の順位には注目していましたが、空欄や適合度の数字を確認しなかったということです。
それぞれの担当者が手順を踏んでいればミスはないという思い込みからなのでしょうか、肝心のリストは誰もチェックをしていなかったのです。


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実は、臓器移植ネットワークの内部では、以前からチェックが不十分だという指摘はあったといいます。しかし、チェックのための担当者を増やすといった改善がなされず、問題がいわば放置されていたというのです。
同じようなことは5年前にもありました。この時はリストに空欄があることなどに気付き、選定作業をやり直しました。しかし、システムは改修されなかったということです。
内部の指摘や、改善するきっかけがあったのにも関わらず、いずれも生かされなかった背景には、本質的な問題点を真剣に議論する雰囲気が組織になかったということではないでしょうか。

臓器移植ネットワークでは、再発防止策として、コンピューターシステムの抜本的改修やチェック態勢の整備とともに、業務マニュアルの見直しなどを進めるとしています。

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ここで求めたいのは、チェックといっても単に複数の人で確認するというだけでなく、全く独立した2つの系統で患者選定を行い、同じ人を選ぶかどうか確認する方法の導入が必要だと思います。
そして、いくつもの臓器の選定作業を同時並行で行うのに、どれくらいの人数が必要なのか適正な態勢について検討し、担当者の養成にも力を入れなければなりません。
さらに、再発防止策の全体について、自分たちの都合に合わせた不十分なものになっていないか、第三者に厳しく検証してもらうことも求められると思います。

今回の問題で、厚生労働省は臓器移植ネットワークに対して、6月末をめどに再発防止のための改革について、まとめるよう求めています。
しかし、臓器提供の情報は、それまでの間も寄せられてきます。
再びミスが起きれば、日本の臓器移植の停滞をも招きかねない事態になっています。国民の信頼なくして成り立たない医療であることをもう一度確認し、再発を防ぐために最大限何ができるのか、速やかに取り組むことが必要です。

(中村幸司 解説委員)

 

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