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時論公論 「通信傍受拡大へ 解かれる封印」

橋本 淳  解説委員

犯罪捜査のあり方が大きく変わろうとしています。警察が電話の会話を聞き取る通信傍受です。その対象犯罪を広げる法律の改正案が先週の閣議で決定されました。憲法で保障された「通信の秘密」との関係から極めて限定的に行われてきた通信傍受。その封印が解かれて対象が大幅に拡大すると乱用のおそれはないのでしょうか。

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通信傍受法の改正案は、刑事司法制度改革のひとつとして閣議決定されました。多様化、あるいは巧妙化する組織的な犯罪に対処するのを目的に今の国会に提出される見通しです。具体的にどう変わるのでしょうか。現在の仕組みはこうです。

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組織犯罪に関わったのではないかと疑われる人物が捜査で浮かんだとします。警察はその人物の携帯電話番号を特定し裁判所の令状を取ります。そして、警察官が電話会社の施設に出向き、社員の立ち会いのもと最長30日間、通話を傍受することができます。対象犯罪は薬物や銃器犯罪など4つの種類に限られていて、傍受した会話は刑事裁判の証拠になります。

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一方、政府の改正案では窃盗や詐欺など9種類の犯罪が新たに追加されました。また、電話会社の立ち会いをなくし、通話内容を暗号化して伝送することによって警察の施設で傍受できるようにします。つまり、限定的な縛りを解いて使い勝手を良くし、通信傍受の本格的な運用に踏み出そうというものです。しかし、野党の一部や弁護士団体などには「乱用のおそれがある」として以前から根強い反対論がありました。

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思い返せば16年前の平成11年、国会で審議された通信傍受法は自民党などの強行採決によって成立しました。反対論の根拠は、憲法が保障する「通信の秘密」との兼ね合いでした。私的な会話が本人の知らないうちに公権力によって聞き取られないかという不安です。

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日本を代表する憲法研究者で、今年1月に亡くなった東京大学名誉教授の奥平康弘さんも、「国家機関にとっては私的な情報であればあるほど、なんとしても盗み取りたくなるのはほとんど自然である」と当時の論文に書いています。奥平さんが心配するような事件が実際、過去に起きていました。通信傍受法がまだなかった昭和61年、共産党幹部の自宅の電話が盗聴された事件です。

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民事裁判で、神奈川県警が長期間、違法な盗聴をしていたことが認められましたが、東京地検は刑事責任を問わず、警察が反省や謝罪をすることもありませんでした。時の検事総長だった伊藤栄樹氏は、退官後に発表した回想録の中でこう記しています。「警察は、大義のためには小事にこだわらぬといった空気があり、治安維持の完全を期すために法律に触れる手段を継続的にとってきた」。検察のトップも警察の危うさを感じ取っていたことがうかがえます。
このような経緯から、通信傍受法は世論に配慮する形で極めて限定的に運用されてきたのです。そして政府はこれを根拠に、一般市民の電話を広く傍受することはあり得ないと説明してきました。実際、捜査当局による通信傍受は、事件の数にして年間10件程度にとどまっているとしています。

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にもかかわらず、窃盗や詐欺といった身近な犯罪にまで通信傍受を拡大しようとする背景には、振り込め詐欺や窃盗団の事件でどうしても検挙率が上がらない、犯行グループの全容が解明できないといった事情があります。加えて、捜査当局には取り調べの録音・録画によって容疑者の供述が得にくくなるのではないかという危機感もありました。確かに、振り込め詐欺で捕まるのは現金の受け取り役など末端のメンバーばかりという現実を考えますと、通信傍受によって手っ取り早く犯行グループを割り出し首謀者らを一網打尽にしたいという捜査側の思いもわからないではありません。しかし、窃盗や詐欺事件は軽微なものを含めて年間に100万件も発生しています。

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そこで問題になるのが最高裁判所の判断です。最高裁はこれまで、「通信傍受が憲法上許されるのは重大な事件であって、傍受以外の方法では証拠を得られない場合」という見解を示しています。つまり、軽微な犯罪や安易な傍受は認めないという立場です。これについて政府は「改正案には最高裁の判断と同じ趣旨の規定を設けているので、日常的によくある犯罪にまで傍受が行われるおそれはない」と説明しています。しかし、この部分は警察の裁量によるところが大きいだけに、拡大解釈や恣意的な運用への懸念が払しょくされるわけではありません。では、通信傍受の乱用をどのように防ぐのか。改正案では、電話会社の立ち会いも「負担になるから」という理由でなくしてしまいました。

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政府は、通信傍受の際には裁判所の令状を取り、国会への実施報告を行っているので大丈夫という立場です。しかし、無実の人が誤って逮捕された事件でも裁判所の令状が出されていたわけですし、国会報告も罪名や傍受の回数といった外形的なものだけで、事件が特定できる情報は提供されていません。このため、捜査当局から独立した第三者的な監視機関を設けてはどうかという意見もあります。今回の改正案は「通信傍受の自由化」との批判もあるだけに、国会審議にあたってはチェックや検証の体制は十分かを議論する必要があるように思います。
さて、通信傍受拡大の先に見えているのは、テロ対策を名目に政府が検討を進める共謀罪という組織犯罪の処罰規定です。共謀罪は犯罪を実行するための話し合いの段階で処罰の対象になります。例えば、人を殺害した場合は殺人罪、また、殺害目的で凶器の準備をすれば殺人予備罪にあたります。今の刑法ではここまでです。

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これに対して共謀罪は、それよりも前の段階で組織のメンバーが話し合って殺人計画に合意すると適用されるのです。ところが、この話し合いの場面を立証するのはかなり難しいとされています。そこで登場するのが通信傍受です。電話の話し合いを傍受すればその時点で摘発できますし、電話では足りないとなれば、さらに拡大して部屋に盗聴器を仕掛ける捜査を合法化する動きが強まるかも知れません。共謀罪ができた時には、犯罪が実行されていなくても捜査当局がマークした人物の会話を洗いざらい傍受するのではないか、そうした監視社会への懸念も指摘されています。

通信傍受は、限定的に運用されてきたこの十年余りの間、国民に十分なデータが示されたわけではありません。組織犯罪に対してどれほどの効果があるのかなど議論が尽くされたとは必ずしも言えないのではないでしょうか。市民の安全を守るために捜査当局が犯罪に厳しく対処するのは当然としましても、捜査が行き過ぎると市民の自由を脅かしかねないということは認識しておかねばなりません。通信傍受という「眠れる獅子」を起こすのであれば、起こした獅子がむやみに暴れないようにしてもらいたいと思います。

(橋本淳 解説委員)

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