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時論公論 「"心の復興"にさらなる支援を」

二宮 徹  解説委員

東日本大震災から4年がたちました。被災地では、道路や港、住宅や商店が次々に完成し、見た目には復興が進んだところも増えてきました。しかし、未だにおよそ8万人がプレハブの仮設住宅で暮らすなど、被災者の暮らしは厳しい状況が続いています。
被災地は今、どうなっているのか、そして、被災者の「心の復興」には何が必要なのか、考えます。
 
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私は先日、あらためて被災地を見て回りました。岩手県釜石市の中心部では、製鉄工場の煙突からは水蒸気がのぼり、大型スーパーも完成しました。少しずつですが、着実に復興が進んでいます。
一方、港に近い地区には、がれきを片付けて整地しただけの更地が広がっています。再び津波が襲うおそれがあるため、住宅が建てられないのです。
また、商店街や住宅地にはあちこちに空き地があるのが目につきます。資金が足りず、自宅や店を再建できない人や、街を離れてしまった人の土地です。この一つ一つに誰かの自宅や職場がありました。
 
釜石市の北にある大槌町は、町役場を含め、中心部が大きな被害を受けたため、土を盛って平均2メートルあまりかさ上げをする工事が始まっています。一から新しい街を作るのです。
広大な土地が茶色い土に覆われた様子を見て、あらためて復興の道のりの険しさを感じました。
 
被災地は、街の中心部がある程度残ったところや、ほとんどが流されてしまったところなど、その被害の大きさや形で、復興の進み具合が異なります。
そして、被災者もそれぞれの立場で、「心の復興」の度合いが違います。
仮設住宅で被災者が話してくれた例え話を紹介します。
 
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あの日、被災者はみな絶望的な気持ちでした。比較的早くに前を向いて歩き出した人は、自力で住宅を再建したり、仕事を再開したりして、今、復興の列の先頭を歩いています。
また、移転先の高台や災害公営住宅がまだ完成せず、待っている人が多くいます。中には待ちくたびれて、疲れてきた人もいます。
一方で、立ち上がる気持ちが戻らない人がいます。家族を亡くした悲しみに暮れる人や、ようやく建てた自宅や仕事、生きがいを失った人たちです。心には、それだけ大きな傷が残っています。しかも、こうした人の中には、周りの復興が進むにつれ、立ち上がれない自分が取り残されているという気持ちや焦りが強まっている人が多くいます。
また、前向きに見える人でも、何年かたって張りつめていた気持ちが切れることがあり、阪神・淡路大震災でも指摘されました。
 
4年がたち、この列は長く伸びました。残された人たちの心の負担が増しています。
仮設住宅からの退去が本格的に進むこれから、心の問題がさらに深刻になると懸念されています。
 
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完成した災害公営住宅と宅地の造成は、去年の年末の時点で、それぞれ16%と11%でした。今後、工事が進むことで、来年3月には一気に68%と49%に増える見込みです。
一方で、かさ上げ工事や高台の造成にはまだ何年もかかるところが多く、6年目以降も仮設住宅で暮らす人は3万人にのぼる可能性があります。
老朽化する仮設住宅への対策だけでなく、残される人たちの孤独感や疎外感をいやし、心身の病気や引きこもり、自殺などを防ぐ取り組みが欠かせません。
 
阪神・淡路大震災や新潟県中越地震でも、復興が進む中で感じる孤独感や疎外感は大きな課題となり、ボランティアが中心になって支えました。しかし、今回は、被災者の数、被災地の広さ、復興にかかる年月など、いずれも大きく上回っているため、ボランティアや自治体の職員だけでは対応できなくなっています。
被災者の生活と心に、近くで寄り添う人材が求められます。
こうした中で、岩手県釜石市の先進的な取り組みが注目を集めています。
 
釜石市がおととし結成した「釜援隊」。県外から来た20代や30代を中心とする14人が、地区や団体に派遣され、生活支援などを担っています。
かつては東京で会社員をしていた山口政義さんも、被災者を助けたいと、移り住みました。
一つの地区を任され、代わりに買い物をしたり、子どもに勉強を教えたりもします。
私が訪ねた日は、仮設住宅を訪れ、列車を貸し切って行う民謡大会の案内をしていました。
家に閉じこもりがちな高齢者に元気になってもらおうと考えたイベントです。
行動力やアイデアで被災者を支え、地区に欠かせない存在になっています。
 
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釜援隊は、釜石市が独自に全国から募集しています。ボランティアとは異なり、復興支援員の制度を活用して、年間300万円の報酬や経費が支給されます。また、仮設住宅の空き部屋や車も無償で借りられるなど、活動に集中できる環境が整っています。
1年更新、5年間までという契約ですが、被災者支援に強い意欲を持ち、銀行や商社などを辞めて応募した若者たちが力を発揮しています。
 
このように、報酬のある「仕事」として活動する復興支援員は、被災地全体でおよそ180人います。しかし、市町村が独自で取り組むには、採用や管理に当たる職員が必要なことなどから、県から数人の派遣を受け入れるだけのところがほとんどです。
釜援隊のように10人以上が市と連携して、きめ細かく活動するところは少なく、市町村や地区によって、活動の度合いにムラができてしまっています。
 
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こうした支援の格差をなくす工夫が必要です。復興庁は、各地の活動の調整や支援に当たるコーディネート事業を1月から始めました。支援先を探している民間企業やNPOを含め、支援に関わる組織や人が連携することで、質の高い支援を被災地全体に広げようとしています。
課題はそれだけの人材を確保できるかどうかです。意欲と能力があり、被災地に住める人が、数百人は必要だと思います。
そのためには、報酬があるとはいえ、最長で5年の期限があり、将来が見通しにくい形では限界があります。意欲のある若者がもっと多く集まるよう、条件を改善すべきだと考えます。

今回、私は、釜援隊の若い人たちを取材して、その熱意や気配りをとても頼もしく感じました。心の復興は、孤独感が強まるこれからが正念場です。
被災者の生活と心に寄り添う、きめ細かい支援活動が広がってほしいと思います。
 
(二宮 徹 解説委員) 

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