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時論公論 「ヘイトスピーチ どう向き合うか」

橋本 淳  解説委員

在日韓国・朝鮮人への民族差別をあおるヘイトスピーチについてです。京都の朝鮮学校がヘイトスピーチによる被害を訴えた裁判で、大阪高等裁判所は、街宣活動を行った団体に損害賠償などを命じました。ヘイトスピーチを直接規制する法律がない中で、私たち社会は差別的な言動にどう向き合えばいいのかを考えます。
 
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ヘイトスピーチは、特定の人種や民族などを誹謗・中傷し、憎しみや差別をあおる言動です。日本では7年前に、在日韓国・朝鮮人を標的にした団体が結成され、日韓関係の悪化に伴って街頭での活動が各地に広がりました。週末を中心に、複数の団体が時には数百人規模のデモ行進や街宣活動を行っています。
そこでは、日の丸や旭日旗を掲げ、品位のない差別的な言葉で罵りながら、「日本から出ていけ」といった主張を繰り返しています。警察庁は、こうした団体を「極端な民族主義・排外主義的な主張に基づく右派系市民グループ」と位置づけています。
 
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今回の裁判は、その中心的な団体である「在日特権を許さない市民の会」が、京都市の朝鮮学校に対して行った街宣活動をめぐるものです。メンバーらが学校の校門に押しかけ、拡声器を使って「犯罪者に教育された子ども」とか「朝鮮半島に帰れ」といった侮辱的な発言を繰り返しました。学校にいた子どもたちは恐怖のあまり泣き出したと言います。
 
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民族差別をあおる言動はヨーロッパでは厳しく制限されていますが、日本では直接規制する法律がありません。このため学校側は、「名誉を傷つけられた」として民法の不法行為の責任を問うたわけです。大阪高等裁判所は8日、1審に続いて学校の訴えを認め、団体などに損害賠償の支払いと学校周辺での街宣活動の禁止を命じました。そして、賠償金額については、「今回のような民族差別は国際条約で禁止された人種差別にあたる」として1200万円余りの賠償を認定しました。
 
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判決が画期的なのは、ヘイトスピーチの法規制がない中でも民法の枠組みに国際条約の意義を落とし込み、民族差別という重大な人権侵害の救済を図ったことです。しかし、この方法には限界があります。民法の不法行為責任を問えるのは、朝鮮学校のように特定の団体や個人が標的にされた場合に限られるからです。刑法の名誉棄損罪などで立件する場合も同様です。したがって、在日韓国・朝鮮人という不特定多数に向けられたヘイトスピーチは、被害の救済や刑事処罰が非常に難しいとされています。
 
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そこで法律で規制できないかという議論が出ています。安倍総理大臣は去年の国会で、「日本人は和を重んじ、排他的な国民ではなかったはずだ。一部の民族を排除しようという言動は極めて残念」と述べて、ヘイトスピーチに懸念を示しました。
 
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しかし政府は、法規制となると消極的です。憲法が保障する「表現の自由」とのかね合いがあるからです。ヘイトスピーチを法律で縛ろうとすると、正当な言論活動まで萎縮させてしまうのではないか、そうすると、表現の自由を不当に制約するおそれがあるというわけです。この慎重論に立てば、言葉の暴力には社会の批判や言論をもって対抗するということになります。これに対して、ヨーロッパのように積極的に規制した方がいいという意見があります。在日韓国・朝鮮人の苦痛を考えると限度を超えている、健全な民主主義を守るには、表現の自由がある程度制約されてもやむを得ないという考え方です。法規制をするかどうかは難しい選択だけに徹底した議論を望みたいと思います。
 
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ヘイトスピーチと指摘される団体は、どのように勢力を伸ばしてきたのでしょうか。最大の特徴は、インターネットを草の根運動的に使ったことにあると言われています。デモ行進などの動画をネット上に公開し、動画にあおられた人たちが新たに差別的な言葉を書き込んでいきます。ヘイトスピーチが拡散し再生産されるという状況です。デモの参加者には、そうしたインターネットの世界から街頭に飛び出していった人が多いといいます。サラリーマンや自営業者、学生や主婦など実に様々です。デモとは無縁だったような人が、なぜ、のめり込んでいくのでしょうか。専門家によりますと、拉致問題や領土問題を巡る北朝鮮や韓国の対応にかねてから疑問を感じていたところ、団体の主張に触れて共感した人、その一方で、在日韓国・朝鮮人の存在すら知らなかったのに興味本位でデモに参加した人もいるということです。そこに共通しているのは、さほどの抵抗感もなく活動に加わっていることです。私は、デモに参加した経験のある男性を取材しましたが、この男性は、「インターネットでデモの動画を見ることと実際にデモに参加することにあまり意識の違いはない。多くの人は軽い気持ちで参加し一線を越えてしまったのではないか」と話していたのが印象的でした。
 
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そして、最近の活動で気になるのは内容が過激になっているという点です。差別的な言葉だけでなく、「殺せ」といった犯罪をあおるかのような言葉が平気で使われています。例えば去年、大阪のコリアンタウンで街頭演説をした女子中学生が「大虐殺を実行しますよ」と発言し、海外のメディアは驚きをもって伝えました。もはや表現の自由を逸脱していると言わざるを得ません。こうした言動が危ういのは暴力を容認し助長しかねないからです。20年前にアフリカで起きたルワンダ虐殺では、ラジオ放送で敵対する部族へのヘイトスピーチが繰り返され、殺害をあおったことが虐殺につながったとされています。当時のルワンダとは状況がまったく異なりますが、そうした危険性がヘイトスピーチに潜んでいることを理解しておかなければならないと思います。
 
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また、ヘイトスピーチが公然と繰り返されることで社会に排他的な風潮が強まらないかという懸念も指摘されています。その意味で、今年になって気がかりなケースがありました。まず、サッカーの浦和レッズです。今年3月、一部のサポーターがスタジアムに英語で「ジャパニーズオンリー」と書かれた横断幕を掲げ、レッズがこれをすぐに撤去しなかったことも問題とされました。また四国では、霊場の巡礼者が利用する休憩所などで外国人を差別する内容の貼り紙が相次いで見つかりました。差別的な言動は外国人以外のマイノリティに向けられることもあります。5月には、修学旅行で長崎を訪れた中学生が被爆者の語り部の男性から話を聞いていた際、態度が悪いと注意したこの男性に「死に損ない」などと言い返すといったことも起きています。
 
こうした排他的な言動が頻発していることを考えますと、その底流でヘイトスピーチとつながっているのではないか、社会に差別主義的な空気が広がっているのではないかと案じてしまいます。だとすれば、民主主義の根幹である平等と個人の尊厳が揺らぐことにもなりかねません。偏狭な民族主義や排外主義に陥らず、他人の痛みを想像して理解する力と寛容で慎み深いふるまいが、私たち一人一人に問われているのではないでしょうか。
 
(橋本 淳 解説委員)

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