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時論公論 「拉致再調査 問題解決への道筋は」

藤田 一宏  解説委員

政府は、北朝鮮が拉致被害者らを調査する「特別調査委員会」を発足させ、調査を始めることを受けて、きのう、日本が独自に行っている制裁措置の一部解除を決めました。10年ぶりとなる拉致被害者の再調査で、拉致問題は解決に向けて道筋をつけられるのか。今夜は、この問題を考えてみたいと思います。
 
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北朝鮮は、拉致被害者を含むすべての日本人行方不明者の全面的な調査を行う「特別調査委員会」をきのう発足させ、調査を始めることになりました。これを受けて政府は、実効性のある調査が行なわれると判断できるとして、きのうの閣議を経て、日本が独自に行っている制裁措置の一部を解除することを決めました。
 
安倍総理大臣は、なぜいま、再調査と引き換えに制裁措置の一部を解除することに踏み込んだのでしょうか。
そもそも安倍総理大臣は、北朝鮮に対して一貫して強い姿勢で臨んできました。早くから拉致問題の解決に取り組み、北朝鮮政策をめぐる「対話と圧力」という政府の基本方針では、「圧力」に力点を置いてきました。
 
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2002年の日朝首脳会談にも官房副長官として同行し、拉致被害者5人が一時帰国した際には、「北朝鮮との約束に関わらず、戻すべきではない」として、政府内にあった異論を退け、実現させました。こうして拉致問題の解決に力を尽くしたことで脚光を浴びて頭角をあらわし、世論の高い支持を得て、2006年に戦後最年少の総理大臣に上りつめました。
 
その安倍総理大臣が、今回、「対話」に力点を置き、北朝鮮と向き合うことにしました。
政府関係者は、「拉致被害者に関する確たる成果を見越している訳ではない」と話しており、いわば賭けに出たともいえます。
この背景には、いくつかの要素があると思います。
 
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まず指摘できるのは、拉致被害者の家族の方々の高齢化です。
家族の方々は、拉致被害者5人が帰国した2002年以降、長い間、問題解決の糸口が見えない時期を過ごしてきました。政府が認定している拉致被害者で安否が分かっていない12人のうち、両親がともに健在なのは2家族だけで、拉致問題の解決は、いわば「時間との戦い」という側面があります。早期解決に向けて「交渉の扉を開かなければならない。残された時間は少ない」という決意が安倍総理大臣にあったことは間違いありません。拉致問題の解決に向けて北朝鮮側から具体的な行動を引き出す上で、今回は制裁解除が最も効果的だと判断した訳です。
また北朝鮮を取り巻く国際環境の変化も指摘できます。北朝鮮は、後ろ盾だった中国との関係が冷え込み、アメリカや韓国との対話も最近は途絶えています。日本と交渉することで国際的な孤立を打開したいという北朝鮮側の思惑を、いわば逆手に取った結果だとも言えます。
さらに拉致問題は、キム・イルソン主席に始まり、キム・ジョンイル総書記が拡大したとされ、キム・ジョンウン第1書記は直接関与していないことも踏まえて、交渉を始めることにしたと古屋拉致問題担当大臣は指摘しています。具体的な成果を引き出せるのではないかという判断があったことを伺わせています。
 
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政府が今回解除を決めたのは、日本が独自に行っている制裁措置で、主なものはご覧の通りです。このうち赤い色が付いているものは2006年に取られた措置で、第1次安倍政権のもとで決められました。
ただ、北朝鮮側が制裁解除の対象とするよう求めている貨客船マンギョンボン号については入港禁止の措置を継続し、北朝鮮との間のすべての輸出入を禁止する措置も解除していません。
今回、解除を決めたのは、北朝鮮国籍の人の日本への入国を原則禁止する措置などで、医薬品や生活支援物資などを積み込んだ人道目的の船舶は、入港を認めることにしました。
 
一方、一部とはいえ、具体的な成果を得ていない段階での制裁措置の解除には懸念や批判の声も出されています。
拉致被害者の調査をめぐって、北朝鮮側が不誠実な対応を繰り返してきた経緯があるからです。
 
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北朝鮮側が調査を行うとしているのは実は今回が5回目ですが、1回目と2回目は、いわばゼロ回答でした。
転機となったのが2002年の日朝首脳会談で、このとき北朝鮮側は、長年否定してきた日本人の拉致を初めて認めて謝罪し、拉致被害者について3回目となる調査結果を公表しましたが、疑わしい点が次々と見つかりました。
2004年に行われた2度目の日朝首脳会談で、北朝鮮側は「白紙の状態で再調査を行う」ことを約束しました。しかし4回目となる調査でも、横田めぐみさんのものとされる遺骨からは、めぐみさんのものとは異なるDNAが検出されるなど、信憑性は疑わしいものでした。
 
制裁解除なしに北朝鮮側に再調査を約束させることは難しかったのは事実でしょうが、北朝鮮側が誠実に調査を行い、日本側が納得できる結果を出してくる保証はありません。
 
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拉致被害者の家族などからは、「拉致被害者に関する消息が具体的に分かった段階で制裁を解除してほしかった。北朝鮮を信頼して本当に大丈夫か」といった懸念が出ています。
また制裁措置の一部解除といっても、北朝鮮側にとってメリットが大きいという指摘もあります。今回の解除で、朝鮮総連=在日本朝鮮人総連合会の幹部を本国に呼び出すことが可能になり、実際、朝鮮総連の議長が近く北朝鮮訪問を計画しているという情報もあります。さらに今回の解除で、日本からの資金や物資の流入が今後増えることも見込まれ、経済制裁の事実上の緩和だという批判も出ています。
また、今回の日本の対応に理解を示しているアメリカや韓国などの関係国も、成果が確実になる前に制裁を大幅に解除することには神経をとがらせていて、「透明性のある交渉」を日本側に求めています。北朝鮮が日米韓3か国の足並みを乱そうとしているのではないかという強い警戒感があるからです。北朝鮮による核・ミサイル開発は、国際社会共通の懸念であり、拉致問題で日本が北朝鮮との関係で突出すれば、北朝鮮に厳しく対処する国際社会との連携も問われることになりかねません。
 
今回、安倍総理大臣のリーダーシップで、「拉致問題は解決済み」としてきた北朝鮮の態度を変えさせた意義は大きいと思います。この機会を逃さずに解決に向けた道筋をつけなければなりません。ただ今回の再調査はスタートでしかなく、古屋拉致問題担当大臣が山登りに例えて、「胸突き八丁」と述べたように、これからの交渉は、まさに険しいものになります。
 
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拉致に関わったのは特殊機関であり、北朝鮮が全ての情報を開示するかどうか、予断を許しません。さらに今回は、全ての日本人行方不明者を対象としていることから、拉致被害者ではなく、自らの意思で北朝鮮に渡った人などを、いわば「小出し」にしてくる可能性もあります。
また交渉とはいっても、拉致被害者はいわば人質であり、取り引きできる性質のものではありません。拉致被害者が全員生存しているという前提に立って、日本側が納得できるまで調査を求める毅然とした対応が問われています。
調査に進展があった場合でも、どういう結果が得られれば拉致問題の解決と見なすのかという難しい判断も待ち受けています。
先の日朝合意には、「最終的に日本人に関する全ての問題を解決する意思を表明した」と書かれており、北朝鮮側は、「今回の調査が最終であり、日本側が納得しなくても二度と調査する意思はない」として、幕引きを図るのではないかという見方もあります。
拉致問題の解決を最重要課題に掲げる安倍政権にとって、今回の調査をめぐる今後の交渉は、まさに政権の命運を賭けたものになります。
 
(藤田 一宏 解説委員)
 

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