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時論公論 「過激派大攻勢 危機のイラク」

出川 展恒  解説委員

■イラクが重大な危機に直面しています。
イスラム過激派武装組織が大攻勢をかけ、北部の主要都市を制圧、
南に進み、首都バグダッドにも迫る勢いです。
イラク政府は、過激派の進撃を止められません。
最悪の場合、イラクが本格的な内戦に陥り、国が分裂する恐れもあります。
いったい、なぜ、こうなってしまったのでしょうか。
一言でいえば、イラク戦争後の国づくりの失敗と矛盾が、
隣のシリアの内戦の影響を受け、一気に噴出したのです。
 
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■今月10日、イラク北部にある第2の都市モスルが、
「イラク・シリアのイスラム国」という過激派組織の攻撃を受け、
制圧されました。

政府や治安機関の建物が占拠されたうえ、
トルコの総領事館も襲われ、総領事などおよそ50人が拉致されました。

過激派組織は、支配地域を拡げながら南下し、
フセイン元大統領の故郷の町、ティクリットも制圧。
首都バグダッドの近郊にまで迫っています。

国連によりますと、すでに数百人の犠牲者が出ています。
集団で殺害された軍の兵士や一般市民もいると見られます。
家を失い、避難民となった人は50万人を超え、
深刻な人道危機が起きています。
 
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■「イラク・シリアのイスラム国」。
英語の頭文字をとって「ISIS」と呼ばれますが、
シリアとイラクにまたがって活動する
イスラム教スンニ派の過激派組織で、規模は数千人とされます。
イラク人、シリア人のほか、外国人も大勢参加しています。
指導者はイラク出身のバグダディー容疑者。

暴力と恐怖によって支配地域を広げ、
イスラム法に基づく「イスラム国家」の樹立を目指しています。
イスラム教シーア派を、「異端」だとして敵視し、
イラクのマリキ政権の打倒を掲げています。
シリアのアサド政権、シーア派の宗教国家イラン、
欧米諸国もすべて敵視しています。
 
■なぜ、このような事態が起きたのでしょうか。
 
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第1次世界大戦後に独立したイラクは、
異なる民族と宗派で構成されています。
イスラム教シーア派のアラブ人が全体のおよそ60%。
イスラム教スンニ派のアラブ人がおよそ20%。
そして、クルド人が、およそ20%です。
フセイン政権の崩壊後は、人口が多いシーア派のアラブ人が、
国づくりの主導権を握ってきました。
 
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▼引き金となったのは、隣国シリアの内戦です。
激しくなった内戦が、国境を越え、イラクに波及したのです。
実は、前兆がありました。
今年初め、バグダッドの西にある町ファルージャが
ISISによって制圧されたのです。
ISISは、今月、一気に攻勢に出ました。
制圧したのは、いずれもスンニ派の住民が多く暮らす地域です。

そして、シリアとイラクの国境をまたぐように、
支配地域を拡大させています。
 
▼さらに根本的な原因は、イラクの国づくりの失敗です。
今回、モスルで、イラク軍はほとんど抵抗せず、武器を捨てて逃げ、
治安維持能力と士気の低さを露呈しました。
 
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これまで2期8年務めたマリキ首相の責任は
非常に大きいと言わざるを得ません。
自らの支持基盤であるシーア派を優遇し、
少数派のスンニ派を排除してきました。

マリキ政権に不満を募らせていたスンニ派の住民たちは、
ISISの進撃を受け入れる形となりました。
この映像は、イラク最大の製油所があるベイジという町です。
ISISを迎える市民の様子です。

つまり、マリキ首相が「挙国一致」の体制をつくろうとしなかったことが
国家の危機を招いたのです。
 
■イラクは、4月末に国民議会選挙を終え、
現在、新政権の発足に向けた移行期にあります。
マリキ首相率いるシーア派の政党連合が最も多くの議席を獲得し、
マリキ氏は首相続投を目指しています。

マリキ首相は、過激派組織の拠点に、軍用ヘリコプターによる反撃を開始し、
これまでにメンバー270人以上を殺害したとしています。
しかし、モスルやティクリットを奪還することはできず、
アメリカに空爆などの支援を要請しました。

マリキ首相は、また、国民に向けて、
政府軍に義勇兵として参加するよう呼びかけました。
シーア派の最高権威であるシスターニ師も、
武器をとって戦うよう呼びかけました。
これを受けて、シーア派の住民が、各地で義勇兵に応募しています。
しかし、これによって、「過激派 対 イラク政府」という戦いの構図が、
「スンニ派 対 シーア派」の宗派対立に置き換わり、
本格的な内戦に発展することが懸念されています。
 
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■一方、イラク北部で自治を行う少数民族のクルド人の地域政府が、
クルド住民の保護を理由に、国内最大級の油田がある都市キルクークに、
クルド人の治安部隊を展開させました。
実は、このキルクークは、クルド地域政府と中央政府が帰属を争っています。
クルド人の治安部隊が、そのまま駐留を続けた場合、
クルド人とアラブ人の民族対立を悪化させ、
クルド人が、イラクからの分離独立に向かう可能性も指摘されています。
このように、国が分裂する恐れも現実味を帯びてきているのです。
 
■国際社会は、どう対応しようとしているのでしょうか。
 
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▼まず、アメリカですが、オバマ大統領は、13日、
イラク政府への軍事支援を検討していることを明らかにしました。
すでに、空母をイラク沖のペルシャ湾に移動させており、
空爆などの作戦に備えた動きと見られています。
ただし、地上軍をイラクに派遣する考えはないと強調しており、
過激派の勢いを止めるための限定的な空爆などを検討しているもようです。

オバマ大統領は、その一方で、アメリカが軍事行動をとるためには、
イラクの指導者が、宗派の違いを乗り越え、
政治的に結束することが前提だと強調しました。
これは、マリキ首相に対する強い警告と言えます。

アメリカ国内には、これ以上、中東の紛争に介入すべきではないという
強い世論があり、
オバマ大統領が軍事行動に踏み切るかどうかが注目されます。
 
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▼そして、イラクの隣国、イランの対応も重要です。
ロウハニ大統領は、現時点では、軍の派遣は考えていないものの、
もし、イランの安全が脅かされる事態になれば、
何らかの行動を起こす可能性を示唆しました。

そして、この問題では、イスラム革命以来、激しく敵対してきたアメリカとも、
協力する可能性があると述べています。
 
■最後に、今後の焦点を指摘したいと思います。
 
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▼まず、イラクの政府と軍が、
ISISの進撃を食い止めることができるかどうか。
▼とくに、首都バグダッドを守れるかどうかが大きなポイントです。
▼また、イラク国内には、シーア派の聖地がいくつもあり、
もし、爆弾攻撃などで破壊されますと、
宗派対立に歯止めがかからなくなる恐れがあります。
▼そして、過激派に奪われたモスルなどの町を奪還できるかどうかです。
 
■ISISには、国をつくり、統治する力はありませんが、
イラクを破壊し、不安定化させる力を持っています。
これに対し、イラクを分裂や崩壊の危機から救うためには、
「挙国一致」の体制をできるだけ早くつくることが大切ですが、
マリキ首相にそれができるかどうかは、はなはだ疑問です。
 
■イラクが今後どうなるかは、イラク一国だけの問題ではありません。
この地域全体が、混乱と無秩序に陥る恐れがあります。
原油価格などへの影響もすでに出ており、
先週、東京商品取引所では、中東産原油の先物相場が大幅に上昇し、
今年の最高値を更新しました。

世界の政治経済への打撃を最小限に抑えるためにも、
関係各国が協力して、
過激派の動きを封じこめるための迅速な対応が求められます。
 
(出川展恒 解説委員)

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