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時論公論 「イラク選挙 行き詰まる国づくり」 

出川 展恒  解説委員

■イラクでは、30日、新しい政権をつくる国民議会選挙が行われました。
たった今、投票が締め切られたところです。(日本時間5月1日 0:00)
イラク戦争開戦から11年あまり、そして、アメリカ軍が撤退を完了して2年あまり。
イラク人による新しい国づくりが進められてきましたが、
ここに来て、治安の悪化と政治の混乱ぶりが著しくなっています。
今回の選挙が、イラクに安定をもたらすきっかけとなるかどうかを考えます。
 
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■フセイン政権の崩壊後4回目、アメリカ軍の撤退後初めての選挙です。
首都バグダッドの投票所では、マリキ首相も1票を投じていました。

しかし、投票日前から、各地で選挙の妨害を狙ったと見られるテロが相次ぎました。
とくに、イラク西部のアンバール県の治安は最悪で、
武装勢力が支配している町もあり、
選挙管理委員会は、急遽、投票を延期しました。
 
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■選挙は、全国18の選挙区、合わせて328議席に対し、
9000人あまりが立候補し、比例代表制で行われます。
実に276もの政党や政党連合が参加しています。
政党が細分化され、乱立したためです。
 
■イラクでは、ここ数年、石油の増産に力を入れており、
生産量は、1日平均300万バレル前後と、
イラク戦争前の水準を大きく上回っています。
オイルマネーによって、経済成長率も9%前後の水準を維持していますが、
国づくりがうまく行っているとは言えません。最大の問題は治安です。
 
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■一時は改善に向かっていたイラクの治安が、1年前から急激に悪化しています。
テロの犠牲になったイラクの一般市民の数を見ますと、
「内戦状態」と言われた2008年頃のレベルに逆戻りしています。
去年1年間の犠牲者の数は、9500人あまり。前の年の2倍以上に増えています。
今年に入ってからも、毎月1000人前後が犠牲になっています。
 
■なぜ、それほど治安が悪くなったのでしょうか。
 
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▼まず、異なる宗派どうしの対立が再燃したためです。
現職のマリキ首相は、イラクの多数派である
イスラム教シーア派を支持基盤としていますが、強権的な姿勢を強め、
少数派のイスラム教スンニ派を弾圧したり、冷遇したりしたため、
スンニ派が不満を募らせ、政府がまともに機能しなくなりました。
軍や警察も、治安を守ることができません。

▼もうひとつは、国境を接するシリアの内戦の影響です。
シリアの内戦も宗派対立の様相を深め、イラクの宗派対立と連動しています。
イスラム国家の樹立を目指す、アルカイダ系のスンニ派の武装組織が、
両国の間を行き来し、テロを繰り返しているのです。
 
■今回の選挙、イラクが安定し、国づくりが軌道に乗るきっかけとなるでしょうか。
残念ながら、楽観的にはなれません。
選挙は、民主的な国づくりに不可欠ですが、
対立を際立たせ、政治や社会を混乱させるリスクも大きいのです。

イラクでは、フセイン元大統領の独裁体制が長く続きました。
イラク社会は、異なる民族と宗教・宗派で構成され、
政党も、おおむね、民族や宗派のつながりで作られています。
部族社会という側面もあり、
有権者は、政策によって自ら判断するのではなく、部族長の指示に従って、
所属する民族・宗派の政党や候補に投票する傾向が顕著です。
このため、民族や宗派の人口比が、選挙結果を決定づけるのです。
 
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■人口の割合は、おおまかに言って、
イスラム教シーア派のアラブ人が、およそ60%。
スンニ派のアラブ人が、およそ20%。
そして、クルド人が、およそ20%です。

これまでの選挙では、人口が多い「シーア派」の勢力が最も多くの議席を獲得し、
議会と政府の主導権を握り、「クルド人」の勢力と連立政権をつくってきました。
シーア派とクルド人は、ともに旧フセイン政権による厳しい弾圧を受けました。

これに対し、旧フセイン政権時代に優遇された「スンニ派」は、
人口が少ないため、議席を確保できず、
新しい国づくりの進め方に強い不満を抱いてきました。
 
■今回の選挙、最大の焦点は、現職のマリキ首相が政権を維持するかどうかです。
 
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イラクでは、首相に権力が集中し、大統領は国家元首に過ぎません。
国民議会選挙で議席が確定した後、新しい議長と大統領を選び、
次に大統領が、議会の最大会派の代表を、首相に指名します。
首相が組閣を行い、議会の過半数の承認を得て、新しい政権が発足します。
政権の形は、選挙後の各政治勢力の話し合いで決まるのです。

マリキ首相は、2期8年の間、
イラクの治安を、一時は大きく改善させ、経済成長を実現させた実績を強調し、
3期目を目指しています。
 
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シーア派、スンニ派、クルド人、それぞれに複数の政党や政党連合が乱立しています。
マリキ首相が率いるシーア派の「法治国家連合」が、
最も多くの議席を獲得する可能性が高いと見られますが、
単独で過半数を確保するのは不可能です。
マリキ氏は、さまざまな政党との連立によって、政権維持を目指すことになります。

ところが、軍や警察を使って、
反対勢力を徹底的に排除してきたマリキ氏の政治手法には、
スンニ派はもちろん、シーア派の別の政党、
さらには「法治国家連合」の内部からも、
「強権的すぎる」という批判や反発があります。

このため、前回を大幅に上回る議席を確保し、
シーア派の支持を固められなければ、
3期目は難しいという見方も出ています。
ただ、マリキ氏に替わる有力な候補はおらず、
首相選びが混沌とすることも予想されます。
前回は、投票から新政権発足まで9カ月もかかり、
政治空白が大きな混乱を招きました。

もし、マリキ氏が続投し、反対派の排除を進めた場合、
政治のいっそうの混乱を招き、国づくりが立ち行かなくなる恐れもあります。
 
■次に、イラクの新政権が、これまで以上に、
シーア派の宗教色の強い政権になるかどうかも重要です。
 
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隣のイランは、シーア派の宗教国家、シリアのアサド政権も、シーア派系の政権で、
この地域のパワーバランスに大きな影響を与えます。

前回の選挙では、「宗派主義からの脱却」を掲げた、
いわゆる世俗派の政党連合が最も多くの議席を獲得しましたが、
連立協議に失敗し、政権を握ることができず、
その後、いくつもの政党に分裂してしまいました。
 
■さらに、イラク北部に自治区と地域政府を持つクルド人勢力の動向も重要です。
クルド地域政府が、生産した石油と天然ガスを、
直接外国に輸出する動きを見せ、中央政府と激しく対立しているからです。
豊富な資源がもたらす富を、
民族や地域ごとにどう配分するかという問題を解決しなければ、
イラクは決して安定しません。
クルド人の政治勢力が何議席を獲得するかで、連立政権の形や、
中央政府との関係が大きく変わってきます。
 
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■イラクにとって最大の課題は、ひとつの国、ひとつの国民としてまとまれるかどうか。
異なる民族や宗派の対立を乗り越え、「挙国一致」の政治を実現できるかどうかです。
それができなければ、治安は回復せず、経済復興も進みません。
とくに、少数派のスンニ派も、納得して国づくりに参加できるよう、
議席が確定した後、政府のポストや石油の富を
上手に配分する仕組みをつくる必要があると思います。

イラク戦争から11年あまり。
国際社会の関心は、現在、ウクライナやシリア情勢に向けられています。
しかし、膨大なエネルギー資源を持つイラクの安定は、世界の安全保障に直結します。
日本を含む国際社会は、これからも、イラクの安定と自立に向けた取り組みを
積極的に支援してゆくことが大切だと思います。
 
(出川展恒 解説委員)

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