時論公論 「シェール革命に揺れるロシア」2012年12月28日 (金) 

石川 一洋  解説委員

アメリカで始まったガスやオイルのシェール革命が世界最大のエネルギー大国ロシアを揺さぶっています。
プーチン大統領は、天然ガスなど積極的な生産拡大を見込んでいたエネルギー戦略の見直しを余儀なくされ、ロシアは新たな市場・アジア市場を目指す動きを強めています。
そしてそのことが日ロ関係を動かそうとしています。
きょうはシェール革命がロシアに与えた影響について考えてみます。
 
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シェール革命とは、今まで採掘不可能と思われたシェール層と言われる地層から技術革新によって天然ガスの採掘が可能となったことです。さらに最近ではシェールオイルと言われる原油も同様の方法で採掘が可能となりました。アメリカエネルギー省の予想によりますと2030年までにアメリカの天然ガス生産は2倍近くに増えて、その40%がシェールガスになるとしています。
アメリカ国内のガス価格は下落を続け、日本などアジア市場の五分の一以下の安さとなっています。オバマ大統領も今月、シェールガスやオイルなどの生産の増加によってアメリカはエネルギーの純輸出国となると自信を示しています。
 
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●数年前状況は全く異なりました。2005年秋、大型台風カテリーナがメキシコ湾沿岸を直撃した時、アメリカ国内のガス価格は今の五倍近い1000立方メートルあたり400ドルを超えていました。当時アメリカは天然ガスの輸入国になると見られていました。
●ロシアの今のエネルギー戦略はその当時の状況を反映し、2030年までに天然ガスの生産量、輸出量ともに1.4倍以上に増やすという強気の戦略を取っています。
 
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図解しますと、ロシアはこれまでのヨーロッパに加えて、アジア太平洋への輸出を大幅に増やし、北米市場にまで輸出先を拡大しようという戦略でした。ガスOPECのようなガス生産国の組織を作り、他のガス生産国カタールやイランと手を結び、世界のガス市場への影響力を増すことも考えていました。
 
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●しかしこの戦略はアメリカのシェール革命を想定しておらず、前提条件はすでに破たんしていると言ってよいでしょう。このためロシアは現在、戦略の改定を余儀なくされています。
 
 では、シェール革命はロシアのエネルギー産業にどのように影響を与えたのでしょうか。
詳しく見ていきたいと思います。
 
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●ロシアのバレンツ海のシュトックマン・ガス田開発計画はシェール革命の直撃を受けました。このガス田は推定埋蔵量4兆立方メートル、世界第8位の大ガス田です。ロシアがエネルギー大国としての自信に満ちていた2000年代半ば、米ロ首脳会談の議題の一つはこのガス田へのアメリカメジャーの参入でした。
計画では産出するガスは、パイプラインでヨーロッパに、そして液化天然ガスで北米に輸出するはずでした。しかしこの秋、北米市場への輸出が見込めなくなったため、ガスプロムは開発の無期限延期を決定したのです。
 
●さらにロシアのガス輸出の60%を占める主要な輸出先ヨーロッパ市場でもロシア産のガスは新たな競争にさらされています。ロシアはソビエト時代からパイプラインを通じてヨーロッパにガスを輸出し、価格は原油や石炭などほかの燃料価格に連動する長期契約が一般的でした。ほかに競争者がいなかったため、売り手市場の殿様商売を続けていました。
 
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そこに北米から転じた中東のカタールがヨーロッパに向けて安値で輸出を始めたのです。
ヨーロッパを中心とするロシアと、アジアを中心とするカタールはこれまでうまくお互いの売り先を棲み分けていましたが、今やロシアにとってカタールはガスOPECの同志となるどころか、虎の子のヨーロッパ市場での手強い競争者となったのです。
 
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●この状況に乗じてヨーロッパ諸国は当然、ロシアにガス価格の値下げを要求しています。
ガスプロムはドイツ、そしてポーランドで値下げ要求に同意し、さらに十数カ国が値下げの交渉を行っているということです。そこには言い値でしか売らないという強気のガスプロムの姿はありません。
●そればかりではありません。アメリカ上院の重鎮リチャード・ルーガー氏は今月ヨーロッパの同盟国NATO加盟国へのロシアの影響力を減らすためにNATO加盟国にアメリカからのガス輸出を自動的に許可するという法案を提出しました。この法案自体は現時点では多分に政治的なものでしょう。ただ将来的にはヨーロッパでアメリカ産のガスと競合するというロシアにとっての悪夢が実現することは十分ありうるでしょう。
 
ヨーロッパで苦しむロシアは新規市場アジア太平洋へのエネルギー輸出を加速させています。高値のLNG価格に苦しむ日本としてもロシアから安く、効率的にガスを購入する戦略を練らなければなりません。
 
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 ●まずアジアに向かうロシアの動きです。
10月終わり、プーチン大統領は東シベリアのガス田を開発してそこからウラジオストクに至る3千2百キロのガスパイプラインを敷設し、ウラジオストクにLNG液化天然ガスの基地を造るという計画を決定しました。来年からわずか5年でガス田開発、ガスパイプラインの敷設、LNG工場の建設を行うという野心的な計画です。
●さらに今月ロシアから日本への新たなエネルギー供給ルートを予兆させる動きがありました。北九州にロシアのガスプロムが調達した液化天然ガスの輸送船が北極海航路を通って入港したのです。温暖化の影響を受けて氷が減少した北極海に新たな航路を開こうという動きが加速しています。ロシアはこの航路も使って北極海沿岸の天然ガスや原油を日本や中国に輸出しようと考えています。
 
このように、シェール革命による世界のガス市場の変化の中、アジア市場への参入はロシアにとっての緊急の課題です。
日本としての対応を考えなければなりません。
ポイントは三つあります。
 
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○第一点は、原油価格連動性など既存のガス価格決定方法に代わる、新たな価格メカニズムを造ることです。生産が増え、競争が強まる中で、液化天然ガスについては、世界共通の指標が生まれる動きが出ています。最近日本の関西電力がBPとの間で安いアメリカのガス市場価格を基準に液化天然ガスを購入する契約を結んだのもそうした動きの一つです。
貿易赤字に苦しむ日本としては原油価格連動性という高値維持の価格メカニズムを早急に取り崩さなければなりません。そしてロシアのガスも新たなメカニズムに適応させなければなりません。
○第二点は、液化天然ガスによる世界市場形成です。全世界的に液化天然ガスの生産量が一年間で30パーセント近く増えていて、これまで北米、ヨーロッパ、アジアと三つに分かれていた天然ガスの市場の壁が崩れ始めています。パイプライン中心だったロシアとしても、液化天然ガス工場の建設が急務となっています。液化天然ガスの供給が増えることは日本の利益でもあり、ロシアとの協力を模索しても良いでしょう。
○第三点はアジア市場でのマーケッティングです。
これまで欧米に比べてガスの需要が少なかったアジア市場ですが、中国やインド、東南アジアなど経済成長に伴い都市ガスなどインフラの整備とともにガスの需要の大幅な増加が見込まれます。ロシアはプーチン大統領を先頭にアジア市場への売り込みを進めていますが、新規市場のマーケティングはロシアのもっとも不得意とする分野です。新たな価格メカニズムを造る中で、商社などアジアでのマーケティング力を持つ日本がロシアに協力してもよいでしょう。

プーチン大統領が北方領土問題を含め対日外交に積極的な姿勢を示すのは、シェール革命に揺さぶられ、否応なくアジアに顔を向けるロシアの事情があります。
今日安倍・プーチン両首脳は電話会談し、平和条約締結に向けた作業を活発化させることで一致しました。
日ロ関係は新たに誕生した安倍政権とプーチン大統領との間で、ゆっくりと動き始めています。液化天然ガスの価格引き下げが緊急の課題である日本とアジアの中で安定した日本市場に参入したいロシア、北方領土問題を動かすためにもエネルギーも含む日ロの戦略対話を始める機は熟していると言えるでしょう。
 
(石川一洋 解説委員)