2008年07月24日 (木)時論公論 「酸素カプセルが使えない」

(金子キャスター)
北京オリンピックは、昨日で選手の参加申請が締め切られ、いよいよ選手村の開村を待つばかりです。本番を前にしたチームジャパンの小さな悩みを山本解説委員がお伝えします。

(山本浩解説委員)
あと2週間。この段階に来ますと、大切なのがコンディション調整です。JOC日本オリンピック委員会は大会が近づいた先月、一部の選手の間で治療や疲労回復に使われてきた高圧酸素カプセルを、北京大会では使わない方針を決めました。いきさつと、考え方を検証します。
 「高圧酸素カプセル」、どんなものかご存じでしょうか。今から6年前、ワールドカップの日韓大会の頃に、イングランドのベッカム選手がけがの治療に使ったとしてもてはやされたことがありました。高気圧酸素療法ともいいますが、本来は圧力をかけた空間で濃度の高い酸素を吸うことで中毒症状を改善させたり病気の治療に使ったりするものですが、けがの回復を早める効果がある、また条件を変えれば疲労回復にもつながるともいわれています。

 装置は大別すると2種類です。ひとつは医療施設で使われるもので、ここに紹介するカプセル型のものだけではなく、数人が同時に入れる個室タイプになっているものもあります。もうひとつは、エステなどに置かれることのある簡易型のもの。これも中に入ってマスクを通じて濃度の高い酸素を吸うものと、普通の空気に高めの気圧をかけるだけのカプセルとがあります。
 医療施設の装置は、1.4気圧以上をかけて治療効果を求めるのに対して、簡易型のものは1.3気圧以下。疲労回復や、老化防止、アンチーエージングを謳うことが多いようです。

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 気圧を上げた中で酸素を吸入するといろいろな効果が生まれるのには理由があります。元来、酸素を身体の隅々まで運搬するのは、赤血球にあるヘモグロビンといわれる物質です。通常の環境では、赤血球は最大に運べる酸素の98%を運んでいるといわれます。強い強度の運動をすると、身体のあちこちで普段以上に沢山の酸素が必要になってきます。酸素が足りなくなれば、エネルギーの発揮がうまくいかなかったり、疲労がたまったりするのです。もっと酸素を運ぶにはどうするのか。高い気圧をかけて濃度の高い酸素を吸入すると、赤血球だけでなく、普段は少ししか酸素を含まない血しょうといわれる血液成分の中にも大量の酸素が溶け込みます。身体の隅々まで行き渡る血液は、血しょうの中に溶け込んだ多くの酸素も運ぶことになり、不足していた酸素を供給できるようになるというわけです。

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 この高圧酸素カプセルが問題になったのは、先月のJOCの理事会でした。その後、JADA日本アンチ・ドーピング機構から正式の見解が発表されました。内容は「高圧酸素カプセル」の使用を控えるようにという指示でした。分かりやすくいえば、「カプセルを使うことは、ドーピングに相当するからやめておきなさい」としたのです。

 JADAの判断のもとになったのは、WADA国際アンチドーピング機構が出しているWADAコードといわれる禁止リストの1項目です。このリストには使ってならない薬品名とともに、禁止された方法というのがあげられています。そこに、「酸素摂取や酸素運搬、酸素供給を人為的に促進すること」も禁止の対象だと記されているのです。

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 そもそも何がどうなれば、ドーピング禁止リストの対象になるのでしょう。そこには3つの判断基準があります。ひとつは、その物質又は方法によって「競技能力が強化される」こと。ふたつ目が、「健康上の危険を及ぼす」こと。そして、「スポーツ精神に反する」ことです。このうちの2つ以上に該当すれば、リストに載せることを“考慮”するとされています。

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 今回の指示に納得できないとする人達がいます。高圧酸素カプセルは、3つの判断基準のどれにも該当しないのではないか。もし、該当するというのなら、高地トレーニングも問題になるのではないかという指摘です。
 業界団体も反発しています。酸素を加えないで通常の空気だけを満たし、そこに1,3気圧をかける健康用具を扱う業界団体、日本国際健康気圧協会は、今月に入ってJADAに対し「我々の製品は、酸素を使わないためスポーツ選手が活用してもドーピングにはあたらないと判断する」と表明しました。

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 今回の判断を下したJADAが具体的に上げた根拠は、2006年9月のWADAの委員会での指摘です。公開されている議事録には「高圧酸素カプセル」が禁止方法のひとつに該当して「禁止されるべき」と明記されています。理事会の決定ではありませんが、実際に適用されても不思議はないと見ています。

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 使用を禁じたもうひとつの背景にはオリンピック独特の厳しい、医療関連物資持ち込みチェックがあります。「持ち込む医療器機および関連製品は、税関で申告しなければならない」となっているのです。しかも反ドーピング規程では、「禁止方法を競技者支援要員が保有」することも禁じています。カプセルの搬入を知った中国当局がドーピングとして摘発にかかる。それが、関係する役員やスタッフの処罰につながると大きな影響を被るとJADAやJOC心配したのかもしれません。

 現実は、高圧酸素カプセルを使ったかどうか、後から検査で発見するのは不可能だといわれます。となれば、他の選手がそっと利用しても、現場を押さえられなければおとがめなしとなるでしょう。しかも、世界各国で高圧酸素カプセルに関して言及しているオリンピック委員会はほとんどありません。中国に持ち込むか否かは別にして、利用する国があってもおかしくないのです。「それは不公平だ」、そんな心理が働くのも当然です。

 WADAに常任理事のポストを持つ文部科学省は、すでにWADAに対して、「このままでは北京オリンピックが公平な大会にならない」として、明確な定義付けするよう求めました。最初の返事には「濃度の高い酸素は認められない」とありましたが、気圧については具体的な提示がなかったといいます。文部科学省は、改めてこの点を明らかにするように要求しています。

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 オリンピック選手で高圧酸素カプセルを日常的に利用してきた人がどの程度いるかは定かではありません。使ったことのない選手も沢山いるでしょう。それでもスポーツの現場で、今回の禁止指示に落胆した人がいたのは、「リカバリー」といわれる疲労回復がオリンピックを戦う上で極めて重要な意味を持っているからです。それは、ことにオリンピックの場合にはリカバリーに携われるスタッフの数が限られていることも影響しています。肥大化を恐れるIOCがオリンピックの参加人数を制限しているため、競技に関わる役員の数も限定されてしまうのです。

 一例をウエイトリフティングで見てみましょう。日本代表は、男女それぞれ3人ずつの6人参加。加わるスタッフは監督、コーチあわせて4人です。ウエイトリフティングでは、1人の選手が試合に臨むのに3人のセコンドといわれるスタッフが必要です。
 試合と同時並行で他の階級の選手には練習時間が組まれています。選手の体調を見極め、作戦をたてるために、練習へのコーチの帯同は欠かせません。そこに1人が入れば、それでおしまいです。状況が許せば、リカバリー対応のスタッフが欲しいところです。
 ウエイトリフティングだけの問題ではありませんが、オリンピックでは多くの競技で同じように限られたスタッフで戦っているのです。となれば、マッサージは受けられなくとも、いつも疲労回復に利用してきた酸素カプセルを使わせたいと考える役員がいても不思議ではありません。

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 一方で、「酸素カプセルにばかり頼る疲労回復策は、トップアスリートの採るべき道ではない」と戒める関係者もいます。適切な身体作りと手順を踏めば、普通に回復できるというのです。

 厳しい条件の中で、コンディションを最良の状態に保つためのリカバリー。そのためにすべきことを専門家は、三つあげています。運動・栄養・休息です。

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運動は、激しい戦いのあとに軽く身体を動かして血流を促し、疲労回復をはかります。試合後のストレッチ、試合翌日のジョギングや散歩がそれに相当します。
 質の良い負荷をかけながらトレーニングをした身体は、適切なクールダウンと栄養補給、そして休息さえあれば十分に回復する能力を備えています。「積み重ねた体力を信じ、周到なリカバリーを重ねればベストを尽くすことができる」。酸素カプセルを使わないとなったからには、若い選手には、この関係者の言葉を贈りたいと思います。

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 WADAとIOCには、まだやり残していることがあります。曖昧なままの措置は、選手や指導者、それに医療器具・健康器機メーカーを含む多くの人を不安定な状態においています。スポーツの公正を守るためのアンチドーピングが、不公平を放置して置いて良いはずがありません。十分な議論のもと、厳密な規程を速やかに公開すべきでしょう。     

投稿者:山本 浩 | 投稿時間:23:59

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