<< 前の記事 | アーカイブス トップへ | 次の記事 >>
時論公論 「連邦崩壊20年・プーチン体制を揺るがす抗議デモの波」2011年12月14日 (水)
石川 一洋 解説委員
先週の土曜日モスクワで下院議会選挙の不正に抗議する大規模な集会がありました。
鉄のカーテンに覆われた超大国ソビエト連邦が崩壊してから今月でちょうど20年になります。あの時も体制変革の原動力の一つは民主化を求める人々のうねりでした。ソビエト連邦崩壊から20年が経つ今、ロシアでどのような地殻変動が起きつつあるのか、きょうは考えてみます。
![]()
抗議集会はクレムリンの対岸にあたるモスクワ川の川中島 ボロトナヤで行われました。
当局側の公式発表では2万5千人、しかし写真やビデオで見る限り参加者の数はそれを遥かに上回っています。集会に参加した私の友人たちは20年前の連邦崩壊以来、これほど大規模な集会は見たことが無いと驚いていました。リベラル派が主催したものの集会にはさまざまな政治勢力が参加しました。
赤旗は共産党、ロシア愛国主義、左派政党の旗も見えます。しかしこの集会の特徴はこうした政治イデオロギーを超えて、多数の一般市民が自発的に抗議の意思を示すために初めて参加したことです。
ロシアの専門家は中間層が初めて自らの政治的立場を表明したと評価しています。
集会では▽下院選挙の結果の取り消しと再選挙▽不正の調査と中央選管委員長の罷免など五項目の要求を採択しました。
インターネットの交流サイトfacebookには「公正な選挙のための集会」というページが作られ集会への参加を呼び掛けています。そこには3万8千人以上の人が参加を表明しています。実名が原則のfacebookで参加すると表明した人が4万人近くいるのです。学生も目立ちましたが、自ら会社を立ち上げた起業家やマネージャーなど企業の中堅幹部などプーチン政権になって形成された中間層が大挙して参加を表明しています。
私は2007年までモスクワにおりましたが、その頃プーチン氏の支持基盤となったのがこうした中間層でした。何故その人々が今プーチン体制への批判へと転じているのでしょうか。
![]()
まずその背景です。もっとも大きな原因は権力独占の長期化に対する嫌気と停滞感が広がってきたことです。経済成長の中でロシアの中間層の厚みが増し、政治的にも経済的にも自由への要求が増えてきました。そしてプーチン氏が作り上げた垂直統治システムと呼ばれる中央集権的な統治システムがこの社会の変化に適応しなくなってきました。
![]()
抗議する中間層は革命ではなく自由化を求めています。もしも体制がこの秋までに政治システムの自由化を表明していればこれほどの抗議行動は起きず、体制は揺らぐことは無かったでしょう。
しかし自由化は進まず、逆にこの9月プーチン首相が3月の大統領選挙に立候補して大統領復帰することを表明しました。プーチン体制がさらに12年間続く可能性があることに反感は強まったのです。
直接の原因は下院議会選挙での不正投票です。
中央選挙管理委員会は、与党統一ロシアは全国で49%、首都モスクワで46%を超える得票を獲得したとしています。しかしインターネットの動画投稿サイトには、投票箱に投票用紙を投げ入れる様子や、選管の委員が投票用紙の統一ロシアの投票欄に書き込みをしている様子などが投稿されています。
さらに子細に投票結果を見てみますと不自然さは明確です。モスクワと隣り合い、投票傾向もあまり変わらないモスクワ州での統一ロシアの得票率は32%です。モスクワの同じ地区の中で一つの投票所では得票率が30%を切るのに、隣の投票所では80%、90%を超えたような例が多数見られます。
![]()
今回の選挙の特徴は、多くの市民が自分の票を盗まれたくないとして、自発的に投票しただけではなく、監視員として名乗り出たことです。そうした市民の前であからさまな不正投票が行われたのです。これが市民の怒りに火をつけました。
今回の選挙で実際は、統一ロシアはどの程度の支持を得たのでしょうか。不正の度合いはどの程度だったのでしょうか。はっきりしたことは分かりませんが、さまざまな専門家の話を総合しますと、モスクワでは多くて30%、全土では40%前後ではなかったかと見られています。市民が怒るのも当然です。
私はソビエト末期、そして連邦が崩壊した時に現地で取材を続けました。あれから20年が経ちます。クレムリン周辺を埋め尽くすソビエト共産党への抗議のデモの波を今でも思い出します。超大国ソビエトも民主化を求める人々の思いと分離独立を強める共和国の動きの中でまさにあっけなく崩壊しました。
連邦崩壊後のロシアは民主主義と市場経済への道を踏み出しました。しかしその歩みはジグザグとした矛盾に満ちたものでした。ハイパーインフレ、民族紛争、議会と大統領の対立、金融破たんなど九〇年代は自由を得ながらもどん底にまで落ち込みました。
ロシア国民は安定を求めるようになり、その要求に応えた指導者がウラジーミル・プーチンだったのです。反動と安定の時代を築いたプーチンも新たな自由化を求めるうねりの中で時代の波に流されようとしています。
では今回のプーチン体制に対する抗議行動の広がりはプーチン首相が大統領復帰を目指す来年三月の大統領選挙にどのような影響をもたらすのでしょうか。そして体制は民主化を求める人々にどのように答えるのでしょうか。20年前にソビエト体制が崩壊したようにプーチン体制そのものの崩壊がありうるのでしょうか。
![]()
最悪のシナリオは、中国の天安門事件のように抗議集会に対して力によって弾圧に踏み切り、その結果人々の血が流れることです。土曜日の抗議集会を見る限り、抗議する側も、また体制も、流血は避けようという意識では一致していたように見えます。
![]()
では体制の側が選挙のやり直しなど自由化に向けて動く可能性はあるのでしょうか。
プーチン首相は、統一ロシアとは一線を画し、さまざまな社会団体や活動家を集めた統一人民戦線を選挙母体とするとしています。自らをナショナルリーダーとして、住民と直接対話することで支持の回復を図る戦略です。ただ私は圧力を受けての妥協は弱みにあたると考えるプーチン氏の性格からいってプーチン氏の側から自由化に踏み切る可能性は少ないと見ています。
そうしますと選挙のやり直しというもっとも主要な要求が満たされない中で抗議活動は続き、大統領選挙に突入することになります。
![]()
ロシアの選挙制度では一回目の投票で当選するためには有効投票の50%を超える票を集める必要があります。現在の状況でも私はプーチン首相にとって一回目の投票で当選する確証はないと見ています。
![]()
左派からは共産党のジュガーノフ氏、公正ロシアのミロノフ氏が立候補を表明しています。そして右派、リベラルな勢力からは大財閥のプロホロフ氏が立候補を表明しました。もしもプロホロフ氏やあるいは辞任したクドリン前財務相など著名な人物が右派をまとめて立候補すれば台風の目となり選挙の状況はさらに混とんとしてくるでしょう。
大規模な抗議行動が今後も続いて、野党の連携を促せば状況が変わるかもしれませんが、上位二人による決選投票では野党勢力がバラバラな状況のままではプーチン首相が有利であることは変わらないでしょう。
私は今回の体制に対する抗議行動はロシアの民主化にとって画期的なことだと評価します。プーチン首相は国民の声を聞き、たとえば比例代表選挙で議席を得る得票ラインを7%から大幅に引き下げたり、テレビの報道への国家管理を無くしたり、そして下院選挙の早期実施を約束したり、政治制度の自由化に自ら踏み切るべきでしょう。
そして大統領選挙を国際基準から見ても公正な形で実施すべきでしょう。それ以外に国民の信頼を回復する道はありません。
いずれにしても12月10日の大規模デモをきっかけに「プーチンはナショナルリーダーである」というプーチン神話は終わりました。下院議会は国民の目から見れば合法性を失っています。もしもこのままの状況で大統領選挙を行い、プーチン氏が大統領に当選したとしても、国民から見れば合法性を疑われる恐れもあるでしょう。
連邦崩壊20年の時に起きた自由化を求める抗議のうねりが再びロシアをその内側から変えようとしています。
(石川一洋 解説委員)
