時論公論 「チェルノブイリに学ぶこと」2011年11月03日 (木)

石川 一洋  解説委員

東京電力福島第一原発事故の被災地、福島からの代表団がチェルノブイリの被災地ベラルーシとウクライナの現地で調査を始めています。被災地ではどのように食料の安全を守っているのか、どのように被災者の健康を守るのか、チェルノブイリの取り組みから何か学ぶことが無いのか、ベラルーシの取材報告を交えて考えてみます。

 私は先月、ベラルーシの首都ミンスクと汚染地帯にあります第2の都市ゴメリを取材してきました。

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 ベラルーシは国土の23パーセントが汚染地帯となっています。
放射性セシウムが1平方メートルあたり3万7千ベクレル以上の土地が汚染地帯とされました。ゴメリの周辺にも、濃い赤で示された1平方メートルあたり148万ベクレル以上の強制移住区域が点々とあります。少し薄い赤の地域は1平方メートル55万ベクレル以上148万ベクレル以下の土地で厳重管理区域とされ、住民は移住を選択する権利を有しています。
原発から150キロほど離れたゴメリ周辺にも高濃度な汚染地帯が広がるなど、汚染全体の面積はチェルノブイリの方が広くなっています。ただゴメリ周辺の汚染の状況は汚染の程度という点では、東京電力福島第一原発の事故の警戒区域や計画的避難区域などの汚染と変わりありません。
 私はゴメリ周辺の強制移住させられた村を訪れました。村はまだ廃墟のままでした。かつては1000人以上の住民が住み、リンゴ畑やブドウ畑があり、豊かな土地でした。ワイン工場も持っていました。しかし今は第2次世界大戦の勝利を記念するソビエト軍兵士の像だけが寂しく残されていました。
 だがすべての地域が強制移住の対象となったわけではありません。ゴメリには今も50万人もの人々が住んでいますし、周辺の村々では農業が続けられています。ゴメリの市場には地元産の肉や牛乳、野菜などが豊富に売られていました。

 私が興味を持ったのはベラルーシなどの研究機関にある膨大な研究データーです。
放射性物質がどのように木や作物に移行するのか、その対策は、植物への遺伝的影響など様々研究調査が継続して行われています。
私が訪れたのはゴメリにあるベラルーシ森林研究所です。日本でも森林の深刻な汚染が明らかになりましたが、この研究所は思いもかけない方法で木々への放射性物質の移行が防げることを発見していました。

 ブルコ主任研究員
「ここにある灌木‘にしきぎ’が生えている松林では、松だけの林よりも松の幹に移行する放射性セシウムの量は12分の1に低下します」

 放射性セシウムは森の土の浅い層に留まっています。
にししぎなど灌木の根は松や白樺よりも地面の表面に張り、様々な養分を出して地表のセシウムなど放射性物質を吸着し、木々に移るのを防ぐ働きをしていると研究所では分析しています。そして木に移行する放射性物質が少なくなれば、当然木々の葉の放射性物質の量も少なくなる。そうすると落葉によってできる腐養層の放射性物質も少なくなり森の表面の土が綺麗になります。

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そうしますと表層に生えるキノコも綺麗になる。
これはほんの一例にすぎません。こうした福島でも利用できる地道な研究成果がベラルーシの研究所には山のようにあります。

 次に注目したのは食の安全、安心を徹底した調査と検査で確保する方法です。
日本と同様、ベラルーシでもキノコや木イチゴなど山の幸は重要な栄養源です。

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これは住民に配られるパンフレットです。その地域の森の汚染状況を細かく書いた地図がまず目につきます。どこなら比較的安全か、どこは危険か、住民に分かるようになっています。どのようなキノコや木の実が放射性セシウムを吸収しやすいのか、それぞれの特徴も書いています。
 充実しているのが食物の検査態勢です。

首都ミンスクにあるベラルーシ最大の食料市場です。卸売市場の役割と食料の即売所の役割を果たしています。ベラルーシの市場に必ずあるのが放射性物質の検査場です。検査場にはちょうどおばあさんが「つるこけもも」に似たクリュクワと言われる実を市場で売ろうと運んできました。箱からまんべんなく実を選び測定器にかけます。10分ほどで結果が出ます。おばあさんの運んできた実は検出限界以下で、無事市場で売ることができました。
全国でこうした検査場は860か所あり、年間1100万の検体が検査されているということです。
 何故こうした検査が可能なのでしょうか。実務的、実際的な測定器の生産、研究態勢が支えとなっていました。
ベラルーシの三つのメーカーには今、日本から測定器の注文が殺到しています。
私が訪れたのは、元々は核物理学の研究所だったメーカーです。連邦崩壊後専門を活かして放射線測定器のメーカーへと変わりました。
市場にあった食品を測定する装置、土壌の汚染をその場で測定する装置、瓦礫の汚染を計る装置。現場からの要請に基づいて、素早く現場で計れる測定器が開発されています。正確性を維持しつつ手軽な測定器の存在が食品の厳しい検査を可能にしています。
そして単に検査するのでは無く、細かな土壌の汚染マップを造り、何故基準値を超えたのか、調査結果から生産現場に還元され、対策を立てるシステムが確立しています。

 ツィブリコ国家チェルノブイリ委員会副委員長
「国が最新の測定器を定期的にそれぞれの検査場に供給し、更新しています。バラバラではなく一つのシステムです」

 福島からの代表団は先月31日にベラルーシに着き、その後ウクライナに入りました。今回の調査は福島大学の災害復興研究所の呼びかけで行われ、住民の9割以上が村の外に避難している川内村の遠藤村長など自治体関係者や農協、森林組合、生活協同組合、そして様々な分野の研究者が参加しています。
代表団が事前に準備した質問項目には、放射性セシウムの健康への影響、損害の算定方法、除染の実施方法、避難した住民の帰還の状況、そして福島に伝えたい言葉など被災地にとって切実な質問が並んでいます。
 チェルノブイリとの間では人工密度など社会環境や土壌や植生など自然環境の違いもあります。しかし私は福島とチェルノブイリの実務的な交流と相互支援はお互いにとって有意義であると確信しています。
 
ベラルーシで私がもっとも印象に残ったのは汚染地帯の総合的な医療体制です。
ゴメリには2003年、近代的な総合病院と研究所を兼ねた医療センターが開かれました。がん、心臓病、内科、小児科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科など19の科目に分かれた総合病院で汚染地帯に住む住民とリクビダートルと呼ばれるチェルノブイリ原発で働いたり、除染作業に従事したりした人々のための総合病院です。
 
チェルノブイリ原発の事故については事故後小児甲状腺がんの優位な増加はあったと認められています。ただそれ以外の病気と事故との関連は世界保健機関WHOなどによれば証明されていません。
私は甲状腺がんのデミチューク医師や心臓病のミチコフスカヤ医師などベラルーシでの医学の権威と面会しました。彼らは同じような立場を取りつつも、現場に近い医師として、「因果関係が証明されていない」と言うことは「何も無い」ということを意味しないとして、被災者に対する医療とさらに継続した調査の必要性を強調しました。

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そのために造られたのが汚染地帯にある近代的な総合病院です。
 福島でも県民の健康調査が始まっていますが、医療、治療があっての調査であり、日本でも放射性物質で汚染された地域に住む人々のための総合的な医療施設を充実させることが必要では無いでしょうか。
 ベラルーシ、ウクライナで福島の代表団は、チェルノブイリの時の日本の支援に対する心からの感謝の言葉と日本に対していかなる支援も惜しまないという真摯な気持ちを受け取ることでしょう。復興に向けて、私たち自身チェルノブイリの教訓、経験、そしてそこから得られた知見に真摯に耳を傾け、学ぶべきでしょう。

(石川一洋 解説委員)