2009年05月07日 (木)『刑事コロンボ』のもとになったのはあの小説!?
今年3月に放送した『ドラマバーBS2』制作中にスタッフからこんなことを聞かされました。
「YUKIさん、『刑事コロンボ』ってある有名な小説がモデルになっているってファンの間で言われているんですけど、知っていました?」
その小説とはドストエフスキーの『罪と罰』。
えっ、それは知らなかった。あの小説を読んだのはなにしろ30年も前。ストーリーはおぼろげにしか覚えていなくて、あれのどこがどう『刑事コロンボ』と重なるのか、全く思い出せません。
『刑事コロンボ』ファンの私としては、これは確認しないわけにはいきません。ということで、読み直してみたところ、『罪と罰』と『刑事コロンボ』の共通点って、こういうことのようです。
【1.犯人が誰だか最初から読者/視聴者に提示されている】
『罪と罰』は金貸しの老婆が殺された事件を扱っています。その犯人が物語の主人公ラスコーリニコフであることは読者に最初から明らかにされています。
『刑事コロンボ』も犯人が殺人を犯すところから毎回始まりますね。これを犯罪ドラマの世界では「倒叙ミステリー」と言うんですが、「犯人が誰か」を探るよりも、「どうやって犯人を追いつめるか」が物語の最大の魅力ってことですね。
【2.自分は他人とは違うという意識の強い犯人】
ラスコーリニコフは自分の思想を実現するためには「ある種の障害を踏み越える権利」を有していると考えています。平たく言うと、殺人が許される場合が時としてあるということ。『コロンボ』の犯人も多くは社会的に地位が高く、自分の存在が(ほかの人よりも)社会にとって意義があり、だからこそ自分を守るためには殺人が許されると考えている節があります。
【3.コロンボのモデル?の予審判事】
『罪と罰』で犯人ラスコーリニコフを追及するのは予審判事のポルフィーリイ。彼にはコロンボと同じ特徴がいくつもあります。
○「もうひとつおうかがいしたい」とか「もうひとつちょっとした質問をさせてもらえませんか(もうすっかりご迷惑をおかけしましたが、)」とポルフィーリイは遠慮がちながらも犯人を質問攻めにします。コロンボの口癖と同じですね。
○事件と関係なさそうなムダ話をして犯人の警戒心をとく。ポルフィーリイは自分が官舎に住んでいること、今そこを修理中だということを、くだくだとラスコーリニコフに語って聞かせます。ラスコーリニコフはそんな彼を、そんなことをして私の警戒心を眠らせておこうって魂胆だろう、と見抜きます。
○ヘビー・スモーカーのポルフィーリイ。自分がタバコをやめるべきだということを延々と語って聞かせます。もちろんコロンボは葉巻がやめられません。
【4.最後の決め手は犯人の自供】
ポルフィーリイはラスコーリニコフが怪しいと思いながらも証拠がないために逮捕することができません。しかし事件はラスコーリニコフが警察に出頭してみずからの罪を認めて自供することで決着を見ます。
最近のアメリカ・ドラマでは科学捜査によって証拠を積み重ねるというお話が一般的ですが、70年代のコロンボは、最後は犯人が自供して終わるというのがもっぱらですね。コロンボが証拠よりも自白を重視するのは、『罪と罰』の影響とみることもできるかもしれません。
とまぁ、ファンの間ではこうした共通点が知られているのでしょうか。なるほど。
30年前、『罪と罰』は読んでおかなきゃいけない世界の古典程度にしか思ってなかったので読み進むのが結構苦痛なところもありましたけど、今回は『刑事コロンボ』のモデルになった小説だと思って読み始めた途端、スラスラ読めちゃったから不思議なもんです。
みなさんも古典文学じゃなくて『刑事コロンボ』のもとになったミステリー小説だと思って『罪と罰』を手にとってみてはいかがでしょう?私が気づいた以外にも共通点があるかもしれませんよ。
《参考文献:ドストエフスキー『罪と罰(上)(中)(下)』(江川卓訳・岩波書店)》
投稿者:YUKI | 投稿時間:12:50
