鹿児島県の戦争体験

太平洋戦争が始まって70年。戦争を体験した人々の証言がますます貴重なものになろうとしています。鹿児島県の戦争体験を語り継ぐためにこのウェブサイトを開設しました。

鹿児島は、陸軍の歩兵「45連隊」、「71連隊」、「145連隊」の編成地で、それぞれブーゲンビル島、ノモンハン・ルソン島、硫黄島と、主に鹿児島県出身の将兵が激戦地に投入され、数多くの戦死者を出しました。

また、昭和20年の沖縄戦の際は、陸海軍の特攻隊の出撃地になり、鹿屋、串良、知覧、出水などの飛行場から大勢の若者が出撃していきました。モーターボートに爆薬を積んだ海軍の特攻兵器「震洋」の出撃基地も、鹿児島県本土の入り江や、奄美大島、喜界島などにも設けられていました。

こうした特攻基地がおかれたことなどから、米軍のB29爆撃機や艦載機による鹿児島県内に対する空襲は激しく、特に昭和20年6月17日の鹿児島市への空襲は激烈を極め、7000人近い死傷者を出しました。

このウェブサイトでは、鹿児島県出身者などの戦争体験や関連の番組、当時のニュース映画を見ることができます。地域の戦争体験を未来の世代に伝えていくためにもご活用ください。


昭和20年6月17日の空襲直後の鹿児島市