西郷どんを訪ねて ゆかりの地巡り

西郷どんを訪ねて ゆかりの地巡り

4 鹿児島市 <中薩摩・南薩摩>

西郷どんを訪ねて 第七回

西郷とお金

(平成29年10月12日 情報WAVEかごしまで放送)

今回のテーマは…「西郷どんとお金」

西郷どんとお金

このテーマは小学6年生の肝付藍丸くんの質問から生まれました。

西郷さんは貧乏で有名ですが一度もお金持ちになったことはなかったのですか?

お金の話、気になります。早速肝付くんを訪ねました。

肝付くんは歴史が大好きで、学校の授業をきっかけに西郷どんのファンになったそう。
今回の質問は、「維新ふるさと館に勉強に言ったときに、何度も西郷さんが貧乏だったという話が出てきて、貧乏だったということばかりだったので、一回もお金持ちになったことがないのかな」、と不思議に思って質問してくれたみたいです。

では早速、内アナウンサーと一緒に調べにいってもらいましょう!
まず二人が訪れたのは、鹿児島県歴史資料センター「黎明館」。

黎明館

ここで学芸員の方に見せてもらったのがこちら。

萬留

これは「萬留(よろずどめ)」。西郷家の家の様子をいろいろと記録した物です。
この中に西郷家の懐事情が書かれているのですね。

四十七石

ここには、四十七石と書かれていますが、これが当時の年収だそうです。
ちなみに一石=6万円くらい。
大体年収282万円(47石×6万円)で暮らしていたことになります。
この47石で、10人以上の大家族を養っていたため、真冬に布団がなく、西郷どんが弟や妹に布団を譲ったというエピソードが残るほど貧乏だったようです。

ただ、西郷どんはずっと貧乏だった…

というわけではございません

というわけではないんですね。こちらをご覧ください。

永世禄2000石

明治維新での西郷どんの活躍を賞して、永久的に毎年2000石与えますよ、という意味だそうです。
一石=6万円とすると、なんと…1億2000万円。

驚く肝付くん

これには肝付くんも苦笑いです。
ただ、貰った額が大きいだけでないのが西郷どん。
学校を作ったり若手を育成したりすることに使い、自分のために使ったという話はほとんどないのだそう。さすがです。

莫大な収入を若者の育成に使い、質素な暮らしを続けたという西郷どん。
そんな西郷どんの思想の基には幼い頃の教えがありました。
それを教えてくださるのは、この方。

県立図書館原口館長

原口館長が案内してくれたのは、川沿いにある「いろは歌」の歌碑。

歌碑

これは、戦国時代の島津家・中興の祖、島津忠良、通称「日新公」がつくり、その後ずーっと、薩摩の武士教育の基本となってきたものです。

「ろうのうえもはにうの小屋も住む人の心にこそは高き卑しき」

豪華な2階建ての家も、そまつな自分の家も、それで人間が高い低いというわけではなく、住む人の心こそ尊いとか卑しいとかと言う風にある、という意味だそう。
このいろは歌のとおり、貧乏を決して恥とは思わず、武士としての誇りを持って質素な生活をしていたのが、西郷さん達だったんですね。

こうした教えを最初に伝えるのは、家庭での母親だったと、原口館長はいいます。

母の教え

「西郷さんはいつもお母さんの満佐が、一家のために自分を殺して自分を後回しにして働いている後ろ姿をみて育っていた。のちの敬天愛人の思想につながっている考え方はお母さんの後ろ姿を見て身に付けたんじゃないかと思います」

西郷どんとお金の関係をみてきた肝付くんは…

指切り

「お金を稼ぎたいという気持ちだけじゃなく、広い視野を持って人のためにお金をうまく使える大人になってもらいたい」というお母さんの思いに答えられるように頑張りたいと約束していました。

貧乏を決して恥とは思わず、武士としての誇りを持って質素な生き方を貫く西郷どんを育てた母・満佐子。来年の大河ドラマでその母親役を演じるのが松坂慶子さんです。

松坂さん

母は、貧しさの中で、どうやって西郷どんを育てたのか。
松坂さんも、その実像に迫ろうとしていたそうなんです。
ことし6月、松坂さんが訪ねてきたという鹿児島市の文学サロン。
役作りのためお忍びでやってきたそうです。

県立図書館の皆さんと松坂さん

これがそのときの写真。原口館長もいらっしゃいますね。
薩摩の子育てを知ろうと、鹿児島の女性たちや歴史の専門家と一緒に、貧しさを恥じることなく毅然と子どもに接する薩摩の母について語り合ったと言うことです。

愛情深く凛としていて物事を言うときにはぴしっという鹿児島の母親像。
松坂さんの魅力と合わさり、さらに素敵な満佐子さんになりそうです。

大河ドラマの中でも、松坂さん演じる母親・満佐子の教えを聞きながら立派に成長していく西郷どんを見るのが今から楽しみですね。次回も乞うご期待!

◀︎ ゆかりの地巡りトップへ  ◀︎ 中薩摩・南薩摩エリアへ
ページ上部へ