2013年6月28日の

一番星
赤野 清隆さん

赤野 清隆さん

職業:三味線奏者

★鹿児島の魅力を民謡で伝えたい!★

 県内外で活躍するプロの三味線奏者の赤野清隆さん。鹿児島の風土や歴史を伝える民謡を、次の世代に歌い継ごうと演奏を続けています。スタジオでのライブとインタビューで、赤野さんが歌う鹿児島民謡の魅力にせまります。

 

 赤野さんが1曲目に歌ったのは、「鹿児島小唄」という民謡です。昭和6年、鹿児島で国産振興博覧会というイベントが開かれ、その時のキャンペーンソングとして作られた民謡です。歌詞の中には、「桜島」や「城山」など鹿児島の名所旧跡がいくつも描かれているため、県内の人々に長く愛されてきたそうです。
 「地元の民謡は、地元の人にしか歌えない」。赤野さんは、鹿児島出身の人にしか、鹿児島に伝わる民謡を歌いこなすことはできないと考えています。そこで赤野さんは、歌詞に出てくる「方言」や「なまり」に特に注意し、自分の言葉として歌うよう心がけているそうです。生まれも育ちも鹿児島の赤野さんは、地元の人にしか伝えられない鹿児島の魅力を、民謡を通して発信しようとしています。

 

 赤野さんの目標は、鹿児島の民謡を次の世代に歌いつぐことです。いま県内では、民謡を歌う人や聞く人が少なくなっており、民謡が人々から忘れ去られようとしています。
 そこで赤野さんが始めた活動が、民謡の「復曲」です。県内各地の高齢者のお宅を訪ねて、昔歌っていた民謡を歌ってもらい、その音を頼りに楽譜を書き起こす活動です。ほとんどの民謡は人から人へと歌い継がれて来たため、楽譜がありません。赤野さんは民謡を楽譜に書き残すことで、若い人でも民謡を歌うことができるようにしたいと考えています。また赤野さんは、古いレコードを集め、その音源を聞きとって譜面を起こす作業も行っています。
 赤野さんは、民謡を次の世代につなぐことが、自分の使命だと感じていると言います。

 

 2曲目は、「桜島大正噴火」という民謡です。100年前に起きた桜島の大正噴火の様子を、克明に現しています。その当時、町を渡り歩いて地域の情報を歌にして伝えていた「瞽女(ごぜ)」が、この民謡を作ったと言われています。「瞽女」の民謡は、当時の最新の情報を伝えていたため、現代のニュースのような役割を果たしていたそうです。
 「桜島大正噴火」では、被害の状況を詳しく説明するだけではなく、噴火に直面した家族の心境も描かれています。記録だけでなく、記憶としても災害の恐怖を伝えているのです。赤野さんは、歴史を語り継ぐこの民謡を通して、現代に生きる私たちも災害の教訓から学ぶべきことがあると訴えていました。

番組制作者からひとこと
番組制作者からひとこと

 今回、民謡という日本の「伝統芸能」に携わる方とお会いするということで、少し緊張しながら取材に臨みました。しかし実際に会ってお話を聞いてみると、赤野さんはJポップや洋楽もよく聞かれるそうで、カラオケも大好きだとおっしゃっていました。赤野さんの部屋には、時代を問わず様々なジャンルのCDやレコードが置いてあり、本当に音楽を愛する方なのだなと思いました。伝統芸能を受け継ぐ人の、プライベートな一面を見せて頂けた気がしました。
 しかし、いったん三味線を持つと、赤野さんの表情は一変します。三味線を弾きながら民謡を歌う時の赤野さんの視線は真剣そのもので、その場の空気が少し変わるような感覚を受けました。また民謡の復曲のために県内各地を回って聞き込み調査を行い、苦労して作られた手書きの楽譜を見せて頂いた時は、赤野さんが人生をかけて民謡と向き合って来たことを痛感させられました。
 伝統芸能に携わる方の取材をさせて頂いたことで、文化や歴史を受け継ぐ人々の、並々ならぬ責任感と強い意志を感じました。日本の伝統芸能は、赤野さんのような人々に支えられて、これまで長い間にわたって守られて来たのだろうと思いました。