投票はしたいけれど... ろう者に立ちはだかる"情報の壁”
- 2023年04月28日
国民に等しく与えられた選挙権。しかし、その権利を行使できずにいる人たちがいます。耳が聞こえず、手話で生活する「ろう者」です。候補者の経歴や公約などの情報を得ることが難しく、投票をあきらめざるを得ないと言います。なぜこうした状況が、放置されているのか。私は、手話通訳を介して、ひとりのろう者を取材しました。
(鹿児島局ディレクター 宇野志歩)
投票を諦めた女性
鹿児島市内にある就労支援施設。聴覚に障害のある人たちが働いています。
この施設に通う、ろう者の湊崎ハツヱさん。生まれてすぐの高熱が原因で、耳が聞こえなくなりました。湊崎さんは、選挙で投票することを諦めています。
私は耳が聞こえず情報が入ってこないので、選挙で誰を選んでいいのか、わからないです。
湊崎さんにとって、街頭演説や政見放送から候補者の情報を得ることは、困難です。また、テレビや新聞などのメディアから情報を得ることにも、高いハードルがあります。
その原因は、手話の文法や表現が、日本語とは全く異なるからです。
日本語とは文法も表現も異なる手話
例えば、「どこに遊びに行くの?」を手話で表現すると、このようになります。
まず、動詞の「遊ぶ」と「行く」を組み合わせて、「遊びに行く」。
次に、「場所」と「何」を組み合わせ、「どこへ」という意味になります。
「とても」や「ゆっくり」といった副詞は、顔の表情で伝えます。
つまり手話とは、相手の手の動きや表情を見て理解する「視覚言語」で、私たちが話している日本語とは別の文法で構成される、独自の言語なのです。
ろう者には得にくい選挙情報
そのため、日ごろ手話を使って生活している「ろう者」の中には、日本語を理解するのが難しく、必要な情報を得られないという人がいます。
例えば、障害者雇用の助成金について書かれたこちらの新聞記事。
理解できるのは「仕事」のことくらいかな…
後は文章を読んでも、何を書いているのかよくわかりません。
さらに、テレビのニュースでも。
生放送のニュースでは、ナレーションを文字で伝える字幕がどうしても後追いになり、映像とずれてしまいます。そのため、内容を把握することが難しいといいます。
実は湊崎さん、以前は投票に行っていました。夫の芳明さんが手話で伝えてくれる新聞の記事をもとに、候補者を選んでいました。
ところが3年前、芳明さんが病気で新聞を読めなくなり、その情報も途絶えてしまいました。
選挙に行く必要はあると思っています。手話があったら、迷わず行けるのに…
今後どうしていけば…?
こうした状況、どう改善していけばよいのでしょうか。
障害者の政治参加に詳しい山本忠教授は、法の整備と、障害に応じた「情報の保障」が必要だと言います。
政見放送に手話通訳をつけるかどうかについては、政党の任意になっています。
しかし、聴覚障害者の知る権利を保障するのは、国の責任ではないでしょうか。
聴覚障害といっても、ひとりひとり状況が違うため、これからは、その人にあった支援を提供すべきです。
取材後記
ろう者の皆さんにお話を伺う中で、例えば、選挙ポスターにQRコードをつけて、それをスマホなどで読み取ると、候補者の主張や政策が手話動画で説明される、といった仕組みがあれば、とても助かるという声もありました。
文字情報があれば大丈夫なのでは?と思われがちな、ろう者への情報保障。今回の取材で、手話がどれほど必要とされているか、痛感しました。
一方で、中途失聴した方たち中には、字幕放送を必要としている人もいます。同じ「聴覚障害」と、ひとくくりにするのではなく、すべての人が等しく選挙権を行使できるよう、私たちメディアを含め、制度やサービスを改善していくことが必要だと感じました。