Japan Prize 2016

1980年秋田県生まれ
タレント
テレビやラジオに留まらず、エッセイなどでも幅広く活躍。調理師免許や日本舞踊師範の資格などを持つ。
NHKドラマ「夏目漱石の妻」やNHKラジオ第2「高校講座」の保健体育に出演。

——まずは番組をご覧になった印象から

番組をぜんぶ観終わったあと最初に思ったことは、なんて鮭がたくさん出てくるんだろうということです(笑)。毎回のように食事が鮭でしたから。もしもこの番組をアメリカでやっていたらチキンばかりになるのかなあ。食べるものを合理的にして、同じものばかりを出すことは、本当は心のあり方にとても影響することだと思うんです。同じものばかりを食べることで、統率されやすくなるんじゃないのかなという気がします。

——彼らの置かれた環境よりも食べ物のことが気になった?

ええ。きっと、この番組の世界を不自然だと感じる方は多いと思うのですけれど、私にとってはとても自然に思えることばかりだったんです。ものすごくざっくり言うと、実は私、こういう生活をしたことがあるんですよ。もちろん、この通りではないんですけれど、私が子どものころに受けていた教育って、ちょっとこれに近いものなんですね。だから、どちらかというと、番組に出てくる人たちはみんな洗脳されてしまったとか、独裁者って怖いんだなといった感想よりも、これはこれで1つの世界だから、人間はこうなることもあるよねという感想なんです。

ーーそういう学校に通われていた?

はい。集団で何かをやるときに、上の人の言うことは絶対という環境です。ちゃんと名前を書かされるアンケートがあって、それってアンケートなのかなと思うんですけれど(笑)、今の学校環境には満足しています、将来は立派な人になりたい、なんてことを書くんですよ。番組の中に出てくるアンケートと同じです。あとは、生徒たちで善人評価というものをやるんです。生徒の名簿が配られて、毎日時間を守る人を3人選びなさい、規則を守れている人を3人選びなさいなどという感じです。終業式の日に、評価の高かった生徒が表彰されるんです。すごい教育ですよね(笑)。私も何度か表彰されましたけれど、単純にすごく嬉しいんですよ。

ーー辛さよりも嬉しさの方が勝っていた?

抑圧された環境の中で褒められるとすごく嬉しいんです。わかりやすい飴と鞭です。辛かったり怖かったりのあとに嬉しいことがセットになっているという体験をすると、辛いことを受け入れやすくなりますし、辛い経験が薄れますよね。そういう学校生活を送っていたんです。

ーーやめようとは思わなかった?

小学1年生の時からそういう生活ですから、私にとっては世界はそういうものだったんです。常に飴と鞭がある世界。先生という絶対的な存在がいて、その存在に認められたい、褒められたいという生活。この番組の独裁者のような存在ですね。

ーー番組の独裁者は姿を見せません

でも、メッセージは届きますよね。会ったことはなくても、自分たちに向けられた強いメッセージがあれば、疑似体験ですけれども、会ったのと同じことになるのではないでしょうか。

ーー姿を見なくてもそこは疑わない?

疑わないというよりは、そもそも疑えないのだと思います。毎日はどんどん過ぎていきますから、独裁者の存在を疑う前に、まずは目の前にある仕事をやらなければならない。それに彼らは自由に過ごしているのではなく、厳しく管理されていますから、だからこそ独裁者の存在を疑わず、受け入れていくのでしょう。私のような教育を受けると、そういう存在は別に悪いものではなく、良いものだと思ってしまうので、疑うこともないと思います。

ーーまずあの場を去ったのは、一見強そうな男性たちでしたね

どういう気持ちであの場を去って行ったのかは正確にはわかりませんが、きっと彼らは、いろいろなものを失ったときに、"生きること"を選べる人なのでしょう。まず自分があって、そこに日常を引き寄せていく人と、まず環境があってそこに自分を合わせていく人がいるとすれば、自分で日常をつくる自信のある人が去り、環境に合わせる自信のある人が残る。そういうことなのだと思います。どちらの人も自信はあるんですよね。ただ、その自信がどこに向かっているかが違うだけです。

ーーご自身はどちらのタイプですか?

私自身は、たとえば学校の合宿などで、どれほど厳しい経験をしても、最後の日には寂しいと思うほうなので、きっと環境に合わせることができる人間なのかも知れませんね。順応できちゃう。ただ、それは自分が教育を受けているという明確な目的があるときだけです。恋愛や社会生活の中では、また話が違ってくるのだろうと思います。恋愛の相手や、職場での人間関係があまり良くないと感じたら、順応せずにすぐに出て行ってしまうでしょう。もしも自分がこの番組のメンバーだとすると、みんなで仲良く励まし合っている間は、その場にいたいと思うでしょうけれども、人間関係が悪くなって争いごとが絶えなくなれば去ってしまう気がします。

ーー彼らの人間関係はどうでしたか?

「自分たちは目的を持ってここにいるのだから、多少の争いがあっても、受け入れなければならない」そんな意思を感じましたし、考え方は違っていても、日に日に団結力は高まっているように見えました。あの世界ではネットも使えず、外の人たちとの交流はありませんから、だからこそみんなの結びつきが強くなったのかも知れませんね。これが実際の社会だったら、表面上は仲良くしながら、でもお互いに本心は明かさずにネットで思いを吐き出す、そんなことになりそうです。

ーー番組の中盤で、ファンナが「よそ者嫌いをあぶり出す」と言い始めました。

たぶん議論好きの性分がでたんじゃないでしょうか。刺激のない生活の中では話すことだけが唯一の楽しみですよね。でも、みんな同調するばかりで、あまり議論になりませんから、議論したいという気持ちが満たされない。だから、あまり議論に慣れていないカロリーネを狙って、彼女が議論が上手ではないとわかっていて、あえて攻撃したんじゃないでしょうか。おそらくガブリエッラやサンナに議論を仕掛けても、相手にされなかったんじゃないかと思うんです。でも、カロリーネはディベートに慣れていなかった。彼女はそういう育ち方をしていないんですね。きっと外にいたら決して交わらない人たちです。だからこそファンナは彼女に議論を仕掛けたのでしょう。もしかしたら、ファンナが一番刺激に飢えていたのかも知れませんね。

ーーかなり議論が白熱して、ケンカのようになりました。

スウェーデンの国民性がチラッと見えましたよね。みんな政治の話をするし、タブーもあまりなさそう。移民だったり、マイノリティーだったりと、それぞれの育ってきた背景もまるで違っていますから、きっと「よそ者」の概念が日本とはずいぶん違っているのでしょうね。そう考えると、日本の方が「よそ者」の線引きは厳しい気がします。日本では、みんな育ってきた背景も外見も似ているし、言葉も同じですから。逆に少しでも何かが違っていれば「よそ者」になりやすいのでしょう。

ーーこの番組の企画自体はどう思われました?

実は、ときどきこういう生活をするのは悪くないかも知れないなって思ったんですよ。今、私たちは何でも手に入る世界で暮らしていますけれど、こういう何もない状態、自分では何も決められない暮らしを、たとえば10日間だけやって、また元の生活に戻ると、いろいろなものに気づけると思うんです。だから年に1度、精神の人間ドックのような感じで、こういうことを実施するところがあってもいいのではないでしょうか。

ーー実施するところというのは、教育機関としてですか?

それは難しいかも知れませんね。やりかたがわからないでしょうから。教育者が、ちゃんとやりかたをわかった上で、なぜやるのかという目的をきっちり設定して、そして、こういう独裁的な世界に置かれたときに人はどうなるのかまでをしっかりと把握した上でやるのであればいいのですけれど、それをわからないままやってしまうと、少し恐ろしい気もします。本当の独裁ならこうなります。でも、これは教育だからここまでで止めます。そんなふうにできるのなら、あっても良いかなという気がしますけれど。

ーー独裁的な暮らしがあってもいい?

人間は何かに依存して生きていますよね。誰もが先頭に立ってみんなを引っ張っていく人になれるわけではありませんし、どちらかといえば、あとについていく人のほうが多いじゃないですか。もちろんみんな自立したいという気持ちはあるのでしょうけど、同時にどこかで統率されたいという思いも持っているはずです。自立と依存との間で揺れているのが人間ですから。だから、きっと私たちの暮らしをよくするためには独裁的な何かも必要なことの1つだと思うんです。もちろん、本当に独裁がこれまでに引き起こしてきたことは知識として知っておかなければならないと思いますが、独裁は少し形を変えて私たちの毎日の中にもあるわけですから。

ーーラストシーンはどうご覧になりましたか?

彼らはたぶん、もう独裁というシステムから逃れられないのだろうと感じました。ああやらないと番組が終われなかったのだろうと思います。きっと制作された方の苦肉の策なんじゃないでしょうか。ただ、私としてはパラレルワールド的な終わり方でホッとしたんですよ。賞金のことを気にされる方もいますけれど、たぶん、もう彼らにはお金は必要ないんです。あの世界に存在し続ける以上、お金は不要ですから。全ては与えられます。番組の中盤で、外に出たら何がしたい、家に帰ったら何がしたいという会話があったじゃないですか。もう、その時点でお金というものが消えたのでしょうね。誰も賞金でやりたいことの話をしませんでした。でも、それはそれですっきりしたから、私はこれでよかったんだと思います。

Swedish Educational Broadcasting Company (UR)/Art89

▲TOP