「咲くやこの花」の世界

百人一首や番組のストーリーについて、解説いたします!

咲くやこの花 | 「咲くやこの花」の世界

 咲くやこの花を彩る、百人一首の世界。

 このコーナーでは、ドラマの中で登場した百人一首の解説をいたします。

 歌の意味や背景を知れば、咲くやこの花の世界により深い味わいが…!

 百人一首監修 吉海直人さんの監修のもと、制作スタッフがドラマの内容と絡めながらお送りいたします。

 土曜時代劇『咲くやこの花』 最終回まで見続けて頂きまして、ありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。

 このコーナーも最後となりますが、取り上げたい歌が沢山ありますので、ご紹介します。

最終回「今は春辺と」に登場

夕されば 門田の稲葉 おとづれて

あしのまろやに 秋風ぞ吹く

作者 大納言経信(だいなごんつねのぶ)

 上の句が「ゆ」の音から始まる歌はこの歌と、おなじみの「由良の戸を」の2首のみ。こいと花嵐の試合、最後に残ったのはこの2首でした。

 そして、花嵐が取ったのがこの歌。お手つきで一枚こいに渡すこととなりました。

 二人の好勝負。殺陣で言えば、どちらが「先に斬るか」、西部劇で言えば「どちらが先に撃つか」そんな緊迫感が漂っていましたね。

 意味は以下の通り。

 夕方になると、門前に広がる広大な田の稲の葉たちがさやさやと音をさせて、葦葺きの小屋に秋風が吹いてくることだ…。

最終回「今は春辺と」に登場

百敷や 古き軒端のしのぶにも

なほあまりある 昔なりけり

作者 順徳院(じゅんとくいん)

 「しのぶ」という言葉には「偲ぶ」という意味と「しのぶ草」という植物がかけられています。シダ植物の一種で、ノキシノブのことだそうです。建物の荒廃を表す場合によく用いられるもので、「偲ぶ」とかけられることによって、今は荒廃してしまっているけれどかつては繁栄をきわめたことを偲んでいるということを表します。


 歌の意味は、宮中の古びた軒に、はえているしのぶ草を見るにつけ、いくら偲んだとて偲びきれない、かつての栄華であることだなあ。


 徳兵衛・順軒親子の百敷屋も、あっという間にぼろぼろになりましたね。順軒が手に持っていたのは、シダ植物だったでしょうか。父・徳兵衛が「そのまんまではないか」とツッコミを入れていましたが、本当にそのまんまですね。

最終回「今は春辺と」に登場

君がため 惜しからざりし 命さへ

ながくもがなと 思ひけるかな

作者 藤原義孝(ふじわらのよしたか)

 まずは意味から。

 あなたのためならまったく惜しくはないと思ったこの命でさえ、あなたとお逢いできた今となっては、少しでも長くあってほしいと思うようになりました。

 門田に対して仇討ちを望むかと問われた由良は、この歌を門田のもとに送りました。門田は、「今の若者は軟弱になった」と嘆きます。門田はこの歌から由良の想いをどこまで察したのでしょうか。

 おはな先生(花嵐)ならば、この歌を送った由良のことをどう言ったでしょうか。

 こいに直接この歌を贈ったりしないところが、由良らしいのかもしれませんね。


 以上で、ご紹介する歌も最後となりました。

 ご愛読ありがとうございました。

 第9回「今日を限りの」。お楽しみいただけましたでしょうか。

 心から慕う師が最後の相手であるとは。

 来週は最終回、いよいよ、こいとはな いや 花嵐 との対決です。

 今回は当時のかるたの遊び方のこぼれ話を一つ。

 当時、百人一首でどんな遊ばれ方(どんなルール)をしていたのか、どんな罰則があったのか、その詳細は分かっていません。自分自身の生活や、外で駆け回り、わあわあ言いながら遊びに興じていたころのことを思いだしてみれば、確かにそうかもしれませんね、「遊び方」というのは言葉で残すものではなく、遊んでいる人たちの中で伝わっていくもので、それがまた時を経て、場所を隔てれば少しずつ変わっていく、そういうものなのかもしれません。

 という訳で、今回の大江戸百人一首かるた腕比べのルールは、番組独自のルールを採用しています。

 今回、この番組では採用していませんが、今ではあまりお目にかかれない面白いルールもあったようですので、その一つをご紹介しましょう。


 そのルールとは「役札」です。

 現在のかるた取りではすべての札が平等、つまり取った札一枚は「一枚」と数えられますが、かつては役札というものがありました。一枚が5点や10点と数えられたものがあるということですね。雪・月・花・恋が歌の中に含まれていれば役札となったようです。

 さらに面白いのは、月の歌の中でも「めぐり逢ひて」の歌は、

 「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」

 ということで、月が雲に隠れている「隠れ月」だから役札から除外とか。

 花の札の中でも、「久方の」の歌は

 「久方の 光のどけき 春の日に しづこころなく 花の散るらむ」

 ということで「散り花」だから役札にならないとされていたそうです。

 さらにさらにしゃれているといえば、このコーナーでも紹介しました定家の「来ぬ人を」の歌は「焼くや藻塩」とあるので、「焼く(役)」札になっているというもの。


 こうしてみると、歌そのものだけでなく、遊び方にも風情があったのですね。


 さて、来週のこいと花嵐の対決は真剣勝負です。どんな結末が待っているのか、お楽しみに。

第8回「恋ぞつもりて」に登場

心にも あらで憂き世に ながらへば

恋しかるべき 夜半の月かな

作者 三条院(さんじょういん)

 十年前、おこいちゃんがあのかるたをあの河原で拾ってきた時、お父さんの長吉さんは、大事なものをしまう箱をつくってくれました。おこいちゃんは、その箱に大切なものをずっとしまってきたようです。

 でも、長吉さんがしまっておかなければならなかったもの、そしていつかはおこいちゃんに見つけてほしかったもの、それも箱に忍ばせていたようです。

 この箱を作っているときの長吉さんの気持ちはどんなだったのでしょうか。


 おこいちゃんが、拾ったかるたでさっそく勉強を始めていて、歌を覚えていた時のこと。おこいちゃんが「心にも」の歌を読んだ瞬間に長吉さんは物悲しい顔になったのでした。

 それでもなお長吉さんは、おこいちゃんやおそめさんと暮らした日々は素敵な思い出が詰まっていると思っていたと信じたいです。


 歌の意味は以下の通り。

 「これから本心とは裏腹につらいこの世に生き長らえてしまったら、かならず今夜の月を恋しく思うに違いないのだ…」

第7回「みをつくしても」に登場

今はただ 思ひ絶えなむとばかりを

人づてならで 言ふよしもがな

作者 左京大夫道雅(さきょうのだいぶみちまさ)

 おはな先生がかつて愛した人、畠田雅道という人は亡くなっていました。その妻 よしが生前の雅道が口ずさんでいた歌をおはな先生に伝えました。それがこの歌です。

 意味は「あなたとの恋を成就させられなかった今となっては、あなたのことを諦めますということだけでも、直接お逢いしてお伝えしたかった。」。

 歩いたり、船に乗ったりすれば、遠くにいる人にでも会いにいくことができます。昔も今も変わらず。でも人は、「今は逢えない」と想う人とは、どんなに物理的に近くにいたとしても、逢えないですよね。この気持ちもまた今も昔も変わらないものではないかと思います。この心のカセとは一体なんなのか、時々そう思うことがあります。

第7回「みをつくしても」に登場

奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の

声聞くときぞ 秋は悲しき

作者 猿丸太夫(さるまるたいふ)

第7回「みをつくしても」に登場

花の色は 移りにけりな いたづらに

我が身世にふる ながめせしまに

作者 小野小町(おののこまち)

第7回「みをつくしても」に登場

これやこの 行くも帰るも 別れては

知るも知らぬも 逢坂の関

作者 蝉丸(せみまる)

 百人一首に親しんだことのある方なら、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、このドラマの登場人物たちの名前は百人一首の歌から取られているようです。それがよく分かるのがこの三首です。

 「猿ちゃん、蝉ちゃん、小町ちゃん」という愛称で呼ばれている3人組はこれらの歌の作者の名前から取られています。

 凧作りで細々と生計を立てていた由良はこの子供たちにそれぞれの名前にあった歌を書き入れた凧を作ってあげました。それぞれの歌の頭の文字をひらがなに開き、ならべると「お・は・こ」となります。こいは、由良の凧づくりが「十八番(おはこ)」であると評しましたが、由良は凧に書かれた頭文字を横に読んだのだと勘違いをしていましたね。

 百人一首とこのドラマの設定や登場人物の名前などが関わっているものがまだまだ沢山あるようです。過去6回を振り返って、あるいはこれからの3回、このドラマに隠された百人一首との関わりを探しながらご覧頂くのも楽しいかもしれません。

 ちなみに三首の意味は以下の通りです。


★「奥山に」→奥深い山に、散って地面に敷き詰められたようになっている紅葉を踏んで、鳴く鹿の声を聞くとき、秋は本当に悲しい季節なのだなあと感じられます。

★「花の色は」→桜の花の色は、はかなくてあせてしまいました、長雨が降り続く間に。そして私の容姿もむなしく衰えてしまいました。物思いにふけっている間に。

★「これやこの」→これがあの噂に名高い逢坂(おうさか)の関か。名前に違わず、都から東へ行く人も、それを見送って都へ帰る人も、知っている人も知らない人もみんなここで別れと出逢いを繰り返しているなあ。

第6回「花さそふ」に登場

花さそふ 嵐のあらしの庭の 雪ならで

ふりゆくものは わが身なりけり

作者 入道前太政大臣 藤原公経

(にゅうどうさきのだじょうだいじん ふじわらのきんつね)

 おはな先生が自分の心情と重ね合わせていた歌がこの歌でした。

 ポイントは「ふりゆく」です。意味が二つあります。「降りゆく」という、文字通り、桜の花びらが散り、降っているという意味の「ふりゆく」。もう一つは「古りゆく」という漢字をあてます。これは歳をとってゆく、老いてゆくという意味になります。

 歌全体の意味としては、「桜の花びらを誘うように散らす嵐の吹く庭の、雪のようにふりゆくものは、花びらではなく、実は老いてゆく私なのだ。」ということになります。

 散りゆく桜の花びらの切ない情景とわが身が老いてゆくという身体の感覚が重ねあわされて、気持ちだけでなく肉体に訴えかけてくるような歌に仕上がっています。


 おはな先生とおこいちゃんが嵐雪堂の庭で降っているのを見たのは梅の花でした。桜はこれから咲く季節を迎えます。「ふりゆく」とは言いながらいつも心の中に次の花を咲かせたいと思う心を垣間見たような気もします。

 かつての恋の行方を確かめる為に旅に出たおはな先生。その表情を見ていると、心の中には新たな花のつぼみが育まれているように見えました。おはな先生の旅立った先ではどんなことが待っているのでしょうか?

第5回「来ぬ人を」に登場

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり

人知れずこそ 思ひそめしか

壬生忠見(みぶのただみ)

第5回「来ぬ人を」に登場

忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は

ものや思ふと 人の問ふまで

平兼盛(たいらのかねもり)

 今回はこの2首です。まずは意味から。

 「恋すてふ」の歌は、「私が恋をしているという噂が、早くも立ってしまった。誰にも知られないように、ひっそりと思いはじめたばかりだというのに……」。

 「忍ぶれど」の歌は、「心ひそかに想っていた私の恋心は、顔色に表れてしまったようだ。恋に悩んでいるの?と人に聞かれてしまうほどに」。

 どちらも、「そういうことってあるよなあ」と思わずつぶやいてしまうようなシチュエーションですよね。


 この2つの歌は詠まれた時から二首でワンセット。ゆえに百人一首にもワンセットで選ばれた歌でした。歌われたのは「歌合(うたあわせ)」というイベント。あるお題で歌を左右に分かれて詠みあいその優劣を競い合う貴族の遊びの中でのこと。

 天徳4年(西暦960年)三月、のちの世に有名な「天徳内裏歌合(てんとくだいりうたあわせ)」が行われました。村上天皇の主催で行われた一大イベントで、その豪華さや優雅さなどから以後の歌合の規範となったものです。この二首はその中でも最後に「恋」という題材で歌い競われたものです。その歌合の有終の美を飾るにふさわしい歴史的名勝負として後の世に語り継がれています。その勝負の顛末には諸説ありますが、ドラマチックなものをご紹介しましょう。

 両歌はともに秀歌ということで、判者(今で言えば審判ということになりましょうか)・藤原実頼(ふじわらのさねより)は優劣を決めることができず、引き分けにしようとしたところ、村上天皇から勝敗を定めよという勅命が下りました。困った末、今で言えば副審にあたる源高明(みなもとのたかあきら)に判断を委ねようと思いましたが、彼も一切答えません。やむをえず天皇の意向をさぐったところ、密かに「しのぶれど」の歌を口ずさまれた。そこで高明が天皇はそちらを勝ちと思われているのではと進言したので、実頼は「しのぶれど」の歌を勝ちとしたと言われています。

 負けた忠見はあまりの悔しさにものが喉をとおらずついには死んでしまった、という話も残っています。(この話は『沙石集』という仏教説話集に載っています。)

 和歌の文化が盛んな頃には、歌合せは、単なる貴族の遊びという域を出て、歌人の力量をはかる重要な場となってゆき、負ける事は不名誉となっていったようです。「歌にプライドをかける」というのはどんな心持ちだったのでしょうか。

 百人一首の選者 藤原定家はどういう思いで「これら二首をどちらも百人一首に選ぶ」という決断をしたのでしょうか。なんだか、「みなさんはどちらの歌がいいと思いますか」と問いかけられているような……。

第4回「嵐吹く」に登場

心あてに  折らばや折らむ 初霜の

置きまどわせる 白菊の花

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

 「辺り一面に初霜が降りて白菊の花と見分けにくくなっているから、白菊を手折ろうとするなら、勘を頼りにしなくてはならないなあ」と、一面真っ白になってしんと澄み切った冬の情景を歌った歌です。

 この歌をこいの母 そめはとても嫌っています。その原因がこの歌だというわけです。この歌は信助の亡き妻 お菊が好きだった歌。この歌の白菊のように自分は目立たないけれど、そんな自分をみつけてくれる人が現れてほしいとお菊は常日ごろそめに語っていたようです。

 意を決して信助に告白したそめがその返事に差し出されたのが白菊の花。つまりこの歌を、好きなお菊さんのことを好きなのだというメッセージだとそめは解釈しました。二人の仲はギクシャクし、お互いに別の人と夫婦となり家族を作りました。そしてその相手は二人とも今はもう亡くなっています。

 残されたそめと信助はいまもギクシャク。こんな美しい歌からそんな悲しい関係が生まれてしまうとは、歌の作者も想像だにしなかったでしょうね。

 それにしても、自ら告白するポジティブさ。今回、突如こいが由良に告白するのは、母譲りの気性なのでしょうか。

 「咲くやこの花」をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。第3回で、おはな先生が寺子屋に通う子供たちに教えていたのがこの歌です。

第3回「嘆きつつ」に登場

筑波嶺の 峯より落つる みなの川

恋ぞつもりて 淵となりぬる

作者 陽成院(ようぜいいん)

 ドラマの中でもおはな先生が説明しているように、「初めはささやかな水の流れが、やがて深い深い淵になるように、私の恋心もこんなにも深くなってしまいましたよ。」という募る思いを詠んだ歌です。

 上の句では、筑波山に落ちる一滴一滴の水が集まってみなの川となり、やがて深い淵となるという自然の情景を詠み、それを下の句ではその川の流れに自分の心情をのせるかのように歌い上げ、熱情の溢れた歌にしています。

 子供たちに、こんなアツい歌を教えるということは、おはな先生もああ見えて、心に熱い熱い気持ちを持った人なのかもしれません。教わった寺子屋の子供たちはどんな感想を抱くのでしょうね。

 「咲くやこの花」をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。今回はちょっと趣向を変えて、このドラマのタイトル「咲くやこの花」が、どの歌からのものかに触れたいと思います。

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり

今は春べと 咲くやこの花

古今和歌集より

 この歌からとっています。この歌は『古今和歌集』の「仮名序」という序文の中で紹介されている古い歌。意味は「難波津に咲くよこの花が、今はもう春になったと咲くよこの花が」、「難波津」は大阪にかつてあった難波の港のことです。

 仮名序には「歌の父母のやうにてぞ、手習ふ人のはじめにもしける」という記述もあり、手習いの最初の手本としてこの歌が用いられたとされています。『枕草子』や『源氏物語』でもこの歌について触れられている箇所があり、平安朝においても手習い歌として広く流通していたらしいことが分かります。

 古くから今に至るまで永く歌われてきた歌らしく、シンプルでストレートで力強い言葉だと感じます。「咲くやこの花」と口にしてみるだけで元気が出てきそうな感じとでも言いますか。さて、この歌の花のように主人公こい、そしてこのドラマがどんな花を咲かせるか、ご期待下さい。

第1回「めぐりあひて」に登場

由良の戸を わたる舟人 かぢをたえ

行方も知らぬ 恋の道かな

作者 曾禰好忠(そねのよしただ)

 由良とは、紀伊(和歌山)であるという説と丹後(京都)であるという説があるようですが、いずれにせよ、ある地域の名。「戸」とは海峡を指しますので、「由良」の海峡を舟で渡ろうとする船乗りが、櫂(かい)がなくなってあてどなく漂ってしまう。そんな情景と、自分がこれから落ちるであろう恋(いや、もう既に落ちているのかもしれませんが)の行く先の分からぬ不安で、でも少しワクワクするようなそんな恋心を重ね合わせた歌です。

 こいが幼い頃(7歳)、河原で百人一首の札を拾った時に初めて目にした歌がこの歌でした。10年後、成長したこいは謎の浪人と運命的な出会いを遂げました。さておこいちゃんの恋の行方はどうなのでしょうか。彼女の行く末を暗示しているようなそんな歌です。

第1回「めぐりあひて」に登場

来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに

焼くや藻塩の 身もこがれつつ

作者 藤原定家(ふじわらのていか)

 このドラマのナレーターとして登場する定家。実は百人一首の百首を選んだ人物として有名です。古今東西の素敵な歌からたった百首を選ぶというのはさぞや大変なことだろうと思いますが。自分自身の歌も百首の中に入れるというのは茶目っ気がありますね。

 かなりの自信作でしょうか。様々な技巧がこらされた歌です。


 「松帆の浦」の「まつ」という音には「あなたを待つ」という意味も込められています。

 「夕なぎ」は、待つ人が来ないというもどかしくやるせないさまを「夕なぎ」にかけています。「藻塩」とは海草を焼いて採取する塩のこと。その藻塩が焼け焦げてゆく様子と、自分の恋焦がれる様子がかかっているというわけです。

 意味としては松帆の浦で焼く藻塩の煙がまっすぐ立ちのぼりゆらぐことすらない夕なぎのように、待っていても来ない人を待つ私のこの身はずっと身も焦がれる想いでいるのです、ということになります。