
“将軍様のお江戸”や“天子様の京”と並び、「天下の台所」として栄えた商人の町、大坂。
文政年間(1829年頃)のこの町で、ヘタレ侍の蘭学生・緒方章(後の幕末の名医・緒方洪庵)と、謎の男装の麗人・左近が、運命の出会いを果たした!
武芸が苦手で人づきあいも下手な章だが、持ち前の正義心と実直さから左近と共に事件に巻き込まれ、次第に彼女にひかれていく。住む世界の違う二人だけに、決して結ばれることのない恋と知りつつ・・・・。
一筋縄ではいかない浪花の商人や同心。新しい時代の学問に夢をかける若者たちと、厳しくも温かい師匠夫婦。そして中国の秦の始皇帝の末裔ともいわれ、難波宮以来一千年の長きにわたって町を守り続けた、闇の守護神「在天別流(ざいてんべつりゅう)」の男たち。
若き二人の周りに多彩な人物を配し、サスペンスと活劇の味付けをスタイリッシュに施した、爽やかで少し切ない青春物語。
浪花の華が、今開く!
江戸時代の大坂といえば商売の町、天下の台所。けれど、それだけが大坂ではありません。
難波の宮から千年続く、歴史と文化が息づく古都としての大坂。
新しいものを常にとりいれ、近代につながる蘭学が花開いた町、大坂。
物と人が絶え間なく流れる豊かな水の都の魅力と、その町を愛する誇り高い町人たちの多様な生き方を、主人公の章や左近だけではなく、鎖国下の日本で西洋医学の修業に励む思思斎塾の若者たちや、千年の伝統に誇りを持って生きる〈在天〉の楽人たちの姿を通して伝えられればと願って描いた物語です。
「浪花の華〜緒方洪庵事件帳」をご覧になった方が、これまで以上に大阪の町を好きになってくださいますように!
「適塾」を開いた幕末の蘭方医――。初め、緒方洪庵について、その程度の知識しか持ち合わせていませんでした。しかし、その後、原作を読み、取材を重ねるうち、大坂での緒方洪庵(章)の修業の日々が、いかに豊かで、「おもろい」かを知るに至りました。
章にとって大坂は出会いの場でした。大坂文化との出会い、師匠や塾生たちとの出会い、そして、この物語のヒロイン、左近との出会い。そんなさまざまな出会いを通して、章は成長して行きます。脚本を書きながら、私もいつしか章の目線になって、共に成長したような気にもなりました。そんな気にさせたのは、原作の行間からこの時代(文政年間)、大坂でたくましく生きていた人々の息吹が伝わってきたからです。その息吹がドラマに奥行きを与えてくれました。笑いあり、涙あり、活劇ありの痛快時代劇、楽しんでいただけると信じています。
江戸時代の大坂は、活力に満ちた文字通り町人の都でした。大坂で最も地位の高い城代や町の行政に直接関わる町奉行は、いわゆる転勤族で、大坂の人口30〜40万人に対して、武士の数はわずか1500人以下とデータもあります。
そして、物語の背景である文化文政期(1804〜1830年)は、文化が爛熟した江戸時代の黄金期です。寄席のシステムが確立し、出版文化が花開き、寺子屋ブームで識字率は当時世界で最も高かったのではないかと言われています。
そこでドラマの志は、「未曾有の世界不況の今こそ、大阪のバイタリティーを!」。
笑いと涙と犯人探しと殺陣とコスチュームプレーを切なく包んだ青春ものという具だくさんのエンタテインメント作品をご堪能ください。
土曜夜の七時半、大人から子どもまで家族の誰でもが楽しめる娯楽時代劇。それでいて、まだ誰も観たことのないものを。そして、優れた時代劇がみなそうであったように、現代人の琴線に触れるものであること。――というわけで、大坂・蘭学・ヘタレ武士・男装の麗人・謎の組織などなど、かなり欲張って一風変わったドラマになりました。
「この町ではくだらん大義名分より実をとる。みんな己の力と知恵で欲しいものを手に入れる。だから、おもろい」。劇中で描かれている大坂は一種のユートピア。その自由闊達さは、何かと窮屈な現代社会に生きる我々に心地よい刺激をもたらすものと信じています。
ヘタレな蘭学生・章と、謎の男装の麗人・左近は、回を重ねるごとに互いの関係を深め、様々な顔を見せていく予定です。章と同じ二十歳のきらめきをそのままに、驚異的な瞬発力と集中力で実に繊細な芝居をする窪田君。ほとんど吹替えなしで殺陣もこなし圧倒的にかっこよく美しい栗山さん。その若い二人を絶妙な演技と存在感でがっちりサポートして下さっているベテラン勢の皆さん。それぞれの活躍を、どうかシリーズの最後まで楽しんで頂ければ幸いです。

緒方洪庵は1810年、備中足守(岡山県吉備郡)で武家の三男として生まれた。
幼い頃から体が弱く、武芸で身を立てるのをあきらめ、医学を志すことになる。父親が大坂の足守藩邸留守居役に任ぜられたのに同行し、中天游の思思斎塾で蘭学を学んだ。1830年に江戸へ出立。坪井信道や宇田川榛斎の元で学び、その後天游の息子・耕介と共に長崎にも遊学した。
1838年、28歳の時に長崎から大坂に戻り、瓦町に適塾(正式名は「適適斎塾」)を開業。医業のかたわら蘭学を教えることになる。以後大坂で医者としての地位を確立し、教育者としても福沢諭吉や大村益次郎、橋本左内ら多数の人材を輩出した。また痘瘡対策として牛痘を使った「除痘館」を設立し、天然痘の撲滅に尽力した。
洪庵自身は1862年に幕府から江戸での奥医師を命ぜられ、やむなく江戸へ赴くが、そのわずか10ヶ月後に53歳で死去した。だが適塾はその後、大阪大学医学部の源流となり、洪庵は明治以降の日本の医学界の祖として、大きな足跡を残した。
【原作】築山桂「禁書売り」「北前船始末」
【脚本】前川洋一(NHK土曜ドラマ「氷壁」、「麻婆豆腐の女房」「菊亭八百善の人びと」ほか)
【音楽】佐橋俊彦(NHK「ちりとてちん」「ゆうれい貸します」ほか)
【主題歌】「三日月」くるり
【語り】片岡愛之助