獅子文六とはどんなひとだったのか?

土曜時代ドラマ「悦ちゃん」の原作を書いたのが、作家・獅子文六。今、若い世代の方はあまりご存じないかもしれません。
でも実は、戦前から大活躍していた昭和の“大ヒットメーカー”なのです。
獅子文六に詳しいコラムニストの山崎まどかさんに、その魅力について教えてもらいます!

獅子文六とはどんなひとだったのか

2017年7月12日掲載

獅子文六という作家をご存知ですか?

名前の文字の並びだけを見ていると、何だかいかめしくて、古風な作家のイメージが浮かぶかもしれません。でも、そんな風に思っていると損をします。明るくて、楽しくて、ピリッと風刺が利いていて、お洒落で、ホロリとさせるハートウォーミングなところがある。日本文学界広しと言えども、こんなに面白い小説ばかり書く作家はそうそういないのではないでしょうか。

ただ、彼の名前を聞いたことがないという人がいても不思議ではありません。獅子文六が流行作家として活躍したのは、結構昔……昭和の時代のお話です。しかし、戦前と戦後、太平洋戦争をはさんで長きに渡ってベストセラーを連発した獅子文六は、相当の人気作家だったことは間違いがありません。そして獅子文六は忘れられたかと思ったら、面白い本を求めている新しい世代に再発見されて、またまた人気になるというサイクルを繰り返しているのです。

獅子文六の本名は岩田豊雄。明治二十六年(一八九三年)生まれで、実家は横浜で絹織物商を営んでいました。小学校の途中から慶応幼稚舎という慶応ボーイであります。大学を中退した後は演劇を志して、フランスに渡っています。彼はそこで最初の妻となるマリー・ショウミーと出会うのです。悲しいことにマリーは娘さんを一人残して若くして他界してしまいましたが、大正時代にフランスで恋に落ちて国際結婚するなんて、岩田豊雄はハイカラな人ですね。彼の小説の日本離れしたような洒脱さや、恋愛のムードや男女の機微をとらえるのが上手なところは、そんなバックボーンからも育まれていったのでしょうか。

日本に帰国した岩田豊雄はフランス語の翻訳や戯曲を手がけます。1937年には、今や新劇の名門として知られる劇団「文学座」を岸田國士や久保田万太郎と共に創立しています。

1934年には獅子文六というペンネームで初めて小説を手がけ、その二年後には、彼にとって初めての新聞連載小説になった「悦っちゃん」が大ヒットしています。そう、このドラマの原作です。妻に先立たれた頼りない作詞家の父親と頭が良くて元気いっぱいの一人娘の悦っちゃんの関係は、獅子文六本人と娘さんがモデルだということです。小さな女の子が当時のモダン都市・東京を冒険するようなその内容が受けて、小説が出た翌年には早速、日活が映画化しています。戦後になってからも何度かドラマ化されており、今回のNHKのドラマは(映画版も入れると)実に五回目の映像化になるのです。「悦っちゃん」という小説の軽やかさ、情けない父と頼りになる娘の逆転関係の面白さが、それぞれの時代においてフレッシュに受け入れられたという事実が、この作品の普遍性を物語っています。

そう、獅子文六の作品は映像と相性がいいのか、戦前の作品も戦後の作品も、数多くドラマ/映画化されているのです。演劇畑の出身だけあって、彼の小説には面白いセリフが沢山あります。つい笑ってしまうようなシチュエーションを作り出すのもお手の物で、読んでいるだけで場面が浮かび上がってくる。映画会社もそう思ったのでしょう。戦後に手がけた新聞小説の「てんやわんや」「自由学校」「青春怪談」といった代表作もそれぞれ映画化。自由を求めて突然会社を辞めてしまった男と働き者の妻が引き起こす騒動を描いた「自由学校」は、新聞連載が終わった翌年の1951年に松竹と大映、二つの映画会社が映画を製作しました。公開時期も共に五月の初めとぶつかったにもかかわらず二作品ともヒットしたために、休日の多いこの時期を指す「ゴールデン・ウィーク」という用語が作られたという話です。お金儲けにしか興味がない男子と夢に邁進する女子という戦後育ちらしいドライな若いカップルが、共に伴侶をなくしている互いの親を結婚させようと策略を練る「青春怪談」も、連載完結後の1955年に新東宝と日活が映画化して、競作になりました。日本映画の黄金時代に獅子文六の小説は欠かせないものでした。それはテレビドラマの時代になっても変わりません。数多くの獅子文六原作のドラマがお茶の間にユーモアと希望を提供してきたのです。

そしてNHKと獅子文六といえば、「娘と私」があります。フランス人の伴侶を亡くした父と妻の忘れ形見である娘の関係を描くこの自伝的な小説は、本が出版された1956年にNHKでラジオドラマ化された後、NHKテレビの朝の「連続テレビ小説」の第一弾の原作となりました。時代の変化や家族の関係というものをバックに成長していく女性の姿を描く「連続テレビ小説」の原点は、獅子文六の小説にあるといえます。

最近、文庫で小説が次々と復刻されて、またまた新しい世代の人気を集めている獅子文六。この古くて新しい作家の一番愛らしく楽しい作品を最新のキャストでドラマ化した「悦っちゃん」も、きっと多くの人に愛される作品になることでしょう。

(山崎まどか)

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