火怨・北の英雄 アテルイ伝
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東北を平定しようと北へ攻め上る朝廷軍の襲撃に、命を捨てて一族の未来を救った古代東北の英雄・阿弖流為(アテルイ)の生涯を、空前のスケールで描く歴史冒険巨編。かつて不屈の魂をもって東北を守った陸奥の英雄を描くことで、東北復興支援の一環とし、大震災後、復興に向けて誇り高く生きている『東北の人たちへの応援歌』を目指します。

「東北人の勁(つよ)さ」

…西岡琢也(脚本家)

脚本依頼が来た時、丁度自作の小惑星探査機の映画が公開中だった。宇宙から一気に千数百年引き摺(ず)り戻された按配(あんばい)だ。
遠い昔、中学か高校で習った「坂上田村麻呂」しか知らない世界だった。「阿弖流為」の「弖」の字が三日、読み違えた。原稿にはカタカナでなく、意地で「阿弖流為」と漢字で書き続けた(因みに小生は未だに2B鉛筆で手書きデス)。
西部劇だと思った。理不尽な暴力で西へ侵略する開拓者に抗(あらが)う、ネイティブ・アメリカンの物語と似ている。『ソルジャー・ブルー』みたいなニューシネマの西部劇で行けばいい。しかし厄介(やっかい)なのは、今も侵略者・坂上田村麻呂が東北の人たちに信奉されている事だ。この日本的なねじれが愛おしい。日本人の、東北人の勁さかも知れない。

BS時代劇「アテルイ伝」演出にあたり

…佐藤峰世(演出)

古代の東北には「蝦夷(えみし)」と呼ばれた人々が暮らしていた。彼らの文明がどのようなものであったかは、大学の先生方にお聞きしても、明確な答えは返ってこない。彼らは何ら弁明する手段をもたず、沈黙のまま歴史の闇に消えていった敗者である。しかし、私たちは、彼らの独特な「価値観によって支えられ、独自の社会構造と習慣と生活様式を具体化し、それらのありかたが自然や生きものとの関係にも及ぶような、そして食器から装身具・玩具にいたる特有の器具類に反映されるような」ものを、集積し、創造し、映像化しなければならない。そのために、下記の事柄を発想の基点とする。

1) 蝦夷の社会は部族社会。族長を代表とし、血族を中心とした100人程からなる祭祀共同体であり、同時に軍事共同体でもある。共同体には掟(おきて)があり、掟からの逸脱は許されず、神々に支配された社会であった。阿弖流為は、一族の構成員を神々の呪縛から解放し、人間の誇りを獲得するが、神々から罰を受ける。一族には、それぞれの紋章があり、一族は紋章が描かれた族旗と共に行動した。結婚には、労働力の減少・増加という側面もあったが、部族同士の平和的共存を実現する手段でもあった。
2)蝦夷のアイデンティーは、縄文・続縄文文化の流れを汲む「狩猟・漁労」文化にある。秋の鮭漁。狩猟(鹿・熊・他小動物)。蝦夷の色は、赤と黒。ヤマトの色は白。
3)ヤマトの文化も受け入れ、複合文化を形成していた。農耕・水田稲作・鉄器の利用・埋葬方法(古墳)など。また、百合根からでんぷん質を摂取していた
4)祭しは祖霊崇拝・自然崇拝を中心としたシャーマニズムであり、主に女性のシャーマンが神がかりし、神の意思を仲介した。また、一族の構成員が神と共に遊べる楽しい場であった。
5)アテルイは、自らの文化・文明と、ヤマトの帝(ミカド)を中心とした律令(中央集権)国家の違いを認識した後に、蝦夷連合を組織し、自らのアイデンティーと土地と文化・文明を守るために、ヤマトとの戦争を決意する。ヤマトは、蝦夷の地に城柵を建設し、その周辺にヤマトからの移民を送り込み、蝦夷の土地を奪った。アテルイは、北上してくるヤマトの侵略を、胆沢の地でくいとめる為に、最後まで戦う。その死の三年後、桓武天皇は蝦夷征伐中止を宣言することとなる。
6)アテルイは戦争に敗れる。そして、投降する。ヤマトに虐げられてきた少数者の代表者として、ヤマトの民に語りたいことがあった・・・。戦争により自らの土地とアイデンティーを守ろうとした自分は愚か者であった。愚か者ではあるが、自分はヤマトの民と同じ人間である。同じ人間である以上、理不尽な差別は許さない。そして、里人たちに言い残した言葉あった。「故郷を追われても、いつかこの地に帰れ」
7)蝦夷は部族同士の戦に備え、ヤマト(大伴氏)との交易で馬を入手し、自ら馬を飼育していた。中には、アテルイのように、騎射の術に秀でた者もいた。
8)蝦夷の里には、季節ごとの花々が咲いている。

「東北の森」

…真鍋斎(制作統括)

このドラマの主なロケ場所は、当然のことながら東北でした。とりわけ東北の森はとても美しく、ロケ現場のけん騒の切れ切れに、風で木の葉がこすれる音が聞こえてきて、とても豊かな空間だと感じました。
そんな東北の深い森の中で、ふん装をした出演者の方々がお芝居をすると、まるで本当にその時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えるほど、東北の自然とふん装とお芝居がマッチしていました。さらに、出演者の方々は、違和感なくそこに存在していながら、自然に負けない存在感を放っています。その絶妙なバランスが、このドラマの魅力のひとつでもあります。
東北の美しい自然を存分に感じながら、人間ドラマを楽しむ、このドラマを見ていただくとそんなぜいたくを体験することができると思います。
このドラマを見て、東北の皆様には、今一度自分たちの立つ場所を再発見していただき、それ以外の地域の皆様には、見たこともないようなステキな東北を発見していただければ幸いです。