2019年07月27日 (土)

性的マイノリティーの子どもたち(2)~学校生活の悩み~<番組内容>

今回は、性的マイノリティーの子どもたちの学校生活の悩みについて、前回「性的マイノリティーの子どもたち①」に出演した方々に経験を語っていただきながら、考えました。

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スタジオトーク 【学校で言われたつらい言葉】

ブルボンヌさん

・小学生の頃から、「オトコオンナ!」と言われ、「違うもん!」って言っていた。
・自分はみんなとは違うなぁという不安、仲間はずれや1人ぼっちなのかなという恐怖感があった。

福田さん(パティシエ/レズビアン)
・「オンナオトコ」「お前は男の子に興味ないんだろう」ということを言われた。

ユウさん(モデル/トランスジェンダー)
・「オカマ」と言われて傷ついた。



VTR取材① ユウさんの学校生活<小・中学校>】

イシヅカユウさんは、トランスジェンダー
男として生まれたが、小さな頃から、自分は女の子だと思っていて、黒いランドセルや、男子用の制服、男女で分けられる体育の時間などがつらく、無意識に髪を抜いてしまう「抜毛症」になった。中学生になると学ランがすごく嫌だったが、勉強が好きだったユウさんは、なんとかジャージで学校に通った。
しかし、宿泊訓練で心が折れて、不登校になってしまった。
多目的トイレを使用していいと言われたが、トイレに行く時だけ友達とは違うところに行くのが、嫌だった。

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ブルボンヌさんの意見

・学校は、人より目立つことが怖いと思ってしまう世界だから、物理的な対処プラス、友達が受け入れるための教育と、両輪じゃないとダメですよね。

●尾木ママの意見
学校は、すべての子どもが安心できる場所になるのが原則。授業や学級活動を通して、貫いていかなきゃいけないと思う。



スタジオトーク 【つらかったとき、心を元気にしてくれたもの】

ユウさん(モデル/トランスジェンダー)
・不登校のときに、自宅で好きな服装を選べたことが、心の支えだった。ミュールのようなかわいいサンダルや、Tシャツも、自分でかわいいのを選んでいた。
・また、不登校のときに通っていたのが、小さな頃から通っていた絵の教室。
好きな場所で過ごすうちにだんだん元気になった。自分の表現のひとつとして、絵や服などがあったことによって、自分を肯定できたり、自分がこうであるということを自分自身で認めてあげられたような感じ。

福田さん(パティシエ/レズビアン)
・学生時代にレズビアンであることを陰口で言われて、人とコミュニケーションを取るのが嫌だったが、お菓子を作る時間と、作ったお菓子を友だちにあげて喜んでもらうことが、支えだった。

ブルボンヌさん
・マンガとかゲームとかアニメ大好きだった。ゲームの中の主人公の性別を選べるとか、ヒロインが変身するなど、その世界の中でのびのびといろんなことが考えられた。

尾木ママの意見
よく、親や学校の先生は、「ゲームなんかやってないで、もっと他の世界に目を向けなさい」と言いがちだけど、子どもが楽しく過ごせると、だんだんと自分と向き合う力も出てくるし、その悩みから脱出できてくるんじゃないかな。




VTR取材② ユウさんの学校生活<高校>】

ユウさん
は、ある高校に“女子生徒”として、入学できることになった。
そこは、日中に通える定時制の公立高校で、制服や髪形などに規則がなく、さまざまな生徒がいた。
ユウさん「金髪もいたし、ギャルみたいな人もいたし。年齢も上の人もいたり、いろんな人がいることで、それが世界なんだって思ったんです。それまでの世界は、ごく一部の狭い中の、閉鎖されたものに過ぎなくて。中学までの生きてるのがつらいような不安感とは、もう全然違ったのは覚えてます。」

ずっと望んでいた、「女性」としての学校生活。
ユウさんは、心から学校生活を楽しむことができた経験が、今につながっているという。

ユウさん「高校は、自分のありのままの姿で、“そこにいていい”って言ってもらえたということ。“生きてていい”“いていいんだ”と思った。学校というのはひとつの社会なので、そこで“いていい”と言われたことで、その後もっと大きな社会に出て行く中で、すごい力になったし、勇気になった。それぐらい大きいことだと思います。」




VTR取材③ 【自分を好き?】

ユウさん
は、高校の3年間、体の性別が男であることを友達にカミングアウトしなかった。
後から聞くと、気づいている人もいたが、ありのままで友達付き合いしてくれたという。
多様性を認める関係が理想だが、性的マイノリティーの子どもは、周りと違うことで、自分に自信が持てない場合が多い。

そんな子どもの不安を母親のひと言が救ったケースを取材させてもらった。

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杉山和希さんは、北海道の大学院に進学したときに、突然、休学した。
心配した母の眞規子さんは、
電話で「そんなことでは、いい父親になれないよ」と言ったところ、「僕は父親にはなれない、僕はゲイだ、僕は同性愛者だ」というふうに強い口調で、言い返された。

ふだんはおとなしく、声を荒げるような子じゃないので、母・眞規子さんはあることが気になって、こう質問をした。

「あなた自分のことをどう思ってる?好き?」

息子は、「わからない」と答えたという。「自分を好きでいてほしい」という気持ちでずっと子育てをしてきた眞規子さんは、心配して北海道へ会いに行った。すると、待ち合わせ場所で和希さんは、女装姿で待っていた。

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初めて見た眞規子さんは、近づいていって

「あなたなの?」と聞くと、
「うん」と言うので、
「きれいじゃないの!」と言った。


和希さん
はこんな格好で待っていたものの、不安でいっぱいだったという。このころ和希さんは、大学院で哲学の研究者を目指していたが、一方で、「ドラァグ・クイーン」という女装をしてショーを行う仕事に魅力を感じ、どう生きていくかを悩んでいた。

和希さん「ドラァグ・クイーンっていう格好で、理解してもらいにくいからこそ、このままの格好で会いに行った。そしたらすんなり「あんたはあんただよ」「本当にかわいい」って受け入れてくれて、びっくりしたし、すごく安心もした。
ゲイだっていうことについて怖がってたりだとか、ゲイだっていうことを背負って生きていけるかどうか、その不安もずっとあった。

しかし、母親から「自分のことを好き?」と聞かれたことであることに気付いた。

和希さん「自分で自分のことを受け入れられるかどうか、ゲイだということを受け入れられてなかったのは自分だったんだ、ということに気がついて、偏見が自分の中にずっとあったんだなと、母親が認めてくれたときに初めて気がつきましたね。母親が受けとめてくれたことで、ふわーって解けていったみたいな感じだったかもしれないです。」

ゲイである自分を認めることができた和希さんは、大学院を卒業後、あるがままの自分で生きていこうと決めた。
今は、“女装子”としての「満島てる子」という人格と、“ドラァグ・クイーン”の「テルマゑ・ノヱビア」という人格など、いろんな自分がいていいんだなとだんだん思えるようになった。これからもいろんなふうに変わっていくかもしれないし、変わっていく自分でいいと思っているそうだ。

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スタジオトーク 【自分のことを好き?】

福田さん(パティシエ/レズビアン)
・「自分のことを好き?」という言葉を聞いた時は、ちょっと心に来るものがあった。私は自分のことがずっと嫌いだったので、まず自分が受け入れられなかった。私の場合はレズビアンなので、女性が好きという、その事実を自分が受け入れられなくて。

ブルボンヌさん
・小学生のときは「俺」って絶対言えなかった。強い「男性性」を感じて、使えないと思っていた。しかし今、仕事で女装をバンバンして女の引き出しいっぱい開けたら、「男の引き出しもあった」という気づきがあって、今は家では「俺」と言っている。自分に自信を持つと、今まで自分が怖かったことも「なんだ、こんなことだったんだ」と思える。
・最終的には自分自身の内側から自分を認めることが大事。

尾木ママの感想
・子どもが自分らしくありのままでいられて、自分を好きでいられるような家庭や学校の環境を作ってあげて欲しい、それが大人の責任かもしれません。

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END


 *番組へのご意見ご感想をお待ちしております。

投稿者:制作スタッフ | 投稿時間:21:30


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