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シンサイミライノハナ PROJECT 2010
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あの日から15年、0才だった息子も高校生。この春を迎えることのできなかったたくさんの子供達のために、毎日を大切にしっかり生きていこうと思います。
あの日は、一週間後に出産予定日をひかえ、産婦人科を受診することになっていました。
1995年1月17日午前5時46分。ただならぬ揺れを感じた後、台所には、こわれた食器が散乱、テレビがひっくりかえり、電話が通じなくなり、公衆電話に人の列が…時々、起こる余震。しばらく、ただ呆然としていました。
3日後、大阪市内の病院で無事、長男を出産しました。毎年めぐってくる誕生日ごと、震災のことを思い出します。この時、亡くなられたたくさんの方々のご冥福をお祈りするとともに、生かされている幸せに感謝いたします。
大阪府門真なみはや高校
15年前のあの日乳飲み子だった息子を抱きかかえて布団をかぶって必死に守ろうとしたしたこと。本棚が全部倒れて息子をおんぶしながら片付けたこと、テレビがふっとんでしまったこと今でもはっきりと覚えています。このことをずーっと忘れずに息子にも伝えていきたいと思っています。
大きな地響きと長時間のゆれとても怖かった。まだ小さかった子ども達と布団の中で恐怖と共にじっとしていた事、今でも覚えている。ガスも水も出ない生活、近所や友人・家族の協力ありがたいと思った。
13歳のあなたは私の希望です。震災でうちのめされた心を癒してくれたのはあなたの存在。震災を通じて価値観は大きく変わった。 谷口 51歳
生まれてきて一番ツライ出来事。一生忘れる事のない最悪な出来事。これからは自分たちが子供を守る番。何が何でも守る。
山崎朝子 29歳
震災の1ヶ月前に早産で生まれた次男は中3…今年は受験生です。入院していた病院は電気が止まらなかったので保育器の中ですくすくと育ちました。
千歳 15歳
1歳4ヶ月で震災の長男は高1に。本人は何も覚えてないけど寝てた顔のすぐ横にテレビが落ちてた。生かされた生命に毎年感謝する日になりました。
広大 16歳
家族や友達の大切さを改めて感じるできごとでした。これからもあの日の思いを忘れずに家族・友達・私を大切に生きて行きます。
ともよ 32歳
子どもに少しずつ伝えています。震災の混乱の中、声をかけ合い、手を取り合った方々の話を…
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