今はコンサートツアーでスイスにおります。
これからロンドンに向かう飛行機を待ってる時間にこれを書いてます。
「その街のこども」の放送からすでに半月がたってます。
いまだに、見てくださった方から、音楽を作ったわたしのところにまで、沢山の感想が寄せられています。
今現在、すでに こうして別のプロジェクトでツアーにでているにもかかわらず、
やはりいまだに、ドラマの余韻が体中になりつづけていて、
本番前のリハでは、ついつい、こっそりと「その街のこども」のメロディを弾いています。
今まで数多くの映画やドラマに関わってきましたが、こんなことは初めての経験です。
今回音楽を作っていて一番気にしたのは、実際に震災を経験した方はどう見るか、どう聴いてくれるかでした。
特にこの数年は神戸の障害を持った子供たちとの音楽ワークショップを通じて、
多くの神戸の方たちと友達になったこともあって、
音楽をつくりながら、そんな彼ら、彼女らの具体的な顔を思い浮かべては、
森山未來さんや佐藤江梨子さんの顔とかさねあわせて音楽をつくりました。
絶対に失礼なことはしたなくいなと思いつつ、でも、震災経験のある人にも、ない人にとっても、
普遍的な問題として受け取れるような音楽をつくらねばと。
そのときのことはわたしのブログにも書きましたので、興味ある方はぜひ。
ブログ「15年前の今日」http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/20100117
ブログ「放送から3日目」http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/20100120
ドラマそのものは震災だけではなく、僕らが生きていく中で、
誰でもが経験していくようなさまざまな思いを描いているものだとも思っています。
かく言うわたし自身も例外ではありません。
すっかり一視聴者になりきって放映日にはテレビの前でボロボロと泣いてしまいました。
放映後、NHK大阪局のみんなや森山さん、脚本の渡辺あやさんから深夜に電話が。
電話の向こうがわで、みながうれしそうにしているのが、こちらまで伝わってきました。
こんな素敵なドラマの制作にかかわれたこと、本当に感謝しています。
なんだかこのまま終わらせたくないなと・・・ついつい余計なことを思ってしまい、
4月には「その街のこども」のライブも企画してます。
サントラに参加のメンバーやスタッフのみんなと一緒にささやかなライブをやれればいいなと。
と、このコメントを書いてる最中に、視聴者の方からまたコメントが送られてきました。
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2010年1月17日震災当日と、2010年1月30日のアンコール放送を見ました。
震災当時、私は長田区の実家で被災し、妻は東灘区の実家で被災しました。
私達夫婦は、故あって東京に在住し、故郷である被災地神戸に対し、何かしら感慨を持つ「その街のこども」です。
一切の震災メディアを頑として拒絶する妻は、未だ震災に対し正面から向き合える術を持ち合わしていませんが、
私だけは15年の節目という事で放送を拝観させて頂きました。
音楽素晴らしかったです。ドラマも胸中迫るものがあり、目の汗を堪えるのに難儀しました。
感謝、感謝。
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空港のカフェでこれを読みながら、またもや泣いてます。
50を過ぎて、涙もろくなってきたのかも。
2010年2月3日、チューリッヒ空港のカフェにて 大友良英


