| 放送 |
総合 |
毎週水曜 後 7:56〜 7:58
毎週土曜 前11:50〜11:52 |
中国地方向け |
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原爆の強烈な爆風と熱線は、当時の広島市の建物の9割に壊滅的な被害を与えました。
被爆前の建物76,327件のうち、原爆により51,787件が全壊または全焼。その後、使用に耐えない建物の取り壊しや建て替えが進み、いわゆる”被爆建物”が次々と姿を消しています。
平成15年6月10日現在、爆心地から半径5km以内には、原爆ドームをはじめ93件を残すのみとなっています。
被爆の痕跡を今に伝える貴重な被爆建物をハイビジョン映像で記録し、当時の関係者の証言や資料とともに紹介します。 |
昭和6年、広島大学の前身にあたる広島文理科大学の本館として建設された。鉄筋コンクリート造り3階建て。外壁は模様の刻まれたタイルで覆われている。終戦直前の昭和20年6月には3階と2階の一部が中国地方総監府に接収された。爆心地からの距離は1.42キロ。昭和20年の年末までに学生や教職員など134名が死亡。中国地方総監府の職員も多数が犠牲となった。建物は外側だけを残し、内部はほとんどが焼け落ちた。昭和20年10月、教官や学生たちは手作りの実験施設で一から研究を開始した。4年後、広島高等師範学校などと統合されてできた広島大学の理学部一号館となった。
以後、平成3年に理学部が東広島市に移転するまで、多くの学生たちが巣立っていった。現在は大学の財産を管理する独立行政法人が所有しているが、建物の傷みは激しく、人が中に入るのは危険な状態である。平成17年6月現在、今後の保存方法や活用策について具体的に決まっていない。 |
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