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平成21年3月21日 放送 |
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ここは昭和35年の「記憶の倉庫」です。
「もう一度見たい!」「見逃した!」…是非この項目を見たいというリクエストがありましたら、「アンコール」ボタンをクリックしてください。
その時にリクエストする理由やエピソードも書いていただけるとうれしいです。
再放送や、「新年特集」「夏の特集」で再構成する際に、参考にさせていただきます。
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| 昭和35年生まれ: |
名越 康文・サンプラザ中野くん・織作 峰子 |
| 先輩組: |
天野 祐吉・ミッキー・カーチス・高橋 源一郎 |
| 後輩組: |
ピエール瀧・岡田 圭右(ますだおかだ)・大島 美幸(森三中) |
| 証言者: |
水川 淳三・池上 彰 |
| 証言者(VTR): |
川津 祐介・小山 明子・吉田 喜重・橋 幸夫 他の皆さん |
| 時間旅行案内人: |
松本和也アナウンサー |
| 小ネタコレクター: |
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| 定点観測「安保闘争」 |
リポート:織作峰子 |
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岸信介内閣は、昭和26年に締結された日米安全保障条約を改定しようとしていた。これに反対する人々の運動が大きなうねりとなってゆく。彼らは日本が戦争に巻き込まれることを懸念していた。運動の先駆けとなったのは学生たち、なかでも全学連の共産主義者同盟だった。1月には、岸首相の渡米を阻止しようと、羽田空港で警官隊と衝突。6月には、国会内で機動隊と激しく衝突し、流血の騒動を引き起こす。 |
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| 定点観測「松竹ヌーベルバーグ」 |
リポート:名越康文 |
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フランスの映画監督ジャン・リュック・ゴダールのデビュー作「勝手にしやがれ」が日本で公開され、その斬新さに多くの観客が衝撃を受けた。同じころ、日本の映画会社・松竹でも、それまでの常識を覆すような新しい映画が作られていた。その中心にいたのが大島渚監督だ。6月、大島の作品「青春残酷物語」が公開され、高い評価を受ける。しかし、その後の大島には試練が待ち受けていた。 |
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| ピックアップ「橋幸夫と潮来」 |
リポート:サンプラザ中野くん |
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日本の歌謡界でロカビリー旋風が吹き荒れるなか、高校2年生の新人歌手・橋幸夫がデビューして人気を得る。頭は角刈り、衣装は着物、歌は「潮来笠」という股旅もの。潮来は茨城県の利根川沿いにある水郷だ。実はこのころ、潮来のご当地ソングが数多く作られていたのだ。潮来の何が人々をひきつけたのか? |
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| ピックアップ「筑豊のこどもたち」 |
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写真家・土門拳は、写真集「筑豊のこどもたち」を1月に発表した。舞台となった筑豊は炭鉱の町で、かつては日本一の石炭産出量を誇っていた。しかし、主要なエネルギーが石炭から石油へと移行して閉山が相次いだため、2万人を越える労働者が職を失っていた。その筑豊を訪れた土門は、何を思い、いかにして作品を生み出したのか? その過程を追う。 |
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| ピックアップ「早慶六連戦」 |
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東京六大学野球が高い人気を誇っていたこの年の11月、秋季リーグ優勝を争う早稲田大学と慶応義塾大学の六連戦がおこなわれた。選手だけでなく、応援する学生たちも必死。学生野球の応援では日本初となるチアガールも登場した。日本中を熱狂させたという伝説の死闘を振り返る。 |
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【時空旅行案内人からひとこと】
たぶん番組史上最高に熱い年! 何が熱いかというと、60年安保。国会に突入する学生を画面で見たのは初めてだし、なぜ起こったのかというのは確かに教科書では知っているんだけど、その人たちがどんな思いでというところは正直言って知らなかったんですね。それが、当時のかたの証言を聞くと僕でもわかった。初めて理解できたような気がしたんです。そういう意味では、「日めくりタイムトラベル」をやっていてよかったという感じ。あとは松竹ヌーベルバーグ。こんなにとんがった映画があったのか。そのとんがり具合を見てほしい。その映画がなぜ生まれてなぜ画期的なのかというところを見てほしいです。とんがりまくりですよ。
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松本和也 アナウンサー
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【平成組からひとこと】
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岩崎 沙織さん 19歳 |
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熱気に包まれた激動の時代だと思いました。国会議事堂を囲んだデモが、今のデモとは全然規模が違っていて驚きでした。最近だと、おじいさんぐらいの人がゆっくり行進しているだけで、あんなに若い世代の人が走ったり大声出したりするのは見ない気がして。映画界の話題でも、自分たちで既成のものを壊して新しいものを作ろうというエネルギーがたくさんあったんだなと感じました。
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小田 冴斗さん 19歳 |
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昭和35年は衝撃的なことがあまりにも多すぎて、「激動」という言葉が似合う年だなと思いました。自分だったら安保闘争には参加しないですね。小学生のときから怒るという感情だけは抑えるように教育されてきたから、デモをやる気にはならないだろうなと思います。ダッコちゃんブームの話題が出ましたが、僕の家にもダッコちゃんがありました。母親が捨てたくなかったらしいんですよ。本当にこれ流行したんだよと伝えたかったみたいです。街を歩いていてあれをつけていない人はいなかったと言っていました。
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昭和35年の 
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