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ひきこもり 第2回 「私がひきこもった理由」(第1巻):本人の視点から考える

2017年09月05日(火)

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きこもり
第2回 「私がひきこもった理由」(第1巻):本人の視点から考える

《個人》《家族》《社会》が作り出すひきこもりシステム
▼生きる欲望を与えてくれる『第三者の存在』

第1回 第2回 第3回 第4回

 

Webライターの木下です。
今回はNHK厚生文化事業団・福祉ビデオライブラリー『ひきこもりから回復』の中身についてご紹介していきます。

《個人》《家族》《社会》が作り出すひきこもりシステム


ひきこもりは、進学や就職の失敗、人間関係のつまずきなど、ある種の挫折体験から起こるものですが、一時的に自分の世界に閉じこもりたくなる気持ちは誰でも理解できると思います。しかし、それが何年、何十年にも及ぶとなると、その理由については想像力が及ばなくなってきます。長期のひきこもり生活で、本人は一体どんなことを考えているのか、それを知ることがひきこもり理解の第一歩となります。

第1巻のVTRでは、二人のひきこもり経験者が紹介されます。ビデオの前半で紹介されるのは、28歳から6年間ひきこもる生活を続けた俊行さんです。俊行さんは中学・高校時代には優等生で人望もあり、スポーツは万能でした。決して非社交的な性格ではありませんでした。しかし、大学進学後、就職氷河期の影響で就職に失敗します。その後、地元で就職したものの職場の人間関係につまずき、ひきこもるようになりました。福祉ビデオでは、そんな俊行さんが『ひきこもり外来』のある診療所が運営するひきこもり当事者のための「居場所」に参加することで次第に回復し、再び企業での就職を目指すまでの様子を描いています。

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第1巻に登場する俊行さん(左)と就労移行支援事業所のスタッフ(右)


ビデオの後半で女性のひきこもりの事例として紹介されるのは林恭子さんです。子どもの頃は親や教師の言うことを素直に聞く優等生でした。高校は進学校に進みますが、学校の校則や同級生たちになじめず、16歳から不登校になり、中退します。その後通信制高校を卒業し、大学に進学しますが、再び中退し、ひきこもり生活を続けることになりました。
「体調が悪く、毎日ふとんにくるまって寝てばかりで、まるで“生きるしかばね”のような状態」だったと林さんは当時を振り返ります。幾つもの病院に掛かりますが、心身の状態が改善されることはありませんでした。27歳のときに自殺念慮にとらわれますが、ある精神科医との対話をきっかけに《自分》を見つめ直すようになり、回復への道を歩み始めます(※詳しくは福祉ビデオ・第1巻をご覧下さい)。しかし、結果として平穏な日常生活を取り戻すまでに20年近い歳月を要することになりました。

この二人のへロングインタビューで語られ、印象に残ったのは、社会復帰できない自分への苛立ちだけではなく、“家族に対する負い目”や、“家族との葛藤”の苦しさでした。

俊行さんは働きたい、社会参加したいという強い思いをもちながらも、外に出られない、仕事に対する恐怖心におそわれるというジレンマの中で苦しみます。そして、「心配をかけられない」「申し訳ない」「大学に行かせてもらったのに、この年まで社会的自立ができず、恩返しができていない」など、親に強い負い目を感じていることがうかがえます。

林恭子さんは、10代、20代を通じて、自分が学校や社会に適応できない理由を探し続けます。そして、その原因を『母親との関係』に求めるようになります。特に10代の頃は進学先から、日々の着る服まですべてを決めてしまう母親に、自分を認めさせよう、わかってもらおうと訴え続けますが、それが叶わず、疲弊していきました。

私たちは《ひきこもり》というと、「社会との関係」だけを問題にしがちですが、実は、長期にわたるひきこもり生活は「家族との関係」を変質させ、それもまた本人に重い負担となってのしかかっていると考えられます。厳しい社会から逃避して、居心地のいい家族のもとで過ごしているから外に出られなくなるわけではなく、実は、家族の世話になるしかない中で“家族のまなざし”からも逃れたいと思い、そのジレンマに苦しんでいることがわかります。林恭子さんによれば、ひきこもりの自助グループでは、家族との葛藤に関する「家族あるある」の話題でしばしば盛り上がると言います。

斎藤環さんは、ひきこもりを理解するために、社会》と《個人》の関係だけではなく、《社会》と《家族》と《個人》の三者の関係を考慮することを提案します。三者が接点を保った状態を『通常システム』、接点を失った状態を『ひきこもりシステム』と名付け、下記のように図示します。『通常システム』では、3者の間には接点があり、互いに影響し合う関係となりますが、『ひきこもりシステム』が生じると、接点が失われ、コミュニケーションも途絶えていきます。そして、いったん関係が希薄化すると、相互の働きかけはストレスになり、さらに乖離が進むことになります。社会からも乖離し、家族からも乖離したバラバラの状態では、本人の行動を変化させる契機も生まれず、関係は安定化していきます。ひきこもりが長期に及ぶ理由が、この図によって明らかになります。

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生きる欲望を与えてくれる『第三者の存在』


長期にわたって安定化してしまったひきこもりシステムから抜け出す術はないのでしょうか。斎藤環さんは、家族との関係だけでひきこもりシステムを解消するのは難しく、必要とされるのは『第三者の存在』だと言います。その理由を「欲望とは他者の欲望である」という精神分析医のジャック・ラカンの言葉を引用して解説します。

精神分析の世界では、人間の「欲求」と「欲望」とを明確に区別します。人間は他の動物のように本能と呼ばれる行動様式のプログラムがありません。そこで本能に代わるものが必要になります。「眠い」「お腹がすいた」といった生理的な「欲求」以外に、他者の言動から触発される社会的な「欲望」がそれに当たります。

友達と話がしたい、おしゃれがしたい、就職して働きたい、映画を見に行きたい。そんな社会的な欲望は内側から自然に沸き起こってくるものではなく、他者の欲望に触れることで後天的に与えられるものと考えられています。長期のひきこもりになると、そのような欲望を与えてくれる他者を喪失するので、それが生きる力の低下につながっていきます。「自分が何をしたらいいのかわからない」「何もほしくない」「生きたいと思わない」、そんな言葉がひきこもりの本人たちからは聞かれるようになります。

親子が会話を交わすこともなく、腹の探り合いのような生活をしている中では、社会的な欲望など生まれようもありません。生きる意欲を取り戻していくには『第三者』と交わっていくしかないと、斎藤環さんは言います。その『第三者』とは、職場で接するような利害関係のある人ではなく、親のように愛情で包み込む人でもなく、“対等な立場”で、ふつうに言葉を交わし合う相手です。他人とは、知り合う楽しさや心が通じ合う喜びがあり、互いに認め合うことができます。ひきこもりから脱するための特別な働きかけをしてくれなくとも、そのような『第三者』は《個人》と《社会》をつなぐ役割を果たしてくれます。

俊行さんの場合は、ひきこもりの体験者たちが集う居場所へ参加したことが、ひきこもりから脱する契機となりました。俊行さんの主治医であり、ビデオの監修者の一人でもある中垣内正和医師は、「通院を始めた頃は、落ち込んでいて、薬の量も多く、動きも悪く、見るからに大変な状態だった」と述べています。しかし、同世代の仲間とおしゃべりを重ねていくだけで、他者との関係を取り戻し、集団への適応力を取り戻していきました。

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監修者・中垣内正和さん(精神科医)。新潟県長岡市で『ひきこもり外来』を行っている。


林恭子さんは、生きることに前向きになり始めた33歳のときに、初めてひきこもり体験者たちと出逢いました。また、親や支援者のグループとも知り合うことができました。同世代のひきこもりの当事者たちやその家族たちと触れ合ううちに、「母親のことも相対化して見られるようになり、気持ちも落ち着いてくるようになった」と林さんは振り返ります。
現在はひきこもりの当事者が主体となった活動に従事し、全国で『ひきこもり女子会』を開催しています。

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子どもの頃から好きだった本を扱う仕事に就いた林恭子さん。


ビデオに登場した二人は、第三者の存在によって、ひきこもりから脱し、社会復帰するきっかけを与えられています。「~したい」という社会的な欲望は、直接人が命令や指示で与えられるものではなく、他人の欲望に感染するかのようにして自然発生するものです。同じひきこもりの仲間が、社会参加したり、仕事に復帰していくのを見て、無意識のうちに気持ちが自己の内面から社会の方へと向いていく。生き方は人それぞれですが、そんな「変化を促す媒介となるのが第三者の存在だ」と斎藤環さんは言います。

一方、林恭子さんは、自身の回復にとっての第三者の意味について、「この社会に“普通の人”と同じように参加していくのではなく(みんなと同じになるのではなく)、本当に自分らしく生きる道を見つける、それは社会参加することでも、仕事をすることでもないかもしれない。でもそれでいいと思えるために、“仲間”と出会うことが大事なのだと思います」と語っています。


 

木下 真

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 ※貸出しについては「NHK厚生文化事業団」のホームページをご覧ください。

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